『水面』
開始の合図とともに、即座に構成された式で加速して、最短距離で七華の顔面を捕らえに行ったつつじの右の拳が届くよりも早く、七華の身体が舞うように翻り、剣先がつつじの右の肩口を鋭く貫いた。
「痛っ……!」
痛みにひるむことなく、加速のついたままの体の回転を活かして、そのまま回し蹴りを放ったのも空を切り、つつじの右肩にもう一度、先ほどとは逆の箇所をなぞる様な痛みが走った。仕切りなおそうとして飛び退るつつじを、七華は逃がさずにピタリと付けるように追うと、その抵抗をあざ笑うかのように制服の上から身体を切りつけていく。もし観客がいたとしたら、白い衣装に赤色がにじむ様子と、返り血すら飲み込んでしまう黒い衣装が対照的だという印象を持たれたに違いなかった。
「思ったより諦めが悪いのね」
それでも抵抗を諦めないつつじに、七華はこれまで使っていなかった式を描き始め、いよいよ止めと言わんばかりの攻撃を準備する。式が成立したその瞬間、傷だらけのつつじが一歩深く七華の間合いに踏み込むと、無数の薔薇のトゲで埋め尽くされた空間の中を、針の穴のような間隙を縫って、つつじが七華まで到達する。
「うああああああっ!」
「!?」
掛け声と共に振りぬかれた拳が七華の華奢な身体を大きく吹き飛ばす。式による薔薇のトゲの密集地帯の密度は全てを避けるのは不可能であり、さらなる傷を受けたつつじは、肩を上下させながら血を滴らせている。立ってるのも精いっぱいのはずだが、七華を見据えていた。
「ふうん……」
結局、この戦いでつつじが七華に与えた打撃は、ついにその一発にとどまる事になった。再び剣によるカウンター戦術に終始する七華を捕らえようとすればするほど傷が増えていく一方で、それを何十回と繰り返したつつじの身体は、ついに限界を迎えた。
手も足も出ないというのはこの事だろう、と朦朧した意識の中でつつじは考えていた。そんなつつじに、つつじを見下ろした七華が言う。
「まあ、ナイト不在では、プリンセスナイトの試合とは言えませんわね」
つつじの返事を待たずに一方的に言う。
「今度、プリンセス・ナイトのルールで再戦いたしましょう」
言われるがまま、つつじは返事をする事が叶わなかった。
「一週間猶予をあげますわ」
「ただし、再戦が可能なら、ですけれど」
「つつじ!つつじ!」
おぼろげながら七華が去った事を感じ取ると、つつじは孤独になった。そんなつつじの耳に、聞こえるはずのないと思っていた友人の声が聞こえた。
「真矢……?」
それが現実か、幻聴か確かめられずに、つつじはそのまま気を失った。
つつじが目を覚ますと、自分の上半身が揺り籠から半分だけ乗り出していた。お腹の辺りに感じる圧迫感と痛みで、そこが現実世界であることを認識した。すぐに身体を戻して、揺籠に身を委ねようとしたつつじの、意識が沈む瞬間の事だった。
「げほっ……ごぼっ!」
まるで首を捕まれて無理やり水面に引き上げられたかのように、意識が覚醒して現実世界に引き戻された。
最初は理解できなかったが、同じことを2度3度と繰り返すうちに、つつじは理解し始めていた。しかし、自身の身体が電子世界へのダイブを拒否してしまっている事実を受け入れることはできなかった。
つつじの葛藤と孤独なその攻防は、一晩中続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます