42本目「双槍! 嵐舞う姉妹ランパ!!(後編)」

 姫咲きさきの本気――それは、颶風院流と王帝院おーてーいん流をミックスした技のようだ。

 ……まぁ、ぶっちゃけ『颶風院流』とか言われても僕には違いはわからないけどね……『裏颶風院流』は双槍ふたなりってことだけは覚えた。

 ぱっと見た感じだと、双槍を合体させた巨棍を得物としている以外に大きな違いはなさそうだ。

 あくまで見ただけではあるから、実態は違うのだろう。




 姫咲の特異な点は、様々な流派の技を満遍なく扱える――というところだろう。

 ヤツの一番の『武器』は、片手でヤリを自在に揮うことのできる『腕力』である、と僕は見た。

 もはやバケモノじみた『怪力』と言っても過言ではないだろう。

 ヤリを自在に揮えるだけでも十分すぎるほどの怪力ではあるけど、更にそこから精密な動作も行うことができる。

 ……一体どれほどの修練を積み重ねればあんなことができるのか、僕には想像もつかない。

 たとえとして適切かはわからないけど、僕たち一般人で言えば――ペンを使って字を書く、というレベルの習熟度で姫咲はヤリを扱っているのだと思う。

 それを両手でやれているのだ、並大抵の修練では身に着けられないだろう。




 そして、その恐るべき腕力は……今や一本のヤリへと集中されることとなった。

 片手で姫先輩の打ち込みと拮抗していたのが、これからは両手で受けられることとなるのだ。

 僕の悪い想像は全くの的外れというわけでもないだろう。姫先輩の真剣な表情がそれを裏付けている。

 ……ただ、一点だけ良いことはある。

 ヤリを一本へとしたことで、条件としては互角となった。双槍での変幻自在の動きはこれでできなくなったことには違いない――先に予想した通り、状況次第では再びヤリを分解して双槍にしてくる可能性はあるけど……。




 ――あれ?

 もう一つ、朗報のような、そうでもないようなことに僕は気付いた。

 姫咲の巨棍は、両端に穂先が付いている。

 ということは……姫先輩のような手や足でヤリを勢いよく撃ち出す『颶風院流』の奥義は使えないんじゃないかな?

 ……まぁ、あの技は一歩間違えば自らヤリを手放すことになるから迂闊には使えないし、考える必要はないか……。




「それじゃ、イくよ♥ お姉♥」




 姫咲がそう宣言し、動くと共に――




「うぐっ……!?」




 姫先輩が後ろへと跳んだ。

 ……いや、違う。

 のだ。

 前へと踏み込みながらの横薙ぎを、姫先輩は自分のヤリで受けたのだが……相手の勢いが強すぎてそのまま吹っ飛ばされてしまった。

 ……なんてパワーだ……!?

 姫先輩は小柄な方だけど、姫咲だってそう変わりのない体格だ。

 だというのに、殴り飛ばすなんて……。




「俺よりもパワーがあるな、これは」




 そう呟く本多先輩だけど、完全に同意だ。

 たとえ本多先輩だったとしても、同じようにヤリで受け止めた姫先輩を吹っ飛ばすなんてことはできないだろう。




「フフフ、まだまだ!!」




 姫咲の攻撃は止まらない。

 振り下ろし、薙ぎ払い、連続突き……止まることなく次々と姫先輩へと連撃を放つ。

 それを姫先輩はヤリで弾くのが精一杯で、反撃することもできずにいた。

 ――いや、それは当然だろう。

 なぜならば、姫咲の持つ巨棍の方が姫先輩のヤリよりも長いからだ。

 姫先輩は反撃したくともリーチが足りず、結果的に防戦一方になってしまっている。

 自分のリーチにまで強引に押し入って……というのは素人考えなのだろう。

 姫咲のパワーならば、懐に潜り込まれたところで『柄』を使った打撃技で十分対処可能だろうし、いざとなればヤリを分割して短槍の方で迎撃もできてしまう。




「…………強い……ッ!!」




 思わず僕の口からそんな感想が漏れてしまう。

 ただひたすらに『強い』。隙がない、とも言えるだろう。

 ヤリの短所である『リーチの長さ』をもパワーでねじ伏せてしまうくらいの圧倒的な『力』――

 もちろん、単純なパワーファイターではない。

 繰り出されるヤリ技にも無駄がなく、ちょっとでも防御を緩めたら一撃必殺となってしまうだろう。きっと、僕なんかはとっくの昔にノックアウトされているはずだ。

 ……それを捌き切っている姫先輩もまた凄まじい強さだということを意味している。

 間違いなく、この二人の戦いは『頂上決戦』だ。




 ニタニタと変わらぬ笑みを浮かべながらヤリを振るい続ける姫咲。

 姫咲の猛攻をひたすらに受け続ける姫先輩。

 一見すると姫咲が押しているように見える戦いだが……。




「……お姉、相変わらずだね」




 僕の抱いた『違和感』は気のせいではなかったのだろう。

 姫咲もまた気付いたらしい。

 そこで姫咲の攻撃が一瞬途切れる。

 次の瞬間、姫先輩がついに自ら前へと出る!




