第33話 佳奈美里緒
一卵性双生児として産まれる予定だった世那と世良は、出産時の不幸な事故で片方しか産声を上げられなかった。この世に生を受けたのは世那、声を出すことも叶わず命を落としたのが世良だ。二人は此処でお別れのはずだった。
が、コントロールできないとはいえ、世那は生まれつき霊力を持っていた。それにより、片割れを心配して成仏できずに居た世良を、ほとんど無意識に自身の魂へと取り憑かせたのである。何の知識も持たない幼児なのに一発で成功させたのは、胎内に居た頃からずっと一緒に居た一卵性双生児だったからだろう。
本来、守護霊が主人の身体の主導権を借りたい場合、持ち主の許可を必要とする。それも、口約束で主導権の譲渡を認めたはずの主人が、少しでも不安になったり嫌だと思っていると不可能だ。そんな難しい条件を満たさなければならない中、まるで人格を交替するみたく軽々と主導権を移動している世那と世良。
それは、幼児の頃から一緒に過ごしていることで、許可など不要なほど信頼関係が築かれているからだ。世那が深層心理ですら世良に主導権の許可を出している故、可能な素早い交替。何の力も持たない一般人の雪葉と結衣が素早く入れ替わりたいのならば、霊力を持つ世那と世良よりも長い時間を有するそうだ。
「なるほどなぁ……」
「人に教えるのは苦手」と逃げた世良に代わり、世那が教えてくれたことを何とか咀嚼する雪葉。結衣と二人みたいな関係になりたい欲も脈を打つが、この解決は時の流れに任せるしかないだろう。世那と世良の出生話を飲み込んだところで、完全に置いていかれている里緒にチラリと目を向ける。グルグル目で頭から煙を出していた。
「初めまして、佳奈美さん。僕は巴江世那と申します。僕の話はほとんど理解できないと思いますので、ひとまず僕の身体は二人で共有していることだけ分かって下されば大丈夫です」
「わ、分かった。二重人格みたいなもんやと思っとくわ」
「それより、此処はストーカーより危険な存在が蔓延っています。可能な限り、対策もお手伝い致しますので、異界から出てもらえませんか?」
「そうやな。よく分からん食べ物がうようよしとるし、香奈はおかしなってどっか行こうとするし出るべきや。どうすれば出れるん?」
温和な笑みを携えた世那の簡易的な説明に戸惑いながらも頷いた里緒は、彼女からの異界を出てほしいという要望を顔を強張らせながら受け入れる。そして、世那が簡単に脱出方法を伝えると、未だに意識を失ったままの香奈を背負った。安全だと思っていた場所で大親友を気絶させてしまったことに負い目を感じているのだろうか。一刻も早く異界から出たいと顔にありありと書かれている。
だが、何度も異界を体験している雪葉は、そう簡単に出られないと踏んでいた。恐らく今回も異界を創り上げるのに力を奪われた悪霊が、呪いを行使した里緒に恨みを抱いているはずなのだ。憎い相手ではなく香奈に催眠をかけた理由も、里緒を精神的に追い詰める為かもしれない。奈津を恨む悪霊も涼に憑いていた。雪葉はそんな不安を抱えながら、世那と交替した世良に続いて廊下に出る。
そのまま、警戒しながら素早く慎重に屋上への道を走った途端、足音に反応したのか大量のうどんクラゲが廊下に傾れ込んできた。何故か集中的に世良を狙っており、彼女の華奢な身体に触手を巻き付かせて絡みつく。
ここでようやく、雪葉は一度もチャイ物音を聞いていないことに気付いた。授業中、真面目に席に座って教示を受け、休憩時間にだけ襲ってくる生徒達が、今回、まるで誰かの指示に従っているみたく動いている。
狙われない現状を利用して考察を巡らせる中、一人だけ取り囲まれて服を捲られている世良が、苛立ちを顕に大鎌を召喚して横に振り回した。「纏わり付いてくんな、鬱陶しい!」と怒気を孕んだ声で吠えると同時に、絡みついていたうどんクラゲ達が夜空に咲く花火の如く散る。大量の仲間を瞬殺した世良に少し気圧され、怖じ気づいた様子を見せるクラゲ達だったが、無防備に突っ立っている雪葉と里緒ではなく、相変わらず世良にだけ果敢に突進しては蹴散らされていた。
