『華』

 つつじは役割の分担に自信を覚えて、そのまま、同じプリンセスと連戦をする事になった。先ほどはさすがに上手く行き過ぎたのではなかっただろうか、という不安と、勝利の余韻と、それとは別に生じていた、つつじにとって決して小さくない違和感を抱きながら、再び開始の合図とともに尖塔の先から飛び上がる。


 1戦目ではあっという間過ぎたため感じる余裕のなかった、尖塔からの射出と、高さと浮遊感を感じていた所、それは起こった。


 高速で飛翔した弾丸が、頂点に達したばかりのつつじの脇腹を貫く。痛みと衝撃で虚ろになった意識で、つつじは弾丸の飛んできた方向に視線を向ける。機動力を犠牲に即着地し、のんきに飛んでいる相手をねらい打つ奇襲戦術『ブリッツ』にまんまとやられたのだ、と、どこか他人事のように考えながら、痛みと衝撃のおかげで崩れたバランスをどうにもできないまま、地面に叩きつけられる。相手はその場から全く動けなくなったつつじには目もくれず、2対1となった味方のプリンセスが滅多打ちにされるのを見ながら、つつじの2戦目もまた、あっさりと終わった。

 そんな2試合の間も、そしてその後の戦いを重ねるたびに、遠距離攻撃の魔法が使えない事は重い枷となった。距離を取って射撃してくるだけの相手が続き、成すすべなく3連敗を喫した。気落ちしていると、なんだか妙に不愛想なプリンセスとのマッチングがあった。試合が開始され、セオリー通りに敵のナイトと対峙していた所、味方のプリンセスに後ろから撃たれた。あまりの衝撃に、当初つつじには何が起こったのかわかっていなかった。心臓近くを魔法の弾丸で貫かれたつつじは、怪我を負った自分を見てニヤついた表情の3人の様子から、どうやらプリンセス同士が知り合いなのだと悟った。鬱憤のはけ口になったらしいつつじは、制限時間の30分間好き勝手いたぶられる事になる。さすがにその日はもう舞台に立つ気にはなれなかった。



 それから数日の間、つつじは幾度かの舞台で戦った。ちょうど10戦目を数える段階で、つつじの心中は全く穏やかではなかった。表示されずともわかる2勝7敗というこれまでの負け以上に、つつじは自信を喪失していた。

 つつじの心の晴れない理由は主に二つ、まず一つ目は勝てない事、それでも自分が痛い思いをする事については、全く厭わなかった。しかしナイトの自分が相手の遠距離攻撃に一切太刀打ちできないせいであっさり戦闘不能にされ、二対一になったプリンセスが負けてしまう事がたまらなく悔しかった。そして二つ目はつつじがこれまで憧れてきた舞台にいざ立ってみると、思いの外地味だった、という点にあった。主役4人の内、自分が四分の一を占めているのだから仕方がない、とさえ考えていたが、目の前にあったのは煌びやかな雰囲気も派手さもない、ただただ地味な戦いであったことが、つつじの中でもやもやとした感情を育てていた。


 そして、10戦目という節目を迎えたつつじは、これで負けたらやめよう、と考えていた。そんなつつじの目の前に現れたのは、スレンダーなシルエットと、ロングスカートに刻まれたスリットが目を惹く、純白のドレスのお姫様だった。


「よろしく」

 思わず見とれてしまい、ぼーっとしていたつつじに、ドレスの麗人が声をかける。少しハスキーな声に驚いたつつじがコンソールを見ると、仁科という名前が表示されていた。

「よ、よろしくおねがいします!」

「君の方に、プリンセスをお願いしたいんだが」

「え?私の方が?ダメです」

 こともなげに言う仁科に、つつじは浮かされる様に反射的に答えていた。

「あなたがプリンセスになるべきです、こんな、こんな綺麗なんですから」

 プリンセス・ナイトの役割分担に、セオリーはない。確かにナイトが似合う者、プリンセスが似合う者というのは存在する。しかし打たれ強いものがナイトになれば勝てるわけではない事は、過去のデータから導かれた有名な通説であった。それでもつつじはそう口走っていた。

「あははははは」

 一瞬目を丸くした後、無遠慮に笑い出した仁科の笑い声で正気に返る。

「ご、ごめんなさい、私変な事を」

「いや、知り合いにも同じことを言われた事があってね、思い出しちゃって」

 時と場合によってはキザなセリフだが、塗れた長いまつげを巻き込んで眼尻をぬぐう仕草には、そう言うだけの説得力があった。

「じゃあ、プリンセスをやらせてもらおうかな」


 ほんの少しのやり取りしかしていないのに、今までとは違う、何か初めての高揚感を感じながら、自らの尖塔へ向かおうとするつつじに、同じく踵を返して向かおうとする仁科が声をかける。

「改めてよろしく、つつじさん」

 あっさり下の名前で呼ばれて、いよいよ頬が熱くなるのを感じた。

 暗い、一人きりの尖塔の中で出番を待つ間、高揚感はずっと続いていて、尖塔を飛び出して夜空に躍り出た瞬間、目の前に広がった夜空と一緒に、その気持ちは最高潮に達した。


 先ほど簡単に示し合わせた通り、つつじが前衛として仁科の前に着地する。相手の姿を初めて視認すると、プリンセス、ナイト共に忍者を彷彿とさせる出で立ちで、分身のように左右に二人が並んでいた。どちらがプリンセスで、どちらがナイトなのか、その点では見事なカモフラージュだったが、あまりにも忍者然としているせいで、もう少し手の内を隠すような装束でなければ戦術がバレバレなのではないかと考えてしまう。衣装は心を表すものなので、どうしようもないとは聞いているものの、どうしても考えてしまう。

 思案しているうちに、その相手が二人とも目の前から姿を消した。誰もいない空間に式が描かれている。つつじが式を読むとそれは、自らの姿をトンネルのような空間に隠し、出口から出るまで相手の目に映らなくなるというものだった。そのトンネルの出口はこちらの陣地に放物線を描く様に伸びていて、つつじと、仁科の後ろに一つずつ、出口が設けられていた。遠くに式を描けない仁科側の出口に、つつじは干渉できそうになかった。せめて自分の身を守ろうと、半歩下がって自分に近い方の式に触れ、トンネルの出口の式に手を加えて、鍵をかけるように出口を閉めた。これで二人の内一人は、自分の式の空間に囚われて出られない。

「……仁科さん!」

 名前を呼ぼうかどうか一瞬迷った事は特に致命的ではなかったが、仁科は固まったまま信じられないようなものを見た、と言わんばかりに目を見開いてつつじを見ていた。その顔のまま、反応できないはずのない攻撃に反応できず、胸から短い刃を生やし、真っ赤な血を散らす事になった。

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