『つつじの世界』

 つつじが目を覚ますと、そこはソファで囲まれたテーブルのある応接室といった雰囲気の部屋で、傍らには真矢の姿と、テーブルを隔てて七華、あやめの姿があった。

「おはよ、つつじ。気分は大丈夫?」

 隣の真矢がつつじに声をかける。つつじはここが電子世界か、現実世界かが分からなくなっていた。

「ここはガーデンの外よ。貴女のめちゃくちゃな捨て身の式で何かされたら、落ち着いた話し合いなんか不可能ですもの」

 その疑問は七華によって答えられたが、つつじはそれを意外に感じていた。

「人がダイブ中の揺籠を自分の会社まで運び出したりする方が、よっぽどめちゃくちゃだと思うけど」

 理解が追い付かないつつじの代わりに、真矢が七華にとげのある言葉で突っかかる。

「だってあれはもう、つつじさんのものではありませんわ」

 あれ、と七華が指し示した先に、つつじにとって見慣れた揺籠が置かれていた。その瞬間慌てて自分の身体に目をやると、誰の物かは知らないが、ゆったりとした衣服に包まれているのを見て、ふっと胸をなでおろした。しかし一方で、その七華の言葉に、頭を揺らされるようにもう一度現実に引き戻される。

「そっか、私、負けたんだ」

 つつじの意識に、明確な負けの宣告は残っていなかった。しかし気を失う直前、凛とした姿で立っていた七華の姿ははっきりと思い描くことができ、それが何よりの事実である事を本能で認めてしまっていた。


 その瞬間、色々な思いが巡った。中でも真矢と二人でダイブした時の感触が、忘れられなかった。

「さて、そうしたらお目覚めの所、今後の話をしたいのですけれど」

「七華さん」

立ち上がったつつじに、さすがに七華も意図を測りかねて困惑していた。

「あの揺籠って、いくらくらいするんですか?」


 さらに予想外の質問を受けて、七華が目をまるくして、あやめは七華の後ろでぷっと噴き出していた。

「あなたのお小遣いでは、到底買えない額だけれど……」

「なら、借金してでも買います。お願いします、あの揺籠を私に売ってください」



「私から、世界を取り上げないでください」


「プリンセス・ナイトを、取り上げないでください……」

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