第12話 井上雲里

 世良と白子が仲良くなってから数日後、呪われた被害者を助ける為、霊によって創り出された異空間に来た雪葉と世良。恒例行事みたく色とりどりな飴玉に襲われ、雪葉は来て早々に世良の鎌に世話になった。が、疲弊感に負けず、職員室を捜索する。


「今回こそは、しっかり目を凝らして証拠を見つけてやる!」


「――いや、無理だろ。お前、此処でも飴玉に襲われてたじゃねぇか」


「今日は大丈夫だ。何か段々、慣れてきたからな」


 職員室に並ぶ椅子の一つに腰掛け、動き回る雪葉へ呆れる視線を送る世良に、親指を立てて元気満々だと主張した。不気味な化け物を見る目を向けられるが、追いかけられすぎて狂ったわけではない。断じて。積み上がった資料を荒らしている結衣から、対抗できる力を貰って気が強くなっているのかもしれない。

 職員室の中は、無人であること以外、至って普通の状態だった。デスクに置かれているのは、パソコンや教科書、宿題や小テストらしきプリントのみ。特に変な物も怪しい物もなく、雪葉達以外の痕跡は残っていない。職員室に誰も居ないことに違和感を覚え、世良に聞こうとした途端、廊下から破壊音が聞こえた。


「飴玉が近くまで来たか!?」


「あいつ等は黄泉戸喫をさせて此処に閉じ込めたいだけだ。あんなに激しい音を出すようなことはしねぇ。犯人か被害者がなんかしたんだろうぜ、行くぞ」


 勢いよく廊下を見た雪葉の推察を冷静に訂正し、大鎌を召喚した世良が扉を蹴破って出て行く。逸れると命の危機に瀕する可能性がある為、まだ職員室を調べたいと後ろ髪引かれつつ、結衣に引っ張られる形で雪葉も後を追い掛けた。

 廊下に出て最初に視界に映ったのは、壊れて吹っ飛んだ保健室の扉。足の踏み場もないほど割れた硝子が散らばり、それと同等ぐらいの数の飴玉も粉々だ。嫌な予感に急かされて保健室に駆け込むと、世良が変な男に絡まれていた。


「俺の名前は井上いのうえ雲里くもり。あんたと一度話がしてみたくて、ファンの女に呪ってもらったんだ。会いたかったぜ、世良」


「私に気安く触んな」


「てめぇ、世良から離れろ!」


 ハーフアップに纏めた黒髪を揺らして世良の顎を上げ、含みのある紫紺の双眸を細めて口説く男。不平を満面に咲き渡らせた世良の振り払った音で我に返り、頭に血を上らせた雪葉は間に割り込み自分の背に隠す。雲里があからさまに機嫌を悪くした。


「チッ、ただの幼馴染のくせに邪魔すんじゃねぇよ。俺が何でわざわざこんな所に来たと思ってんだ」


「世良に会う為に来るとか頭おかしいだろ。つーか、何で世良を知ってやがる」


「俺のファンから聞いたんだよ。二年一組の巴江世那って女には、性格も口調も真逆の副人格が居るってな。そんな無愛想な女、落としたいに決まってるだろ」


 雪葉が嫌悪感を剥き出しにして睥睨と共に疑点を投げると、獰猛な獣みたく紫紺の双眸を光らせて舌なめずりをする雲里。呪いを用いた理由の馬鹿らしさに、雪葉だけでなく結衣と世良も阿呆を見るような冷たい視線を向ける。


「そんな理由で呪いを使うんじゃねぇ」


『巻き込まれた霊が可哀想』


「私を口説く為だけに、世那の貴重な時間を奪いやがって」


「俺は一人なのに三人で攻めて来んな」


 雪葉に続いて結衣と世良からも反感を買い、雲里が弧を描いた口元を少し引き攣らせた。当然だ。雪葉は呪いを使用した誰かによって、世那と世良を危ない目に遭わせたくない。結衣は白子に呪いを発動されたことで、力を勝手に使われて空間を創られた。世良は仕事の所為で、学校外での世那の時間を奪うことに怒りを覚える。


「うっせ、世良の敵は俺の敵なんだよ。徹底的に潰しやる」


「世那に迷惑をかける奴は誰だろうと容赦なくぶっ飛ばす」


『私は雪葉の守護霊。雪葉達が潰したいなら加勢するだけ』


「あんた等全員、殺意高くね?」


 雪葉、結衣、世良の順でそれぞれの怒気をぶつけられて、雲里の余裕綽々な顔に少し焦りの色が滲んでいた。今、軽い気持ちで世良と呪いに手を出した軟派男に、黒色と瑠璃色と淡黄檗の絶対零度の視線が突き刺さっているのだろう。自業自得である。

