『バレンティア=ラビット』
企業戦再申請に必要な時間を経て、エリアへの再侵攻の日程の時間が訪れると、つつじは銃を使うまでも無く、バリケードごと相手のプリンセスをあっさりと吹き飛ばした。戦闘が終了して、エリアが七華の所有物になった事を示すアナウンスが短く流れるのを聞きながら、つつじ達はロビーに戻った。
「お疲れ様、後でボーナスを振り込んであげるから、期待しておきなさい。それから、明日は企業戦じゃないプリンセスナイトの試合をしてもらうから、そのつもりでよろしく」
つつじの印象と裏腹に、勝利後のミーティングはあっさりと終わろうとしていた。不思議に感じていたつつじは、さっさと話を済ませて帰ろうとする七華を呼び止めて質問をする。
「あの、私達はエリアを制圧したんですよね」
「そうね」
「私達が取ったように、別の人が取りに来たり、さっきの人たちが取り返しに来たりとかって……」
つつじの質問が終わらないうちに、七華は事も無げに答える。
「するかもね。それこそ、寝ぼけてる深夜を狙ったりしてくるかも」
「げー、ブラックだ」
真矢が口を挟むのにも構わず、七華は続ける。
「でもね、プリンセスナイトは、あなた達が思っている以上に実力主義で、一発逆転なんて起こらないのよ。100回戦ったら、100回強い方が勝つの」
*******
「七華!来たわよ!」
つつじが、蓋が割れてしまった運搬用の空のリターンのタンクを廃棄しようと、容器を抱えて事務所の中を歩いていると、玄関が乱暴に開く音と、威勢のいい声が響き渡った。奥の部屋から、どうやら寝ていたらしい七華が、珍しく髪をセットせずにおろしたまま応対に出てくる。
「何しに来たの?」
馬鹿にしたような態度の七華に、こちらも客とは思われないような、玄関に仁王立ちしていた小柄な猫っ毛の少女がものすごい剣幕で噛みついていた。
「あんたね!!人を呼びつけておいて何よ!その態度!」
「あ、つつじ。ちょうどいいところに。支度をするから、その子を応接に通してくださるかしら」
客人の神経をわざと逆撫でするように無視して、七華はつつじにそう言い残すと部屋に引っ込んでしまった。つつじは仕方なく、抱えていたタンクを脇に置いて、一人でどんどんと激昂の度合いを強めている少女へ、声をかけてみることにした。
「こんにちは、もしかして、レンティさんですか?」
来客の予定は七華から聞いていたものだった、問題は、時間がいつになるのか誰も知らなかった事だ。
「うん?そうだけど」
つつじは少しだけ噛み付かれるのではないかと身構えていたが、声をかけると、感情が切り替わったように少女、レンティがつつじに答える。
「はじめまして、春野つつじです。来ることは七華さんから聞いていたのですが、いつ来るか聞いていなくって、すみません」
つつじが伝えると、レンティの顔がぱっと華やいだ。
「あらあら、社長にはもったいない礼儀正しい社員がいるじゃない。バレンティア=ラビットよ、そのままレンティで良いわ。よろしく」
それから、しばらく応接で話していると、着替えを終えたらしいものの、まだ髪をセットしていなかった七華が応接に来て、ガーデンの中で話しましょう、と言うと、部屋を移して全員でダイブする事になった。移動中、じゃあ格好なんかそのまんまでいいじゃない、待たせるだけ待たせておいて、とプリプリ怒っていたレンティをみて、つつじは、感情の起伏が激しい人なのかな、と言う印象を抱いた。
ダイブインし、ガーデン上の事務所の応接へ向かうと、そこには七華と先に来ていた真矢の姿と、客人としてレンティともう一人、長身の女性がレンティに付き従うように立っていた。
「来たわね、つつじ」
「改めてよろしく。素直ないい子。全く七華社長にはもったいない社員だと思うわ」
褒められながら、つつじの興味は、まるでお嬢様に付き添う従者のような雰囲気の、緑の髪の女性に向いていた。
「レンティさんがプリンセスで、こちらの方がナイトですか?」
七華もレンティも言わないので自分から話を振ると、その長身の女性がつつじに答える。
「はい、ニンジンと申します」
「人参……」
反芻したつつじの頭は、一気にオレンジ色の野菜でいっぱいになった。
「おや、あなたは今、オレンジ色の野菜を思い浮かべていますね?」
ニンジンと名乗った女性が、鋭くつつじに話しかけると、図星をつかれたが失礼と思ったつつじはしどろもどろになってしまう。
「えっ、いやその」
「正解です。レンティが人参が大好きなので、こんな名前をつけられてしまいました」
さらに畳み掛けられて情報の量に混乱していると、真矢がニンジンに話しかける。
「レンティは極東の人じゃないよね。ニンジンは現地からダイブしてるの?」
「いいえ、私はダイブしていません。何せ、現世に肉体がありませんので」
その答えに、真矢の目の色が変わった。
「もしかして、AI生命体?」
「ええ」
「すごい、初めて見た」
言いながらまじまじと見つめる真矢、ニンジンはふふと笑ってその好奇の視線を受け止めた。AI生命体の存在は、つつじも知識としては知っていた。現実世界に肉体を持たず、電子世界で生を受けた存在。その存在は、未だ議論の渦中にあったはずだった。
「極東では生産が禁止だもんね。所持申請も面倒くさいし」
「ガーデンの中のセブンシーの方だと、いなかったら生活が成り立たないわ」
つつじはレンティが口にした海外の国の名前を、とても新鮮なものとして捉えていた。ガーデン成立以降、電子世界での生活様式は国ごとに非常に独自の進化を見せていた。その違いが、外国人との交流の機会を遠ざけているのは間違いなかった。
「でもセブンシー人を名乗る割には、二人とも極東人スタイルだね」
「いやよ、普段からあんな背高のっぽになるの。私の血はセブンシーのものだけど、魂は極東の巫女様のものなんだから」
そして、レンティはつつじ達に、来訪の要件を告げるのだった。
「だから、この姿でプリンセスナイトの相手になってあげるわね」
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