『舞台の上で』

「お姫様」

 二人きりの控室で、つつじの不意を突いて真矢がおどけて言う。つつじの初めて目にする真矢のドレスは、とんがり帽子にポンチョのようなローブという、いかにも絵本のおとぎ話に出て来そうな魔女のいで立ちだった。

「やっぱりさ、この制服、舞踏会のドレスとしてはちょっと地味だと思う訳ですよ」

 何をいまさら、と不満を込めた視線を向けたつつじにすいと歩み寄り、純白のタイをくいと引く。それは魔女の魔法のように、見慣れた制服の形をしていたはずのつつじのドレスのすそが、生きた鳥の翼のように羽ばたく。そして無数の羽根のような白のロングドレスへと変わった。

「どう?」

 最高の友人がくれた魔法のドレスを前に、言葉はいらなかった。



 お姫様と魔女が夜空に飛び出すと、そこには、思い描いた憧れのプリンセスナイトの世界が広がっていた。


 互いに、自陣の奥の方に二人並び立つ。澄み切った空気が、まるで手が振れるほどの距離で対峙しているかのように互いの言葉を運ぶ。

「ナイトを連れてきたというより、まるで魔女にそそのかされた生娘ですわね」

「じゃあ七ちゃんは吸血鬼に見入られたお嬢ちゃんだね」

 そうつつじたちを罵る七華に反撃を食らわせたのは、何故か七華の背後のあやめだった。

「あやめ」

 七華が名前を呼んで嗜めるのを聞いて、つつじはその時、その女性の名前があやめである事と共に、その手に握られた獲物が大きな鎌である事を知る。初めて見る姿ではないが、昨日は奇妙なほど存在感を消していたのだと思うと危機感を覚えたが、ちらと真矢の方を見ると、つつじに余裕の笑みを返した。

「大丈夫、銀のナイフの準備はあるし」

 言うや否や、式で空飛ぶ箒を発現させると、

「私は吸血鬼退治と行こうかな、っと!」

 ロケットのように光る航跡を残して、あやめをめがけて飛んでいった。あやめの元に一瞬で自身を到達させたその式は、ただの加速ではなく、見ている者たちの時間を少しずつスキップする式であった。

「では」

「!?」

「こちらも始めましょうか」

 こちらは式抜きの純粋な速さで、プリンセス・ナイトのセオリーを一切無視して七華がつつじへと肉薄し、細剣を振るう。剣と拳ではまともに切り結ぶ事が出来ず、剣の間合いに入らないよう、つつじは左右に飛び退りながら後退していく。

 正面から無策のままで勝てる相手ではない事は、昨日の戦いを通して、文字通り痛いほど理解していた。大技の式の発動こそあったものの、先の戦いの間、七華が飛び道具の式を使ってくることはなかった。だから剣の間合いにさえ入らなければダメージを受ける事はない。しかしそれは同時に、つつじの唯一の攻撃手段である拳の間合いに入れず、体力は消耗していく一方という事でもある。しかし、それは作戦の内でもあった。闘技場の外壁との位置関係を気にしながら、剣の間合いに入るかどうかの距離を保ち続けるつつじに話しかける。

「ふうん、そういう作戦ね」

 華奢な七華の体力が、つつじ以下だと想定した第一の作戦はシンプル、相手が疲れるまで逃げ続ける、だった。つつじたちの思惑の通り、今回の試合に制限時間は設定されていない。時間制限と判定のある試合なら消極的ととられかねない戦術も、立派な作戦として機能していた。

 つつじが避け続けるのを追いながら、七華が視線をちらりと真矢たちの方向へ向ける。その先で、もう一つの戦いが進行している。こちらは立場が変わり、一度は真っ向から突っ込んだ真矢だったが、戦いの様相は、逃げる真矢をあやめが大鎌を振りかざして追う展開となっていた。しかしつつじたちの側と違うのは、防戦に回っているのはあやめの方で、真矢が無数の光の弾丸を着かず離れずの位置から打ち込み続けるのを、鬱陶しそうに打ち払う様子が度々見られた。そして、空飛ぶ箒と速度を武器に、天井のないフィールドの上方向を活かした真矢が、有利な位置を遷移し続けている。そんな友人を頼もしく思うつつじに、少しだけ疲労をにじませた声で七華が囁く。

「お友達の心配は良いけど」

 大きく踏み込むと、つつじの懐へと大きく踏み込む。本来剣の間合いではないところまで差し込まれたつつじの判断が一瞬鈍る。腕を器用に畳んで、密着位置から急所たる右腕の腋を過たず狙い打とうとした七華の身体が、大きく揺らぐ。

「ぐぅ!?」

 初めて七華の動揺した声が響いた。打撃の反動で大きく飛び退ったつつじを、七華はすぐに追えなかった。つつじの肩に刻まれた剣筋も浅いものではなかったが、それ以上の確かな手ごたえを感じていた。

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