「おっと」




 数々のヤリマン狩りたちを仕留めて来た姫先輩の必殺の突きを、姫咲は手にしたヤリで受け流す。

 ……そして、そのまま姫先輩は離れることも追撃を放つこともなく、姫咲と『鍔迫り合い』のような体勢に持ち込む。




「サキも相変わらずですね。

 いくら強い力を持とうとも、仕留めきるまで油断はしてはなりません」


「……」




 ギリギリ、と二人がヤリを押し合う。

 僕の気付いた違和感――というか姫先輩がひそかに狙っていたのは『これ』だ。

 姫咲がどれだけ物凄いパワーを持っていたとしても、結局のところ『人間』なのには違いない。

 ということは、ヤリを振るい続けていれば当然なのだ。

 ましてや通常よりも長いヤリを使い続け、その前には片手でヤリを振り回していたのだから、自覚は少なくとも筋肉に疲労は蓄積していく。

 姫先輩は敢えて防御に専念し、姫咲の『疲れ』を溜めていたのだった。

 そして、疲労によりヤリがわずかに鈍った隙を逃さず、攻撃が途切れた一瞬に反撃に移ったというわけだ。

 ……本来なら姫咲にとって何てことのない程度の『疲れ』だったろうけど、相手が姫先輩であれば話は別。

 自分と拮抗した実力者相手に、疲労による鈍りは大きな隙となってしまう……そういうことだろう。




「むぅ……」


「こ、ここからどうするかですね……」




 本多先輩も真由美ちゃんも、そして周囲を取り囲むヤリマン狩りたちも、これで終わったとは全く思っていないことは見て取れた。

 ヤリ同士では本来ありえない『鍔迫り合い』まで持ち込み、姫咲の持つアドバンテージを封じることには成功した。

 けれども、そこからどうすれば勝てるか? それがわからない。

 多少疲れたとは言っても、『鍔迫り合い』を続けることに姫先輩には『利』はない。

 力押しでは姫咲には到底敵わないことはわかり切っているだろう。

 これはあくまでも一時凌ぎに他ならない――それが一番わかっているのは姫先輩自身であり、姫咲だ。




 ――??




 が、そこで僕は再びある『違和感』を抱いた。

 これは…………!?

 『鍔迫り合い』を姫咲の方が嫌がっている……?




「へへ、うへへへぇ……お姉の顔が近い……♥」




 ニタニタと笑みを浮かべる姫咲だが、わずかに――ほんのわずかだけ退ように僕には見えた。




「……っ」




 くんくん、とわざとらしく匂いを嗅ぐ仕草を見せる姫咲を流石に嫌がったか、姫先輩が一度強めに押し出すと同時に自らも引いて再度距離を取ろうとする。

 ……遠間だと姫咲の有利な間合い、けれど絶妙に自分のヤリも届く範囲だ。ここからなら姫先輩の攻撃も当てられる。

 ――と、他の皆は思っただろうけど……!!




「姫先輩、ダメだ!! そいつのヤリは――」




 ランパに口出しするなど、と考えている余裕もなく、僕は思わず叫んでしまった。

 その次の瞬間、姫咲のヤリがバラバラに分解……鞭のようにしなり姫先輩を襲う!!




王帝院おーてーいん流――『無情流逃痾ムジョルニア』!!」




 バラけたヤリが鞭となり、その穂先が姫先輩の頭上から襲い掛かる。







 ――僕の抱いた『違和感』の正体がだ。

 すなわち、姫咲の持っていたヤリ……そのうち、のだ!

 分解できるが故に、普通のヤリよりも耐久性に劣るゴムだったがために、姫咲は『鍔迫り合い』を望まなかった。

 全てはこの一撃を繰り出すために……!




「く、ぅ……!?」


「姫先輩!!」




 姫咲の放った奥義は、姫先輩の左肩へと諸に突き刺さっていた。

 穂先は流石に本物ではないけど、無防備に身体に当てられてしまったらそのダメージは大きいだろう。

 ……姫咲は本気で姫先輩に休学せざるを得ないほどの大怪我を負わせるつもりなのだ……今までも疑ってはいなかったけど、ここまで本気の行動を見せられるとは思わなかった……!




「うへへっ、やったっ!

 お姉、すぐに楽にしてあげるからねぇ♥」




 左肩を穿たれ、姫先輩も辛そうだ。

 その隙をついて姫咲は自ら距離を取る――もちろん、自分にとって有利な、姫先輩のヤリの届かない遠間へ。

 遠間へと退くと共に器用にヤリを振るってゴムを再びヤリへと戻す。

 ……元に戻ったヤリでとどめを刺す、そういうつもりだったのだろう。







「……あ、あれっ!?」




 

 ヤリを戻そうとして戻らないことに、姫咲が戸惑う。

 ……初めてその笑みが崩れた。




「ふ、ふふっ……やっぱり変わらないですね、サキ」


「!? お姉……っ!!」




 痛みを堪えつつ、姫先輩は不敵に笑う。

 姫咲のヤリが戻らない理由――それは単純だった。

 ゴムが襲い掛かってくるのと同時に、姫先輩は足元にあった石ころを蹴りつけてゴムの節の隙間へと咬ませたのである。

 ……ゴムは便利だけど、耐久性に劣るのと同時に繊細な作りになっている。

 合間に入り込んだ異物のせいで、正常に動作しなくなってしまっていたのだ。

 やっぱり姫先輩は凄い!

 きっと、僕の警告を聞く前に同じように違和感に気付いて、姫咲のヤリが実はゴムだということに気付いていたのだろう。

 ダメージは避けられないと見て、カウンターで姫咲のヤリを封じることを咄嗟に考え付いたのだと思う。




「サキ、いい加減……終わりにしましょうか」




 姫咲にヤリを直す時間など与えるわけがない。

 ダメージと引き換えにヤリを封じた姫先輩が、右手一本でヤリを構え姫咲にそう宣言した――!!

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