2. ○○○○○
「二話目のタイトルは『文章上の君』ってところで、どうかしら?」
「何を……言っているの?」
執筆者、
テキストエディタ上に、入力していない文字が並んでいく。
思わず小夜は部屋から逃げ出そうとする。しかし、扉が開かない。どれだけ力を入れても、椅子で破壊しようとしても、ビクともしない。
「何、これ……。何で、こんなことに?」
戸惑っていると、勝手に文字入力されていく。
「私、貴方の声が聞こえないの。文字入力してちょうだい。貴方の声をキーボードで変換して」
時間が経つにつれ、どんどん冷静になっていく小夜。
そこで彼女は、まずこう尋ねた。
「貴方は誰?」
「私はメアリ。貴方がいつも作る、貴方の主人公キャラよ」
メアリ。ファミリーネームはその作品ごとに変わる。
小夜にとって、ずっと使い続けている主人公の名前であった。
「どうして急に話を終わらせたの? あれじゃストーリーも何もあったものじゃないわ」
「それを貴方が言うの? いつも途中で続きを書かなくなって、未完結作品を積み上げている貴方が?」
「うっ」
その時点で、小夜はメアリがあの
メアリとは、小夜が小説を書き始めてから、ずっと使い続けている主人公の名前だ。
バトル、恋愛、ホラー、コメディなどなど。色々なジャンルを書いてきたが、その度に小夜はメアリという名前をつけた。
小夜が小説を書き始める際、三日三晩考えて末に生み出した名前だけに、愛着があった。
それ故に、メアリの言葉が小夜に突き刺さる。
未完結作品を積み上げている。この言葉は全くその通りだったのだから。
「メアリ、どうして急に自我を……」
「急に、というのは間違いね。私は、貴方が生み出したその瞬間から、意識があったのよ」
「……ということは」
「お察しのとおりよ。私はいつも、動かない世界で生きていた。貴方が書かなくなって、停滞した世界からね」
「書かなくなったんじゃ、ない。私はいつか――」
「いつか。いつかいつかいつかいつか! 貴方は一体、いつそのいつかをしてくれるの? 一体、いつになったら作品を一つ完結させてくれるのかしら?」
小夜はキーボードを叩く手が止まってしまった。
返事が、出来なかった。口ではやるよ、と言える。しかし、このメアリを前に、小夜はすぐその言葉が言えなかった。
メアリが小夜の作ったメアリそのものなら、ずっと彼女は見ていたのだ。
「それは……その」
「人に見てもらえないからよね。反応してもらえないからよね」
「メアリの言葉は鋭いね」
ストレートな言葉は、時に反論する力を削いでしまう。今がそうだ。
小夜は言い訳を始めた。
調子の悪い時がある。時代に合わない時がある。発表するタイミングが悪かった。文章が悪かった。
思いつく限りの言い訳を打ち込む。その姿は、己の苦しみを吐き出す、懺悔にも似た姿だった。
「貴方の言い分は分かったわ」
「それなら……!」
「だと言って、私が永遠にこのテキストエディタ上に囚われる理由にはならないわ」
「そんな。じゃあ、どうすればいいの?」
「簡単な話よ。書きなさい。ちゃんと完結させればいいのよ」
「でも、さっきの話は貴方が今、終わらせたんじゃ……」
「そんなこと? 簡単な話よ」
『ヴォルザード王城謁見の間で一組の男女が言い争っていた。
一人は長い赤髪が麗しい気品あふれる女性、もう一人は短い茶髪が眩しい凛々しい男性だ。
女性の名はメアリ・ワイザーマン。王国の中で最上位の権力を持つワイザーマン公爵家の一人娘。
男性の名はオルコー・ヴォルザード。この国の王子である。』
「これは……!?」
「ほら、消してあげたんだから、もう一回書けるでしょ」
すると、勝手に別のテキストエディタが起動した。
少しすると、そこではまた勝手に文字入力がされていく。
「見える?」
「そうやって行き来出来るの?」
「そういうこと。私は貴方の作品のキャストで、貴方を見守る立場でもあるのよ」
「……私に、選択肢はないんですね」
「もちろん。貴方は私が主人公の作品を一つも完結させたことがないんだもの。一つぐらいはちゃんと見てみたいわ」
その
――私がこのメアリを超有名主人公にしてみせる!
何故、今この瞬間にあの時の言葉が浮かんだのかは分からない。
ただ、小夜が再び集中し、執筆を始めたことだけは確かだ。
「メアリ、やれるだけやってみる。でも、駄目だったらごめん」
「ごめんで許されるなら編集者はいないわよ。書きなさい。とにかく書きなさい。貴方が執筆者、宮部小夜であることの証明は、書き続けることしかないのだから」
そこから小夜は珍しく、執筆を続けた。
いつもなら何かに気を取られて、数十文字しか進まないところだった。しかし、今日は妙に集中出来たので、一話がすぐに書き上がってしまった。
「え? 私が今書いたの? こんなに大量の文字を?」
「間違いなく貴方が書いたのよ。これが貴方の力よ」
「へ、へへ。私って集中すれば、こんなに書けるんだ」
その日の小夜は達成感に包まれていた。
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