『ドレスアップ』
つつじが目を覚ますと、目の前に真矢の姿があった。
「やあつつじ、気分はどう?生き返った?」
「真矢……?」
辺りを見回すと、つつじにとって見慣れない医務室のような風景が広がっていた。
「臨死体験の時って、緊急連絡先に連絡が来るんだよね。ダイブアウトしなくて大丈夫そう?」
不意に、つつじの脳裏に目の前に迫った無数のトゲと、その次の感触が、式を明確に記憶してしまっているだけにより鮮明に思い出された。不安から腕にすがってしまうつつじを、真矢は優しく受け入れた。
「ありがと、真矢……」
真矢は何も言わないまま、つつじの腕に力を込める。
「私、気絶しちゃったから不合格なのかな」
そんな真矢のやさしさに、つつじの口からつい不安が漏れ出す。
「ううん、あの剣山にやられて意識保てる人なんていないよ。あの試験で不合格になるとしたら、ダイブができないほど怖くなっちゃったときじゃないかな」
そんなやりとりを交わしながら、どちらともなく二人で寄り添いながら、ひとしきり待合室で過ごし、つつじが落ち着いた頃を見計らった真矢が、芝居がかった口調で宣言した。
「さあ、ドレスを取りに参りましょう、お嬢様」
そうして案内された部屋にいたのは、またも受付の案内係の人だった。数度目の対面なのにもかかわらず、ついつつじの声が上ずる。
「試験通過おめでとうございます、春野つつじ様」
「あ、ありがとうございます!」
「それでは、こちらの部屋にお入りください」
言われるがままに部屋に入った瞬間、つつじは少し後悔していた。先ほどの黒い部屋と瓜二つの部屋だった為に、やはり自分は失格で、何かの罠に掛けられたのかと一瞬疑ってしまった。その瞬間、身体がふわっと浮き上がって、頭の中を優しく撫でられた様な感触と、暖かい光と共に真っ白になった。その時つつじはまた、聞いた話を思い出していた。ドレス授与の際は、過去の思い出がよぎったり、自分のなりたい姿が浮かび上がったりするのだそうだ。しかしつつじの思考は、そのいずれでもなかった。ただ真っ白な光だけが頭を支配して、次の瞬間、自らの足で黒い部屋に再び立っていた時のつつじの服装は、白一色ではあるものの、それ以外は見覚えのあるいつもの制服だった。
「これ……ドレス?」
部屋に光源はないはずなのに、不思議と自身の目にはっきりと映る白い制服を、困惑半分、受け入れがたい気持ちが半分といった気持ちで見ていたつつじだが、その後座り込んで10分ほど考えたものの他の衣装の案が降りて来ることはなく、そのままの姿で部屋を後にする事になった。
「お、出てきた、どんなんなったかなー?」
諦めて部屋を出ようとしたつつじだったが、扉に手を掛けた途端、真矢の顔がふっとよぎると、うっすらと扉が開いたことに部屋の外から、得も言われぬ恥ずかしさを覚えた。
「どうかな……」
つつじの姿を見た真矢は、開口一番お腹を抱えて笑い出した。
「あはははははは」
「え?え?」
「白っあはははは、いいよ、つつじらしい!」
「らしいって、なに!?ねえ、そんなに笑うのはひどくない!?」
つつじの抗議を受けても、真矢の笑いはしばらく続いた。
***
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
端末からエントリーすると、すぐにチーム結成の通知があった。フリーマッチでマッチングした味方のプリンセスとつつじが挨拶を交わす。ナイトを希望するとつつじが宣言すると、相手が承諾して、ペアの役割が決まった。
適性試験の翌日、つつじにとってのプリンセスナイト初戦は、登録当日のごたごたと仰々しさとは裏腹に、電子世界内の端末でフリーマッチへのエントリーを選択した瞬間にあっさりとはじまった。観戦しているだけだった昨日まで、あんなに憧れであった尖塔の中に自分が入っているのだという感慨も感じる間もなく、つつじはあっという間に舞踏会会場の空を舞った。さほどの駆け引きもなく、自身のプリンセスを背に、舞台へと着地する。
目の前に、相手のナイトがいた。西洋甲冑に身を包んで、ガチャガチャと金属の擦れる音を響かせ、ツーハンドの大剣を腰だめに構えながら、真っすぐ突進して来る。その後ろを伺うと、相手方のプリンセスが、炎を飛ばす式を準備しているのが見えた。甲冑のナイトの動きはお世辞にも早いとは言い難く、つつじには敵の出方を十分に伺った後に、自身が守るべきプリンセスの様子を確認する余裕が与えられていた。その時、魔法の弓を構え引き絞ったプリンセスがナイトに対して狙いを定めていた。炎の魔法も、光の弓も、互いに味方のナイトを避けて打てるような器用なものではなく、互いのナイトが対峙しているおかげで射線が遮られている状況だった。
つつじには速度差を活かして相手のナイトを置いてきぼりにするような作戦を展開する事も出来たが、光の弓に鎧を貫通するような強度はない事を見切っていた事もあり、あえてそうせず、ナイトの接近を許す。誘い込ませるように懐に飛び込むと、大振りの横薙ぎをしゃがんでかわし、瞬間、唯一つつじが式を紡げる空間、自身の身体の足の裏に式を紡ぐ。
再び真上から振り下ろされた剣を、今度は完全に置き去りにして、20mほどあった相手プリンセスとの距離をわずか3歩で詰めると、そのままの勢いで肩口から全身で相手のプリンセスに体当たりをお見舞いした。つつじの目に一瞬驚きに満ちた相手の顔が見えたが、体当たりがまともに当たった事による慣れない衝撃にぎゅっと目をつむってしまうと、すぐに何も見えなくなった。
しかし本能のまま、間髪を入れず倒れた相手のプリンセスに馬乗りになり、力を込めるがまま振り下ろした拳を相手の無防備な頬へと一発お見舞いした時、相手は短い呼吸音と共にそのまま動かなくなり、その時、つつじの初めての試合が、歓声も、実感もなく終わった。
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