5. ○○○○○○
「第五話のタイトルは、『訪れたその時』」
「私が聞きたいのはそんなことじゃないよ……!」
小夜は動揺と不安で、口調が強くなる。
「ねえメアリ、答えて。貴方はどうなるの?」
「答える義務はないわね」
「メアリが私に話しかけてきたのは、私が作品を完結させなかったから。なら、完結させたらメアリはどうなるの?」
「ふふ、私に興味を持つなんて貴方も――」
「真面目に答えて」
『…………』と文字が打たれる。これは、メアリが考え事をしている時に出る文字だ。
小夜は喉が強烈に乾いてきた。おそらく、メアリからの回答は想像している通りだろうから。
「元通りよ。元通り、私は貴方の世界で生きる」
「私と話すことは?」
「ないでしょうね。そもそも、今回の出来事は奇跡中の奇跡。そんなの、貴方も分かっているでしょう?」
図星だ。そもそも、こんなことはオカルトも良いところだ。
誰かに話したところでまともに取り合ってもらえない。下手すれば、頭の心配をされるだろう。
「も、もしかしたら何か方法があるのかもしれない。完結させた後も、こうして話せるようになる方法が」
「小夜」
「このテキストエディタを閉じなければ良いのかな? それとも、私が作品を完結させなかったら――」
「小夜!!」
「ひっ!」
ノータイムで返されたメアリの言葉は、明らかに怒っていた。
「貴方、いま私の目の前で何と言ったの? 事もあろうに、作品を完結させなかったからですって? ふざけないで」
「だって、メアリとこうして話せるようになって、私は作品を書けるようになったんだよ。もしメアリがいなくなったら……」
「書ける」
メアリは言い切った。
「貴方に足りないのは、やり切った結果よ。それさえあれば、貴方はもう止まることなんてない」
「怖いよ、メアリ。私、メアリがいなくなった後のことを考えたら、怖い」
「大丈夫よ。貴方はやれる。もう終わろうとしている作品が、それを証明している。何より、この私が保証する」
感情が溢れ、気づけば涙を流していた小夜。
それを拭うこともせず、小夜はタイピングを続ける。
メアリとの思い出はいっぱいある。
色んなジャンルをメアリとともに駆けていた。その都度、小夜はモニターの前で、夢の中で、彼女の物語を想像していた。
それが終わろうとしている。
そうなればきっと、新たな主人公を考える。メアリじゃない主人公で、新たな物語を考える。
小夜はそうする。そうしなければならない。
始まりには終わりがある。メアリが主人公の作品は、これが最後になる。
気づかないようにしていた。ずっとこの主人公と一緒だったのだ。完結させられない作品はいっぱいだったが、それでもメアリとはずっと一緒だった。
「やれ、ない」
「やるの」
「メアリとお別れしたくないよ」
「しなければならないの」
「メアリの話が終わったら、どうすればいいの?」
「貴方の心がもう答えを出しているわ。次の主人公で、次の物語を書く。この繰り返しなの」
「嫌だ……嫌だよ」
「いい加減にしなさい。私は旅をしたいの」
「旅……?」
メアリの台詞が高速で入力される。それは、彼女の感情の高ぶりのようだった。
「書籍となって、現実の空の下で見られたい。小説投稿サイトに投稿されて、ネットの海を泳ぎたい。見たことがない景色を全部見たい」
それに相槌を打つことなく、小夜は黙って聞いていた。
「貴方はそんな私の願いを腐らせるつもりなの? もしそうなら私は本当に軽蔑する。貴方によって生み出されたことを後悔することになる」
「う、っぅ……!」
「書きなさい小夜。私に、生まれて良かったと思わせて」
「 宮 部 小 夜 ! 」
「わぁぁぁぁ!!!」
涙で視界がぼやける。だが、小夜は指を動かす。
宮部小夜の内なる淀みを全て燃やし尽くすように、彼女は叫び、そして書き続けた。
そして迎える最終話、執筆完了。
「書けた……」
「うん、良い出来じゃない? 何だかんだ物語にはなってると思うわ」
「ありがとう、メアリ」
「お礼を言うのはまだ早いわよ」
すると、もう一つの画面が現れた。
それは小説投稿サイト内の、小説投稿画面だ。
「小夜、その作品を投稿しなさい。貴方の世界をみんなに見てもらうの」
「うん、準備する」
そこからの流れはスムーズだった。
あらすじやタグ付けなど、あらかた済ませた小夜はマウスカーソルを『投稿』ボタンまで持っていく。
これを押せば、投稿される。
初めて完結させられた作品を、世の中に公開できるのだ。
少し震えていた。だけど、メアリが見ていると思ったら、小夜は意外とあっさりそのボタンを押すことが出来た。
「……終わった」
あっけないものだった。産みの苦しみを超えたあとに訪れる、この脱力感はなんだろう。
「よくやったわね、小夜。完結させた感想はどう?」
「うん、なんかこう……体の力が抜けたような感じ」
「それが完結させた、ということよ。よく覚えておきなさい。そして、ずっと忘れないようにしなさいよ」
「あれ、メアリ……?」
変化はすぐに訪れた。
今までの会話が、過去から順に消えていくではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます