「ある夕暮れ」

「つつじ」

 一方的にまくし立てるつつじを、凛とした声で七華が遮り、言う。

「いい?物事にはルールがあるの。例えばプリンセスナイトだって、めちゃくちゃな式でスタジアムごと相手をなかった事にすれば、絶対勝ちでしょう?違う?」

 七華の刺すような視線を、瞬きもせず受け止めるつつじ。

「でも現実はそうではない。物質を書き換える事が出来ない干渉結界しかり、個人の素養然り。あなたがどんなに式の事を詳しくたって、私という存在を消す式は描けないように、明確なルールが存在していて、簡単にはそれを捻じ曲げる事は無理なの」


 そこまでを言っても、先ほどから微動だにしない目の前のつつじの目を見て、七華はため息をついて話題を転換する。


「はあ、揺籠がいくらなのか知りたいのなら、お隣のお友達にでも聞いたらどう?」

「奨励プログラムでタダでーす、って言ったら、七華さんはタダにしてくれんの?」

「そんな訳ないでしょう」

 真矢とのやり取りを経て、再びつつじに向き直る。

「でも、現に国家がこうして、揺籠を普及させようとしているのは確か。こんなコストの掛かる機器を普及させる理由は何か。単なる娯楽の為だけじゃない事は分かるでしょう?」

 言いながら、今度は揺籠の方へと歩くと、中のリターンを手で掬い取る。液体とも個体とも言い難いどろりとしたそれは、掬いあげるそばから七華の手から零れ落ちる。

「この魔法の物質、これがガーデンの土地から生まれて、取引されているのは知っているわね。つまり、電子の土地を持っていれば持っているほど、儲かるという事よ。端的に言えばね」

 そういった七華の顔が少し寂しそうだった理由は、つつじにはわからなかった。間を置かずに七華は次の話題を繰り出してくる。

「さて、今度はこれをごらんなさい」

 つつじの目の前に差し出されたのは、何枚かの紙の証書だった。

「あなたの家と、揺籠の権利書よ。ここに貴女ではなく、私の名前が書いてある意味は理解できるわね」

 ほんの少し前の戦いの、敗北の傷と記憶が疼く気分に襲われる。言われるまでも無く、それが奪われたのだという事をつつじは身体で理解していた。

「現実世界はまだ、こうしてお金で買った権利を法が守ってくれるわ。貴女が私をここで殴り倒そうとも、きっと私の権利は揺るがないでしょう。でも、ガーデンでは一体どうかしら」

 少しずつ、つつじも七華の説明の趣旨を理解しはじめていく。


「プリンセス・ナイトの勝者が権利を得る。それはガーデンが辛うじて無法地帯にならないために存在する暗黙のルール」



「だから強ければ強いほど称賛されて、煌びやかであればあるほど良いのよ。それが、プリンセス・ナイトであり、一番強いプリンセスが『シンデレラ』となる意味」



「失望した?」


 言い終えた七華が、つつじに短い言葉で問う。


「それでも、プリンセス・ナイトを続けたいかしら?」


 左手に真矢の手を握ったままのつつじに、失望も、迷いもなかった。



「聞くまでも無いようね。なら、家も揺籠も好きに使ったらいいわ」



「私の元で戦い続けなさい。つつじ」



「ようこそ、プリンセス・ナイトの世界へ」

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