「もしかして、黒幕的な存在が操っているのか?」
『攻撃対象でない世良に集中砲火。可能性は十分ある』
「あっちに逃げ道があるけど、明らかに罠やんな……?」
見向きもされないことに違和感を覚えた雪葉が、脳裏に浮かんだ仮説をボソッと口から吐露すると、結衣と里緒も怪訝な顔で嫌な予感に苛まれている。クラゲ達は里緒の言う通り、「どうぞ屋上に向かって下さい」と言わんばかりに、この場を離れられるよう逃げ道を作っていた。まだ未熟な雪葉と素人の里緒だけにしたいのだろうか。ならば、一緒に敵を蹴散らして逸れずに行動した方がいい。
雪葉が異世界に繋がるポーチに手を突っ込んで参戦しようとした刹那、何匹かのうどんクラゲが里緒に襲いかかり、背中で眠る香奈を浚ってしまった。焦りと混乱で頭が真っ白になっているのか、里緒はたった一人でうどんクラゲを追い掛けて行く。異界の知識を持たない彼女を一人にするわけにはいかず、小さく舌打ちをした雪葉は彼女の意見を求めるべく、派手に舞う世良へと視線を向けた。
うどんクラゲを桜吹雪みたいに散らして無双中の世良は、淡黄檗の瞳だけで「先に行け」と告げている為、結衣と一緒に里緒の後を追う。どういう罠を仕掛けているのか道中にうどんクラゲは一匹も居らず、難なく途中で里緒と合流できたうえ、誰にも邪魔されることなく屋上まで到着した。どう考えても罠だ。
雪葉は里緒と顔を見合わせて頷き合い、世良を待つことにしてドアの前に屈む。屋上へと続く扉は少し開いており、隙間からフェンスの近くに立つ制服姿の男と、その近くで身体を横たえた香奈を二人の視界に映した。加害者である里緒は此処に居る。香奈も取り憑かれている様子はない。ならば、あの男子生徒は一体誰なのだろうか。
「誰や、あれ。君たちの知り合い?」
「俺達と同じ制服ですが、知らない人ですね。一年生でしょうか」
『呪いを行使したわけでも、呪われたわけでもない人間が、この異界に居るなんて怪しい。世良が来るまで近付くべきではない』
声を潜めて互いの顔見知りでないことを確かめた雪葉と里緒に、眉間に皺を刻む結衣がハッキリとした強い口調で待機を推奨する。加害者でも被害者でもない人間が、呪いを用いることなく異界に来るなど、世那の同業者か呪いを広めた黒幕しか不可能だろう。確かに、世良と世那なしで戦いに挑んで、勝てるような相手ではない。
結衣の意見に同調して世良を待つ雪葉の視界で、黄昏時の空を見上げていた男子生徒が動いた。いつまでも意識を取り戻さない香奈に目を落とし、彼女の脱力した身体を持ち上げてフェンスの上へと座らせ、パッと何の躊躇もなく手を離す。瞬間、失神していて力が入っていない身体は、重力に従って前方に傾きフェンスから離れた。
「香奈!」
バンッと突き飛ばす勢いで扉を開けた里緒が我武者羅に大親友の元に駆けると、落下する原因を作った男子生徒が尾骶骨から長い猫の尻尾を披露して香奈を救う。ドアの前で隠れている雪葉達を自分の前にあぶり出す為、香奈を利用したらしい。人間離れした長すぎる動物の尻尾で、優しく香奈を地面に下ろした男子生徒が、赤い瞳に妖しい光を滲ませて不気味に眇めた。刹那、目にも留まらぬ速さで動いた彼の尻尾が、双眸を丸くして立ち尽くしていた里緒の腕に巻き付く。
「えっ!?」
「佳奈美さん!」
尻尾で里緒の片腕を掴んだ男子生徒は、そのまま彼女をフェンスの向こうに投げ飛ばした。加害者である里緒は屋上から落ちても無傷だが、彼女だけ帰還すると香奈を異界から帰せなくなる。咄嗟に柵へと駆け寄って手を伸ばした雪葉だったが、紙一重で届かず宙に放り出された里緒の身体は重力に従って落下した。
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