『表と裏』

 舞台の準備が整えられ、舞踏会の始まりの鐘が鳴る。つつじの白いワンピースと、真矢の魔女の正装が空に翻った。

「さて、七華から先輩として色々教えてやれって言われてるから、教えてあげるわね」

 着地と同時に、スタジアム中央で腕を組んで仁王立ちするプリンセス、レンティの正装は、ヘッドドレスまでを一部の隙もなく着こなした、メイド服だった。

「私の武器は、これよ」

 裾の長いエプロンドレス姿で、どこか古風な印象の出立ちと対照的に、右耳に異物の様にかけられた片耳ヘッドセット、そして言いながらレンティが示したのは、手に握られた、ゴツゴツとした漆黒の突撃銃だった。

「銃よ、銃。珍しいでしょ」

 獲物を見た瞬間、全力で距離を詰めようとするつつじ、しかしレンティはそれ以上の速度で、脱兎の如くスタジアムを跳ぶ。その追いかけっこはしばらくの間続いた。


「はあ……はあ…………」

「諦めが悪いわね。七華が目をかけるだけの事はあるわ」

 単純な脚力だけならば、元々の身体能力と、強化式の精密さのおかげで、つつじに十分部があった。しかし時折レンティの指が引き金を引くと、緑色の特徴的な曳光弾混じりの弾丸の雨が、的確につつじの前進を阻む。当初はリロードのタイミングを図ろうとしていたつつじだったが、レンティの魔法は、スタントマンのような自在のワイヤーアクションと、もう一つ、どうやら式による無限の弾薬供給のようだった。不定期なタイミングで、小口径にも関わらず近接センサーの機能で爆発する榴弾や、煙幕弾。そして対戦車の装甲でも打ち抜けそうな強化弾頭など、式の内容も多岐に渡り気を抜く暇がなかった。限界を悟りつつあったつつじは、負けるしかなくなるよりも、ある賭けを選んだ。

 レンティの強さは、その駆け引きの判断力にあった。つつじ達は後から知る事になったが、レンティ自身の天性の勘に加えて、今ものらりくらりと真矢の攻撃をかわし続けながら、ナイトを釘付けにしているニンジンの、AIであるからこそできる芸当の、演算が、自身と、ヘッドセットとグラスを通じてレンティにもたらされており、それをまたレンティが人間離れした取捨選択速度で活用していく事で相乗効果が生まれていた。

 つつじが賭けに出た瞬間、この日はじめてレンティは、ニンジンの示した生存予測値が100パーセントではない行動を選択した。離脱ではなく、突っ込んでくるつつじに対し、射撃を継続する。

「なるほど、多少のダメージで懐に入れるならよしと。好きよ、そういうの」

 つつじは身体を捩って、脇腹を狙われた弾丸をかわしながら、レンティに迫ると、両者の距離はすぐにゼロになった。レンティへの行動指示に、負けを示す生存率ゼロパーセントの未来予測が混ざるようになった。しかしレンティには、つつじのがむしゃらな勢いで地面に押し付けられ、馬乗りになられてもなお、焦るどころか、笑みを浮かべる余裕すらあった。

「確かに、ニンジンの補佐でスマートに戦うのが性分だけど」

 さらに銃を封じるべく、小柄なレンティの上から上半身までを覆い被せる様に密着したはずのつつじの腹に、銃身を切り詰めたショットガンの銃口が当てられる。

「こういうもみくちゃのの泥臭い戦いも、むしろ好き──がうっ?!」

 返事の代わりに、つつじの右の拳がレンティの頭蓋骨に振り下ろされた。たまらず、引き金を引く。銃声と共に銃弾が放たれたが、予想に反して、つつじの体に傷をつける事は出来なかった。

「!?」

 ついに、口の端から血を垂らしたレンティの顔が困惑に染まる。逆に、後がないと思えたつつじの方は、冷静にレンティを見据えていた。

「ありがとうございます。実弾じゃなければ、式でどうにかできる事がわかりました」

「は……?」

 困惑するしかないレンティの意識を、一切の容赦なく三度、四度と繰り返し襲うつつじの拳が刈り取った。


 試合終了後、つつじと真矢がハイタッチを交わしてからロビーに戻ると、先に戻ったレンティはすでに意識を取り戻して立ち上がっていた。つつじ達が帰ってきた事を認めると、悔しそうな様子を隠さずにに言う。

