『魔女の魔法』

「まったく、やりすぎだって」

 真矢がつつじを匿うために連れ込んだのは、真矢の家だった。幸い真矢の両親と会う事はなく、血だらけの姿を咎められる事もなかった。

「…………。」

「まあでもさ、無事でよかったよ。あいつらも相手とタイミングが悪かったね」

 傷だらけのつつじの手を消毒しながら、何も言わないつつじに気さくに話しかける。しばらくすると、しみるはずの消毒には何も反応しなかったつつじが口を開いた。


「真矢…………」

「うん?」

 か細い声に、真矢は優しく返事をする。

「私さ……何で普通じゃないんだろうね…………」

「つつじ……」

 そしてつつじの胸の奥から、どろどろと止めどない膿のように、言葉が流れ出した。

「親もいない、家族もいない、記憶もない……記憶のあるのは、去年ガーデンで目を覚ました後の事だけ。教えてもらえたのは、データに残ってた名前だけ」

 真矢はつつじの言葉をじっと聞いた。

「それで、今度はガーデンにも居場所がなくなっちゃった」

 その短い言葉の中に、つつじの置かれた事情を察する真矢。

「つつじ……今朝こっちで登校しようとしたのって、まさかダイブが……」

「そうだよ!できなく、できなくなっちゃった……!」

 叫ぶと、真矢の部屋のダイブ装置の水面が、風もなく波打った。

「そもそも……ガーデンでも普通じゃなかった。皆使えるどんな簡単な式だって、何一つ使えなかった」

 つつじの言葉は荒れた海の大波のようにとめどない。

「そのくせ、干渉結界はちゃんとあるせいで、何度も何度も自分の身体を壊そうとしても全然効かなくって」

 真矢は、つつじの身体を腕ごとずっと抱きしめていた。顔と顔が触れ合っても、つつじは抵抗しなかった。そのまま、つつじが言うのをじっと聞いていた。

「怖かった、痛そうだったし、実際痛いし、普通に殺されるし。でも、普通じゃないのが普通だったら、私でも普通でいられると思ったのが、プリンセス・ナイトだったの」

「……そっか」

 つつじがプリンセスナイトに夢中になるその思いを、それまでの真矢も何となく理解していた。しかしいよいよ言葉として初めて形になったその重みを、真矢は真正面から受け止めていた。

「でも私は全然ダメだった。何回か戦っても、全然普通で、地味で、楽しくなかった。それにおかしいよね、今日私から全部奪おうとしてる人が来て、その人に怒るよりも、ダメな私よりもずーっと綺麗だな、って思っちゃったの」

「そっか」


「ねえ真矢、あの七華って人なら、私を普通に戻してくれるのかな」



「……つつじさ、シンデレラ・ナイト見に行ったの覚えてる?」

 つつじの投げやりな質問に、真矢は明後日の方向の質問を被せた。

「覚えてるよ、見た試合は全部、覚えてる」

 ほとんど間を置かず、つつじは答える。

「まだ、格好いいって思える?綺麗って思える?自分でやってみて変わっちゃった?」

 真矢の背に回されたつつじの手に、キュッと力が籠る。

「ううん、だって全然違うもん、同じものと思わないもん」

 否定するつつじに、真矢はある提案を投げかけた。

「じゃあさ」


「私がナイトになって、つつじをシンデレラ・ナイトにエスコートするよって言ったら、来てくれる?」



「……えっ?」

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