『七華』

 仁科から逃げる様に別れ、かといってダイブアウトをする気分にもならず、つつじは電子世界の中を歩いて、重い足取りで自宅に帰る。すると、現実世界より呼び出しがあった。現実世界の自宅に、尋ね人が訪れている旨の通知が鳴り響く。

 自宅に来るとすれば真矢くらいのものだったが、照会しても情報がなく、どうやら知己の人物ではないようだった。仕方なくダイブアウトし現実世界に帰ると、思いもよらぬ事に、施錠していたはずの家の中、ダイブ装置の枕元に見知らぬ人影があった、のろのろと装置を出てから、玄関で応対するものとばかり思っていたつつじは咄嗟に自分の体を手で覆う。そんなつつじの姿を意に介す事もなく、つつじにとっての驚きがいくつも重なる状況をものともせずに、余裕さえ感じさせる所作で一方的に告げる。

「はじめまして、春野つつじさん」

 名前を呼ばれた事で冷静になったつつじは、その時初めて、目の前の人物が、黒のフリルのあしらわれたドレスに身を包み、ドリルを頭にぶら下げた人形のような少女で、それからもう一人、長身黒髪の、スレンダーなパンツルックの二人組であったことに気づいた。

「誰ですか?何で私の家に……」

 突然知らない人が家の中にいて、至極真っ当なつつじの疑問に、返事をする七華。

「村上七華と申しますわ。ここに来た用件ですけれど」

 つつじがダイブ装置から出て立ち上がると、尊大な態度の割に背が低い事に気付く。立ち上がったつつじに、七華は見下ろされる形になるが、全くひるむことなく堂々と続ける。

「この家屋と、そちらのダイブ装置について、回収に参りましたの」

 つつじはその言葉をすぐに飲み込むことができなかった。つつじの様子を、理解していないと察して七華が言葉を続ける。

「貴女、身寄りがないでしょう?」

 その言葉は、つつじにとっての急所だった。そこに無遠慮に言葉を突き刺していく七華。

「なのに、学生の身分でこれだけの設備が使える事を疑問に思った事はないのかしら」

「……それが、あなたに何の関係が?」

 そう反論するのが精一杯だった。つつじには幼少のころの記憶が一切なかった。身寄りも親もない、しかし生活費と家と、揺籠が存在する生活に、疑問を押しつぶしながらの生活をしていた。つつじが、ずっと目を背け続けていた事だった。

「あなたの家と揺籠が、すでに他人の所有物になっていたとしたら?」

 しかし他人の家に無断でずかずかと入り込んでなお涼しい顔をしている七華に、一切の容赦はない。

「……知りません」

「そうね、知った事ではないけど、貴女の立場から考えれば理不尽よね。いいわ。チャンスをあげましょう」

 自分勝手に話を進める七華は、つつじに歩み寄ると、顎に手を当てて目線を無理やり下げさせる。

「私とプリンセス・ナイトで戦って、勝ったらこの条件は撤回してあげますわ」

 射るような視線で目を合わせる事を強いられているせいもあったが、プリンセス・ナイトという言葉に、つつじの身体はびくりと反応する。

「では私達は外の車の揺籠でダイブしますから、場所は連絡致しますわ。逃げられると思わない事ね。逃亡は不戦敗とみなしますわ」

 それだけを告げると、ついに喋らなかったもう一人を従えてさっさと部屋を後にする七華。残されたつつじは、律儀にもダイブすると、七華から届いた通信に示された場所へと向かうしかなかった。


 指定された場所は、つつじも予想していた通りプリンセス・ナイトのフィールドだった。

「いらっしゃい、まずは逃げなかった事を褒めてあげますわ」

 現実世界と同じ、黒いドレスを着た七華が立っていた。


「あら、プリンセス・ナイトの試合をするつもりでしたけれど、どうやらナイトがいらっしゃらないようですわね」

 わかり切った事を嫌味たらしく言う七華に、つつじは唇を噛む。

「ナイトなしでやりましょう。あやめ、見ていてくれる?」

 その言葉に、黒髪の女性が頷いて、歩いて七華から離れていく。尖塔の方へ向かおうとしたつつじを、七華が呼び止める。

「やり方に則る必要もないでしょう。このまま始めましょう。貴方の好きな立ち位置で、試合開始でいいわ」

 その言葉に触発されたつつじは、七華まで一歩の距離まで歩み寄り、その顔を睨みつける。そして両腕を掲げ、臨戦態勢を取った。

「ふうん」

 満足げに声を漏らす七華、いつのまにか手には細剣が握られていた。

「……それじゃあ、私の合図で試合開始ね」

 対峙する二人を見守るような位置に立っていた黒髪の女性、あやめが、つつじが想像していたよりも可愛らしい鈴のような声を初めて放った。


「スタート!」

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