4. ○○○○○○

「第四話のタイトルは、『限界の向こう』に決まりよ」

「それももう慣れてきたな」


 あれから小夜は絶好調だった。

 筆が乗る、といえば良いのか。頭の中の物語を上手く具現化出来ている。

 メアリと色々話して思考の整理が出来たのか、今の彼女に迷いはない。


 とはいえ、根本的な問題をまだ解消できていない。


(今はノリにノッている。だけど、それも永遠じゃないだろう)


 物事には必ず終わりがやってくる。

 小夜のこの調子も、必ず終わりが来る。彼女はそれが怖かった。

 今までこんな考えになったことはない。いつも、そうなる前に未完結となってしまうからだ。


 そんなことを考えていると、自然と文章入力の速度が落ちてくる。

 メアリはすぐ変化に気づく。


「悩み事でもあるのかしら? 指の動きが鈍っているようだけど」

「あ、ご、ごめん」

「余計なことは考えない。考えるなら、書いた後でよ」

「うん……ありがとう、メアリ」

「言葉だけのお礼なんていらないわよ。私にとって、完結させることこそが最大の礼よ」

「完結、か」


 完結。言葉にするには軽すぎて、行動に移すには重すぎる。

 いまだその瞬間を迎えたことのない彼女にとって、空想するのが精一杯。


「出来るかな、私」

「今の状態を維持できればね。そもそも貴方、いつも始めから終わりまでしっかり練り込んでいるじゃない」

「練り込んでいる、かな?」

「そうよ。貴方に足りないのは書き続ける力だけよ」


 小夜の執筆は順調だった。

 執筆に慣れている者が彼女の状況を見れば、完結させるのは時間の問題だということが分かるだろう。

 だが、いつもその手前で力尽きるのが小夜だった。


「ふふ」

「何で笑っているのよ」


 実際にはテキストエディタ上に打ち込んでいるだけだが、メアリはそれが小夜の笑いだと理解できていた。


「ううん。いつも私、一人で小説を書いていたから、こうやって話しながら書くの、初めてだなって」

「……集中できないかしら?」

「逆だよ。一人で書くのって、案外辛くてさ。色々負けそうになるんだ」

「色々、ねぇ」

「そう色々。だからメアリがいてくれて、結構良かったのかも」


 少し照れくさいが、小夜は今の自分の気持ちを入力する。


「メアリが声をかけてくれなかったら私、小説書くのやめてたかも」

「はっ。大げさなことを言うわね」


 たっぷり間をおいた後、メアリは口を開く。


「どこまでいっても、この執筆作業は貴方自信との戦いなのよ。私はその背中に手を添えているだけ」


 メアリはこう締めくくる。


「結局すごいのは貴方なのよ。決して折れない力と心を持っているのよ。…………まぁまぁね」

「……ありがとう、メアリ」


 正直、小夜は何度も書くのを止めようとした。

 だが、メアリの世界を壊さないため、彼女は何度も歯を食いしばった。

 その努力が報われた気がして、小夜は少しだけ誇らしかった。



 ◆ ◆ ◆



「うぅ……眠い」


 徹夜の作業だった。眠気が何度も襲いかかる。

 だが、小夜のモチベーションは最高潮だった。今なら何徹でも出来るだろう。


「そろそろ寝なさい」


 そうすると、メアリが睡眠を勧めてきた。

 執筆作業を止めたくない小夜は子供のように抵抗してみたが、メアリは更に忠告する。


「寝ぼけ眼で文章を書いても、良いものが出来ないわよ。一度寝て、頭をスッキリさせてから、書きなさい」

「うぅ……」

「次の文章を考えるのは目を瞑りながらでも出来るわ。まずはちゃんと回復しなさい」

「分かった……」


 小夜は促されるまま、布団に入った。

 そこで彼女は気づく。


(あれ、これじゃメアリと話せないや)


 メアリとはテキストエディタ上でしか会話が出来ない。

 こうして目を閉じてしまえば、彼女の言葉も分からない。


 そう考えると、少しだけ不安になってしまった。

 知らないうちに、小夜はメアリに対し、安心感を抱いていた。


 メアリはどうしているのだろう。

 時が止まった世界で一人ぼっち。誰も動くことのない世界で、彼女は生きている。


 気にしなければ良い。

 創作のキャラに対し、それは考えすぎだ。

 たまたま奇跡が起こって、今の状況があるが、元々小夜一人の戦いだ。


 気にすることはない。眠れ。眠れ。眠れ――。



「……私、寝ろって言ったわよね」

「ごめんメアリ、もうちょっとだけ書いていたいの」



 小夜は執筆に戻っていた。

 メアリへの思いが、彼女を突き動かしていたのだ。


「はぁ……全く、そのやる気をもう手放すんじゃないわよ」

「うん、手放さないように頑張るよ」

「そうすれば、私は安心して――」

「え?」


 小夜がメアリの台詞を見ようとしたら、削除されていた。

 一体何を言いたかったのか、小夜は分からない。

 今はただ、この指の熱に従って、文章を紡いでいくだけ。


 結局、朝日を迎える羽目になった小夜。

 しかし、彼女はカーテンを開けることもせず、ひたすら書き続ける。


「はぁ……はぁ……!」


 彼女はそこで指を止めた。メアリは画面の中で笑う。


「でき……た」


 文字数、約十二万字。

 書きたい話は全て詰め込むことが出来た。

 最終話もほとんど書き終わった。あとは、少し頑張るだけ。


「ようやくここまで来たわね。さぁ締めくくるのよ」

「うん! それじゃ――」


 そこで、小夜の指が止まった。



「ねぇ、これが終わったら、メアリはどうなるの?」



 小夜の声は少し震えていた。

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