「対戦ありがとう、こっちが懐に引っ張り込んだつもりが、すっかり嵌められたわ」

「こちらこそありがとうございました」

 レンティが言いながら出した握手の手を、つつじはすぐに握り返す。

「最初からそのつもりだったの?」

 そのつもり、というのはここぞの所まで銃弾を無効化できる事を隠して、こうして勝つつもりだったのか、という事になる。つつじの答えはNOで、そもそも、銃弾が魔力由来かも、魔力由来だったとして、無効化できるかも、やってみなければわからなかったのが、つつじの本音だった。

「いえ、スピードで追いつくつもりでした」

 その答えをつつじが返すと、レンティは、負けた瞬間よりも驚いた顔になった。

「敵わないわ」

「良いじゃないですか、レンティのそういう所、大好きですよ」

 すっかり降伏宣言をしたレンティを、ニンジンが揶揄う。ナイト同士の戦いは、結局真矢の攻撃がニンジンにはかすりもしなかったらしい。

「ふざけんじゃないわよ。まあでも、久々にコテンパンにされて楽しかったわ」

「この間、ボコボコにされてませんでしたか。自分の銃取られて、それで撃たれて」

 レンティの潔さが、ニンジンによってどんどんと負け惜しみに変えられてしまうのが面白くて、つつじはつい笑ってしまった。

「いちいちうっさいわね!ま、アンタの達のことも覚えたから、また戦いましょ」

 少し顔を赤らめたレンティは、捨て台詞の如くつつじの方を指差して言うと、終わりと言わんばかりに感想戦を打ち切った。そんなレンティとの時間が終わってほしくなくて、つつじは延長戦を提案するのだった。

「ありがとうございました!あの、レンティさん。よかったらその、セブンシーの事をもっと教えてもらえませんか?私、極東の事しか知らなくって」


 そして、真矢はそんな風につつじが楽しそうに話すのを、少し離れた所で、黙って聞いていた。


***


 同時刻、つつじ達とレンティ達の対戦をスタジアムを模した座席の上から見ていた七華と桜が、主役達が去った後のスタジアムで、二人きりで話をしていた。

「弾丸無効化、想像はしていましたけれど、まさか本当にやってのけてしまうとまでは思っていませんでしたわ」

 七華が心の底の思いを打ち明けると、もしつつじ達が聞いていたら違和感を覚えたであろう素の口調で、桜が感想を漏らす。

「本当だな、本格的に銃を使おうと思ってもらおうと思ったのに、当てが外れたよ」

「こだわりますわね、自分は剣を使うクセに」

 繰り返し茶化す七華への返事の声のトーンが、さらに一段低くなる。

「国家がプリンセス・ナイト、つまりは電子世界での戦技向上に躍起になる理由、七華ならわからない訳じゃないだろ」

 物騒な話に片足を突っ込みかけても、七華の口ぶりは相変わらずだった。

「当然でしょう、どこの国も最強のチームを軍が抱えているっていうのは、そういう事でしょう」

「軍隊同士のルール無用の戦いになった時、身を守るのに都合がいいのは剣より銃だろう」


「……美緒から何か聞いたのかしら?」

 その名前を口走った時に、はじめて七華の声が潜められる。

「いや、何も。ただそういう空気はあるだろ、杞憂だといいけど」

 桜が否定と想像を述べると、話は終わりと言わんばかりに、七華は深く腰掛けていた座席からぴょんと飛び立つ。身長差があるとはいえ、さすがに座ったままの桜を少し見下ろす形になった。

「美緒にも会いたいわね。呼んだら来てくれるかしら」

「今日のつつじの事を言えば喜んで飛んでくるだろ。器用な人間には目がないから」

 相変わらず座りっぱなしの桜をおいて、七華はわざわざ歩いてスタジアムを後にする事にした。

「じゃあ私から声をかけておくから、なんかあったら口添えよろしく。それから桜」

 ちょうど客席入口通路へ姿が隠れるタイミングで、七華が最後に言う。


「つつじの前だと『私』っていうの、似合ってませんわよ」

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