第21話 巴江世威
終業式を終えてコンビニで昼食を買ってから、世那に誘われて巴江家にお邪魔した雪葉。白を基調とした世那の部屋に敷かれた枇杷茶の絨毯に腰を据え、間にある白色の丸いローテーブルの上に紅茶と弁当を広げる。外で出来ない話だと予め聞いていた為、雪葉はまた噂の件で何かあったのかと危惧しつつ、唐揚げを一つ口に運んだ。
「で、俺に話って何だ? また、誰か呪われたのか? それとも、黒幕について何か分かったとか?」
「いいえ、今のところ誰かが呪われたという報告は受けていませんし、残念ながら噂を広めた黒幕についての情報はほとんど掴めていません。雪葉君を招いたのは試練の道に共に挑んでみないかというお誘いです」
「試練の道?」
ミートスパゲッティをフォークの先端に巻いた世那の提案に、緊張や心配が杞憂だったことに安堵しつつ鸚鵡返しをする雪葉。試練と名が付く場所なら、霊力を持たず運動神経も並みな雪葉でも、世那や世良を守れるほど強くなれるのだろうか? そんな淡い期待が雪葉の中で脈を打つ。世那は口の中の物を嚥下してから続けた。
「はい、祖父が異界でも冷静に対処できるよう設けた洞窟なのですが、世良の復活と霊力石の採取ついでに雪葉くんも修行してみませんか? 雪葉君の為の鍛錬なので基本的に挑むのは君ですが、僕もお供します」
世那の祖父は幼い頃から顔見知りだ。
が、そんな大物により生まれたという修行場よりも、雪葉の関心を惹いたのは世良の復活だった。普段、凜然としていて圧倒的な安心感を与えてくれる彼女が、現在、常に霊力を消費していることで弱っている。どんな感覚や苦しみなのか分からないが、辛そう故、何とかしてやりたいと思っていたのだ。雪葉は身を乗り出して問う。
「世良の復活!? 出来るのか!?」
「試練の道の全ての試練を乗り越えた先に封印の間という場所がありまして、そこには、どんな悪霊でも浄化することが出来る霊力豊富な泉があるんです。世良の大鎌に居る悪霊を泉に移動させれば、これ以上、苦しめずに済みます」
「そんな場所があったんだな。けど、何ですぐに封印の間に行かなかったんだ?」
「封印の間に行くまでにある試練の攻略には時間を有するので、世良と相談して春休みに入ってから行こうと決めていたんです。霊力を消費する世良には申し訳ないことをしてしまいましたが、今は黒幕によって流布した呪いで朝から晩まで忙しいので……」
勢いよく顔を寄せられて驚いたのか二口目を巻くのに失敗した世那が、咄嗟に軽く反らした身体を戻してから自罰的な色を瞳に滲ませて伏せた。雪葉の素朴な疑問も責められていると感じたようで、儚げに口を歪めて更にしょんぼりとさせてしまう。
噂の所為で連日呪いの被害者を助けに行って、忙しない日々を送っているのは事実なのに、世良を助けられなかった免罪符や言い訳だと思ったのか。前からの私用で雪葉が着いて行けてない時もある故、きっと想像以上に異界に行っているだろうに。
雪葉はどんどん暗い顔で沈んでいく世那に嘆息し、彼女の低すぎる自己肯定感を高めようと決める。胸中で暴れ回る言いたいことを凝縮し、咲き綻ぶ大輪の花を意識してふんわりと黒い双眸を眇め、労いを込めたとびっきり優しい声色で褒め称えた。
「確かに、世那は寝る間も惜しんで被害者を助けに行ったり、黒幕を調べたりしてたもんな。あんまり無理すんなよ?」
「お気遣い有難う御座います。祖父母や父母にも手伝ってもらってますので、雪葉君が心配するほど身体は酷使していませんよ」
『学校が昼までだからとイチャイチャしているところ悪いけど、時間がかかるなら早く試練の道に行った方が良いんじゃない?』
「うおおっ!?」
