第19話 白石杏子

 夥しい羞恥の群れが全身を這い回っているのか、燃えているみたく真っ赤な顔で目を白黒させる咲。紅潮した満面に恥じらいの色の他、欣快を溢れさせながら狼狽えている。鬼灯の花を咲かせた頬に両手を当てて幸福感に浸っていたが、突き刺さる雪葉と世那と結衣の視線でハッと我に返ったかと思えば、慌てて誤魔化し始めた。


「そ、そそ、そんなわけありませんわ! 幼馴染だからか優遇していただいてますが、基本的に他のファンの方々と対応は変わりませんもの!」


『だったら、此処から早く帰って、あの男に聞いてみよう』


「へあっ!?」


「そうだな。俺も井上先輩の好みが気になるし、さっさと此処から出てしまおうぜ。犯人は白石先輩で間違いないんだろ?」


「ほあっ!?」


 容赦なく追い詰める結衣に倣って揶揄を滲ませた口角を上げた雪葉は、今すぐのたうち回りそうな勢いで赤面する咲の動揺を無視して確認する。桜色の瞳をグルグルさせ、意味もなく両手を左右にブンブン振る咲と裏腹に、世那が真面目な顔で頷いた。


「白石先輩が佐倉先輩を呪った犯人なのは確定ですが、どうして数が十人に増えているのかは分かりませんね」


「悪霊に取り憑かれてるんじゃねぇのか?」


『だったら、さっきチョコレートに流された中に本物が居たかもしれない』


「だ、だとしたら、大変ですわ! 早く助けて差し上げないと……ッ」


 取り憑いたことで力を得た悪霊が、惑わせる為に増幅したのだと思っていた雪葉。顔に険しい色をひらめかせる結衣と、双眸を見張って先程までと別の意味で焦る咲。三人と違って冷静沈着な世那は早々に結論付けず、異界に慣れているからこその豊富な知識を活かし、重々しい表情のまま静かに自身の推測を告げる。


「白石先輩に取り憑いた悪霊が分裂しているのか、悪霊が白石先輩をどこかに隠して模倣しているか、確かめてから救出の作戦を立てる必要があります」


「そういう可能性もあるのか。確かに、本物が居ないんだったら、相手にして時間を無駄にしたくないしな」


「私もお手伝い致しますわ! どうすれば宜しいんですの?」


 額に皺を寄せる雪葉を押し退ける勢いで、咲が衝動に駆られたみたく身を乗り出した。勿論、雪葉も世那を手伝う気満々故、世那の口から作戦が語られるのを静かに待つ。世那は全員の真剣な視線を浴びながら、少し考える仕草をして時間を取った後、コンピューター室に広がる静寂を厳かな声で破った。


「僕が全ての白石先輩の攻撃を受けて、深層心理を読めた先輩が本物でしょう」


「はあっ!? 何言ってんだ、危なすぎるだろ!」


「そうですわ! 私が話しかけても言葉が通じませんでしたし、あの中の全員が本物の白石様ではない可能性もありますのよ!?」


「ですが、本物の可能性もあります。確かめずに攻撃するわけにはいきません」


 泡を食った声で目を大きく見開いて食ってかかる雪葉と咲に、覚悟を決めた面持ちを崩さずに二人の意見を一刀両断する世那。世良の大鎌みたいに人間に効かない武器を使えない現状、本物を見極めてから攻撃しなければ怪我をさせてしまう。何も言えなくなった雪葉が悔しくて歯噛みすると、世那に花が咲き綻ぶような微笑を受けた。


「但し、悪霊の攻撃を受けるのが危険なのも事実。出来れば一人ずつ対峙したいのと、負傷した後、すぐに回復出来る状況にしたいです。なので、宜しければ僕を手伝ってくれませんか?」


「でしたら、白石様に狙われている私が、指定された場所に誘い込みますわ」


「なら、俺が魂を使い切ってでも世那を回復する。言っとくけど、お前がわざと負傷する気だったら、俺が無茶しようとも止める権利なんてないからな」


 申し訳なさそうに眉尻を下げた世那に協力を煽られた咲と雪葉は、当たり前だと告げようと話し合いもなく二人同時に役割分担をする。勢いに気圧された世那が面食らった後、雪葉の念押しに困ったように相好を崩した。