 すると、廊下にチャイムが鳴り響いた。正面玄関から数えるのも嫌な量の、大小種類様々な飴が校舎内に入ってきている。職員室に誰も居なかったのは、集会か何かの行事中だったかららしい。流石の世良も、あの量の敵を消すのは、相当辛いだろう。


 雪葉は咄嗟に世良と雲里の腕を掴んで、保健室の二つ隣にある相談室に隠れた。結衣も静かに閉めた扉をすり抜け、三人が居る相談室の中に身を潜める。口なんてない癖にざわざわしている玄関が森閑とするまで待ち、そっと開けた扉から顔を覗かせた。誰も居ないのを確認して廊下に出ると、職員室から何個もの飴が出てくる。それはそうだ。行事を終えた後、教師達は授業をする為、各教室に向かうものだ。


「おい、世良。此奴も守ってやるのか?」


「ああ、まあ。被害者を無事に帰すのが、巴江家の仕事だからな」


「いらねぇよ。むしろ、俺があんたを守ってやる。下がってろ」


 教室を目指していたはずの飴玉教師が合図を受けたみたく一斉に止まる中、雪葉は雲里を親指で示して厭わしさを顕著に出して問いかける。世良も物憂げに頷いて大鎌を構えた途端、それを手を伸ばして制した雲里が一歩前に進んだ。

 雪葉が驚きで喉を塞がれて何も言えない間に、ポケットから飴玉を取り出す。慣れた手つきでそれを口に入れると、襲いかかってきた飴に蹴りをお見舞いした。憎たらしいほど長い脚から斬撃が飛び、飴玉教師達を木っ端微塵にする。


「さっき保健室に居た飴玉も俺がこれで砕いてやったんだ」


「ふーん、お前も能力持ちか」


「俺達の高校、能力者多くね?」


『まだ、世那と世良とあの男だけだぞ?』


「普通は一人だって居ないはずなんだよ」


 得意満面に振り返って口を釣り上げる雲里の説明を聞き、冷静沈着なまま興味なさそうに納得する世良と裏腹に、超人の多さに苦々しく唇を歪めてツッコむ雪葉。横にふよふよ浮いたまま首を傾ける結衣に、ジトッとした半眼で一般論を教えていると、雲里が紫紺の瞳に好奇心を宿して世良にグイッと顔を近付ける。


「あん? 何だ、世良も攻撃手段を持ってたんだな。ああ、この鎌か」


「お前に答える義理はない。自分で守れるなら私が守る必要もねぇし、犯人を引き留めてから探索に集中させてもらう」


「それもそうだな。結衣、犯人の居場所は?」


『私達以外の魂は、遠くから感じるから、違う階に居ると思う」


 生者を斬れない鎌を雲里の眼前で横に薙ぎ払って引き離した世良が、意見に賛成した雪葉と結衣を引き連れて二階への階段の方に歩を進めた。現在地の南館の階段は、相談室から左側に真っ直ぐ先の一番左奥だ。ちなみに、白子の時や凪の時、よく走り回っていた北館の階段は右端だった。


「つれねぇな。同じ場所に居る時ぐらい仲良くしようぜ? こんな風に――」


「何で手錠を常備してるのか聞いた方が良いと思うか?」


『時間の無駄だし、聞かなくて良いと思う」


 支援学級用の教室前に差し掛かった際、小走りで着いて来た雲里が世良の手首を掴み、どこからともなく取り出した手錠を右手に持つ。突如、現れた常識外れの道具に、雪葉と結衣はドン引きしながら声を潜めて相談する。

 それにより、雪葉は世良を庇うのを遅れてしまった。含みのある邪悪な笑みを湛えた雲里が、世良の細い右手首に手錠を嵌めてしまう。世良が不意打ちに淡黄檗の瞳をキョトンとさせてる内に、自身の左手首も拘束する雲里。

 渋面を作る世良にこれ見よがしに繋がった手首を見せつけ、したり顔でわざとらしく手錠の鎖を揺らす。ジャラジャラ、と雪葉と世良にとって不愉快な音を響かせ、上機嫌な雲里が勝ち誇ったように頬を綻ばせて妖しく笑う。


「これで一緒に行動するしかなくなったな、世良」


「うっざ」


「その塵を見るような目、すぐに蕩けさせてやるよ」


 間髪入れず冷ややかな眼差しと共に罵倒をぶつける世良の反応に、毛を逆立てて威嚇する野良猫を懐かせる前みたいに、全身から溢れる愉悦を前面に押し出した。雲里に気を許す世良の姿など見たくない雪葉は、意地でも二人の絡みを邪魔してやろうと誓う。雲里に対する蔑むような瞳を途絶えさせて堪るかと強く決心した。

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