第7話 巴江世良Ⅱ
「おっ、世良。あっちだと全然出て来ないから、久々に会ったな」
「当然だろ。誰がわざわざ世那の時間を奪ってまで、お前なんかに会いに行くか」
「何で俺はこんなに嫌われてるんだ?」
世那により出現した門を潜った雪葉は、一週間ぶりに来た夕暮れ時の小学校で、大鎌を肩に担いだ世良と再会した。あの一件で既に世良にも心を開いている為、会えたことに嬉しくなり気さくに話しかけるも、彼女の方はそうでもないらしく不機嫌そうに睨まれる。初対面にから冷たい態度を取られ続け、雪葉が過去の自分の行いを思い返していると、嫌な記憶を呼び起こすチャイムに邪魔された。
「チャイムが鳴った……って、ことは――」
瞬間、近くの教室から大きなおにぎりが姿を現す。今回は襲われない故、逃げずに室内を観察すれば、授業を終えて休憩時間を満喫する大量のおにぎりを発見。人間の小学生みたいに遊ぶおにぎりの姿に、雪葉は「やっぱりな」と苦笑を頬に含ませる。呪われた被害者の好物はおにぎりのようだ。肉まんに追いかけ回された際を思いだし、苦みのある食べ物を口にしたみたく顔を歪めた。
ちなみに、今でも肉まんのことを愛しているし、コンビニでもしょっちゅう買っている。もちろん、見るたびに襲われた時の光景を思い出すのだが、あの空間の目的通り好物を嫌いになるのは気に食わない。そんな意地と根性と肉まんへの愛で、一週間のうちにトラウマを克服し、屈服せずに済んだのだ。
「あれっ?」
すると、教室に居たおにぎり達が一斉に雪葉の方を見た。否、目鼻口など存在しないが、そんな気がするほど視線を感じる。そして、教室から出ていたおにぎり教師が、何故か雪葉を熟視して廊下で立ち止まっていた。物凄い勢いで脳漿に警鐘を鳴らされ、本能のままに一歩退いた刹那、教師も生徒が一斉に雪葉に襲いかかる。
「何でだぁぁぁぁぁぁーーーーッ!?」
きっと出来たてで熱々であろうおにぎりを食べさせられまいと、クルリと方向転換して叫びながら全速力で廊下を駆け抜ける雪葉。押しのけ合いながら廊下に飛び出したおにぎり達は、世良と結衣に見向きもせず雪葉だけを狙っている。これでは、世那から頼まれた仕事どころではない。
生徒達が居た音楽室前の北館へと続く渡り廊下を逃走先として選んだ故、他の教室のおにぎりを増やさずに済んでいるが、それでも一クラス分はきつい。周囲を注意深く確認する余裕もなく昇降口を駆け抜けていると、追いついてきて併走する世良が憐憫の眼差しと共に問いかけてきた。
「お前、肉まんが嫌いになったのか?」
「違う違う違う! 俺は今でも肉まんを愛してる! 浮気なんか一回もしてねぇ!」
「じゃあ、何でお前だけおにぎりに追われてんだよ」
「俺が知りたい!」
肉まんへの愛を絶やした覚えなどないと自信満々に豪語し、鬱陶しそうに眉を顰める世良の質問に心の底から叫喚する雪葉。会話中に北館に辿り着いたものの、待ってました! と言わんばかりに第二理科室からもおにぎりが現れ、背後のおにぎり達と眼前のおにぎり達に挟み撃ちにされる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
「ったく、手間掛けさせやがって」
雪葉の絶叫に煩わしげに耳を塞いだ世良が、面倒臭いと前面に押し出して大鎌を横に薙ぎ払った。弧を描く形で雪葉と世良の周りを走った鋭利な刃に、前後のおにぎり達が為す術もなく雲散霧消していく。一振りで半数近くを消された残党達は、狼狽えるようにオロオロした後、武器を構え直した世良を見て逃げ出した。
無駄な戦闘をするつもりはないらしく、一目散に南館に避難する敵を見逃す世良。先程の光景を見ていたのか、他の教室からも誰も出て来ない。雪葉は安心感で一気に脱力して座り込み、四つん這いで乱れた息を整えながら礼を告げる。
「さ、サンキュー。けど、次からは出来ればもう少し早く助けてほしいです」
「気が向いたらな」
「それ絶対に早く助けてくれないやつ」
おにぎりを食べている世良に雑な答えを返され、予想していたもののガックリと項垂れた。前門の虎、後門の狼まで追い詰められるのは、心臓にも肺にも悪い。助けてもらう立場だから文句も言えず、一度、異空間に送れば黄泉戸喫にならないといえど、動いていた物をよく食べられるなと苦々しく眺める。
なんて思っていると、世良からおにぎりを一つ投げ渡された。咄嗟に上半身を起こして両手で受け取れば、淡黄檗の瞳で食えと促される。小腹が空いたと勘違いされたらしい。残すのも申し訳なく、雪葉は恐る恐る一口食んだ。意外と美味しい。二口目を含もうとした途端、結衣が頭の上に乗っかってきた。
『今回の世良は被害者も守る必要がある。雪葉にばっかり構っていられないのも事実だ。次から私が助ける』
「そうしてくれると助かるな。正直、二人の人間を庇いながら戦うとか疲れる」
「大変ご迷惑をおかけいたします」
二個目のおにぎりを口に突っ込んできた世良の迷惑そうな本音に、二つの白米を上に掲げて廊下に額を押しつけ土下座で謝罪する雪葉。今更ながら、女の子に守られているだけの自分の情けなさに嫌気が差す。世那を心配して意気揚々と着いて来ておいて、いざとなったら自分が助けられる側になるのを忘れていた。
『今後、命の危険に晒されたら、敵に向かって手をかざして。そうすれば、私が雪葉を介して魂を奪える。……使いすぎると、雪葉がおにぎりになってしまうけど』
「何か今、最後にボソッと聞き逃せない言葉が聞こえたんだが……」
『私の能力は魂を吸い取るだけ。そして、守護霊が奪った魂は、強制的に雪葉の身体に入ることになる。だから、代償の方はどうにもできない。回数に気をつけて』
嘆息しておにぎりを頬張る雪葉の右手を小さな両手で包み込み、結衣が真剣な応援するような優しい双眸で戦う力を分けてくれる。感極まって衝動的に抱き締めたくなるには、ちょっと無視できない代償付きだが。雪葉はどうにもならないと断言されてしまい、顔を背けて笑いを堪える世良に縋るような視線を送ってみる。
「まぁ、気が向いたら助けてやるよ」
「オネガイシマス」
しなやかで細い手を唇に当てて先程と同じことを言われ、引き攣った顔で深々と土下座を重ねておいた。おにぎりになってしまっても、此処を出れば元に戻れたりしないだろうか? 折角、抗う術を手に入れたのに、使うのに躊躇してしまう。もう一度、世良に助けを求めるも、どう見ても面白がっており、期待できそうになかった。
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