「自分を盾にするなんて卑怯な人ですね。僕は今の作戦を中止するつもりなんてないので、雪葉君を絶対に説得できないじゃないですか」


「決まりだな。けど、佐倉先輩は大丈夫なんですか?」


「正直、誘い込むまで逃げ切れるかどうか分かりませんが、私の問題ですので私だって誰にも譲る気はありませんわよ」


 好戦的に黒い瞳を細めて世那に不適に微笑んだ後、雪葉が異界に不慣れな先輩を気遣うと、不退転の決意を顕に握り拳を固める咲。此方も世那や雪葉同様、自分の役割を誰かに譲る気はないと一目瞭然だ。世那と雪葉は揃って眉を垂らして破顔する。


「ですが、回復できる僕と魂を消費する雪葉くんは、危険度が釣り合っていません。ということで、これを使って下さい」


 と、視線をかち合わせた瞬間、威圧感を装填した満面の笑みを湛えた世那から、ホワイトダイヤモンドみたいな小ぶりで真っ白な石を渡される雪葉。治療できるって複数の悪霊から攻撃される方が、結衣も憑いている雪葉よりも危ないだろう。なんて言っても聞いてくれそうにない有無を言わせぬ笑顔の幼馴染に気圧されつつ質問する。


「何だこれ?」


「霊力石といいます。中に道具一回分程度に用いる霊力が詰まっているので、雪葉くんの魂の代わりとなってくれるでしょう。貴重な物であまり持ち合わせていないので、十回全てを補う数はありませんが……」


「お、おお。そんな希少な石を分けてくれてありがとな」


 皆無故、有難すぎる存在に大船に乗ったみたいな気持ちになり、雪葉は光っていないのに後光を幻視させる石に頼もしさを感じた。半端ない安心感に包まれて狼狽える雪葉を見て、世那が圧を消した満足気な微笑でニッコリと顔を綻ばせている。


『全員頑固だからきっと意見を覆すことなんてできない。今みたいにせめて二人に他にも道具を貸してあげたら?』


「そうですね。では、僕の霊力を貯蓄した道具をお渡しします」


「ちょっと待て。それって、まさか……」


 呆れた顔でやれやれと言わんばかりに唇に弧を描いた結衣に頷き、世那がポケットからミニポーチと雪葉の想定通りの物を取り出した。雪葉の視界に飛び込んできたのは、勿論、今日だけで何度も見てしまった幼馴染のパンツである。霊力を注入されたからか淡い光を醸し出しているが、それでもシルエットや装飾はハッキリ分かる。

 突然出てきた見知らぬ光る女物の下着と、それを男子の目の前に披露している現状に、咲は桜色の目をグルグルさせて面映そうにまごついていた。初心な男子高校生に毎回やめろと叫ばれているのに、懲りずに眼前に使用済みの下着を出す世那は、幼馴染に対してだけ羞恥心を持ち合わせていないのだろうか。泰然自若に説明を始めた。


「僕の下着です。他人の使用済みのパンツなんて触れたくないかもしれませんが、掃除機が壊れてしまった以上、今はこれしかありません」


「ですよね!? つーか、さっきから俺の眼前に出すなって言ってんだろ!」


「あっ、雪葉君の下着も貸してください。対抗手段は多い方が良いです」


「霊力入りパンツを量産しようとすんな!」


 燃え盛る建物から逃げる時のような焦りに支配され、雪葉は下着を取りだした世那にブレザーをぶん投げる。顔面で受け取ったブレザーでパンツを隠してくれた世那にぶっ飛んだ提案をされ、制服ズボンのベルトを巻いた部分を抑えて下着を守る雪葉。今日の下着は別にダサくないが、咲にも世那にも見られたくない。


『雪葉が嫌なら私が脱ぐ』


「やめろ、もっと犯罪臭が凄い!」


 ワンピースに手を入れ躊躇なく脱ごうとする結衣の手を掴み、異常事態に冷や汗をかきながら大慌てで主人ストップをかける。訝しげな結衣に幼女向けの言葉での説得中、作戦に必要な道具をポーチから次々と出し、雪葉と咲の元へと適材適所に配られていく。雪葉の努力も虚しく世那の他に結衣の下着まで霊力を受け取り、校舎内を走り回らなければならない咲の手に渡ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る