世良を長く苦しめた罪悪感に苛まれ落ち込んでいた世那が、へりくだった態度ではにかんだように嬉しそうに相好を崩す。呆れたような半眼で眼前に現れた結衣に驚いて軽く身を引き、雪葉は喉に詰まりかけた白米を烏龍茶で流す。気を取り直して修行について問いかけた。
「昼からでも問題ないのか? あれだったら、明日の朝から此処に来るぞ?」
「夜までかかると思いますが、今日でも構いませんよ。お昼ご飯を食べてから挑戦しましょう。祖父には先に報告しておきます」
世那が制服のポケットから携帯を取り出し、愛想良い笑みで問題ないと告げてから操作を始める。世良を助けられる喜びと強くなれるかもしれない期待で浮き足立ち、雪葉は居ても立っても居られず唐揚げ弁当を素早く胃に詰め込んだ。軽く食後の準備運動をして世那が食べ終わるのを待ち、洞窟に行く為、部屋を出た。
「そういや、その洞窟はどこにあるんだ? 此処から遠いのか?」
「すぐ着きますよ」
全て住所兼店舗で構成された
床の間の前で屈んだ世那が床板に触れた刹那、何も飾られていなかったそこに現れる背丈ほどの障子。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で唖然とする雪葉の眼前で、ゆっくりと開いていったかと思えば厳格な雰囲気の屋敷が登場。異界に慣れてきていた雪葉も流石に理解が追いつかず、世那に手を引っ張られてされるがまま障子に入る。
「巴江家の証である淡黄檗の瞳と体内に保有する霊力を鍵に開く扉です。この向こうは異世界ですが、一応、あの屋敷が本家なんですよ」
「……何でこんなに立派な屋敷があるのに商店街で本屋なんてしてんの?」
「そっちの方が性に合っているからですかね。僕は用がない限り本家には来たくないので」
七瀬高校よりも数倍大きい立派な日本家屋や、門と建築物の間に広がる庭園を見渡す雪葉に、眉尻をほんの少し下げて冗談っぽく微笑みながら答える世那。芝生の絨毯を踏みしめて綺麗な花や透き通った川を抜け、日本家屋が見えないほど奥に入っていき洞窟に潜った。呆気に取られていた雪葉も慌てて入る。
洞窟の横に一定間隔で飾られた宝石により、中は晴天の真昼みたいに温かく明るい。緊迫感に包まれながら世那の後を追っていると、細い一本道を抜けて大きく拓けた場所に着いた。無地で大人っぽい朱色の振り袖を着た年齢一桁ほどの幼女が、後頭下部で一本の三つ編みに纏めた梅色の髪を揺らし微笑む。
「久々の挑戦者というのはお主じゃな? 待っておったぞ」
「……――えっ? 俺はあんな小さい女の子に何度もボッコボコにされるのか?」
「違います。というか、何故負ける前提なんですか? あの子は此処の試験管を勤めている祖父の式神です」
大小種類様々な人形に囲まれた洞窟内に置かれた椅子に、足を組み腰掛けながら梅色の双眸を好戦的に眇める幼女に、サァーっと血の気が引いた青い顔で情けなく狼狽える雪葉。敗北宣言をする幼馴染を不思議そうに覗き込み、世那が幼女を紹介する。
少しの間、面食らっていた幼女もクスクス笑っているが、背中に痛いぐらい刺さる結衣からの視線は冷ややかだった。だが、言い訳をさせてほしい。こちとら結衣や世那の力を借りなければ、何の取り柄もない普通の男子高校生なのだ。あんな明らかに何か能力が尽かそうな見た目の幼女など、会った瞬間、白旗を上げてしまうだろう。
「儂の名は
などと結衣に視線だけで言い訳を並べていると、空中に浮いた幼女が含みのある笑みで近くに来た。結衣といい楓梅といい、どうして人外の幼女は、こうも強くて凜々しくてクールなのか。雪葉は楓梅から醸し出されたただならぬ気配に圧されつつ、自分より泰然自若で実力もある周囲の異性達を守れるよう頑張ろうと気を引き締めた。
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