39本目「狂気! ヤリマン狩りリーダー!!(後編)」

 姫咲きさきはつまり――姫先輩に怪我をさせて休学させる……そのためだけにヤリマン狩りを仕向けて来たってことなのか!?




「サキ――ヤリをただの暴力に使ってはならない、と教えられたのを忘れたのですか?」


「えー? ただの暴力じゃないよ? ちゃんとした理由があるもん」


「……っ」




 自らの行為を何も疑わない姫咲の言葉に、流石に姫先輩も言葉を失ってしまう。

 ある意味では『純粋』とも言えるだろう。目的自体も諸々目を瞑れば……まぁ『お姉ちゃんと同じ学校に通いたい』という微笑ましいものだとは言える。

 ただ、致命的に手段が狂っているのが問題で……。

 普通の人なら絶対に採らない手段を、彼女は何の疑いももたずに選べてしまう――純粋であるが故に始末に負えない……『絶対悪アブソリュートエヴィル』ならぬ『純粋悪ジェニュインデヴィル』とでもよべばいいのか。姫咲とはそういう存在なのだ、と僕たちはようやく理解できた。

 純粋だが無垢ではない。己の欲望を覆い隠すこともない、純粋な『黒』。純黒の善意欲望を周囲にばら撒き続ける純粋悪なのだ。




「君ねぇ!? それで姫先輩が取り返しのつかない傷を負ったりしたらどうするつもりだったんだ!?」




 堪えきれず僕は叫んだ。

 ヤリの試合ランパとはいえ、防具もつけていないのだし大怪我を負う危険はある――幸い今のところそんな人は見たことないけど。

 怪我で済まず、一生物の傷が残ってしまう可能性もあるし、下手をしたら障害が残るくらいの怪我になってしまうことだってあった。




「……は? なに、おまえ?」


「うおっ……!?」




 ぐりん、とゾンビのような動作で、しかし異様に素早く首を僕の方へと傾ける姫咲。

 その異様な動きと眼光に、思わず一歩後退ってしまった。

 ……ぶっちゃけ、キモい。キモいを越えて怖い。




「お姉がそんな怪我するわけないんじゃん。だって、お姉だよ? サキのお姉は無敵でかっこよくて綺麗で可愛くて最強なんだよ?」




 む、矛盾しまくってるぞ、この子……。

 大怪我させて休学させようって考えたのに、姫先輩がそんな怪我をするわけないと信じ込んでいる。




「あ、でも――もしお姉が二度と立ち上がれないくらいの怪我をしても……安心してね♥ サキがちゃあんとお世話するから♥

 ……それがいい! そうしよう? そうしたらずっと一緒に暮らせるもんね♥」




 こりゃダメだ……。

 同じ日本語っぽいのを話しているけど、同じ日本語の論理で話していない。

 たまーに見掛ける――特にインターネット上では多い、会話が成り立たない人種だ!




「――いい加減にしなさいね、サキ」




 再び、空気が凍り付いた。

 が、その理由は全く異なる。

 姫先輩の発した言葉――そこに込められた明確な『怒り』が周囲を威圧したが故だ。

 ……ここまで姫先輩が怒っているのは初めて見たかもしれない。いや、そもそも怒ったところを見たことがないか。

 歴戦のヤリマン狩りたちでさえ、自分たちに向けられたわけでもない怒気に威圧され竦みあがっている。

 なのに、へらへらと姫咲は笑ったままだ。

 ……もしかしなくても、彼女は他人の感情を読み取る能力に欠けているのかもしれない……。




「なんで怒ってるの? サキと一緒にいられる、一番いい方法だよ?」


「…………はぁ……どうやら、斗織トールおじさまでも、あなたの性根は治せなかったようですね……。

 ならば、姉として――わたくしが躾け直してあげましょう」




 言いながら姫先輩が自分のヤリをケースから取り出す。




「元じゃないよ? お姉はいつまでもサキのお姉だよ? そしてサキはいつまでもお姉の妹だよ?」




 会話がかみ合っているようで噛み合っていない。

 けれども、姫先輩がヤる気だというのだけは流石に伝わっているのだろう。

 姫咲もケースから自分のヤリを取り出した。

 ――も。




「!? 二刀流……いや、二槍流……!?」




 驚きの声を上げたのは僕一人。

 ……そっか、姫咲のことを全く知らないのは僕だけだったか。

 ともあれ、右手に長めのヤリ、左手にはやや短めのヤリを手に取り構える姫咲。

 対する姫先輩は、いつものヤリを構える。




「――始まるぞ、貞雄。少し離れよう」


「は、はい……真由美ちゃんも」




 余り近いと姫先輩の邪魔になってしまうかもしれない。

 特に姫先輩の必殺技――奥義はヤリを撃ち出すものだ、下手な位置取りをしていたら僕らに当ててしまうことを考えて躊躇してしまいかねない。




「それにしても、チビ姫め……王帝院に行っても颶風院流はそのままか……」


「裏……それって、あの二槍流のことですか?」


「おう」




 まぁそもそも『颶風院流』って何だよって話ではあるんだけどね……。




「よく見ておけ、貞雄。それに未来の後輩。

 歴代最強と謳われた颶風院の跡取り――姫燐きりんと、裏颶風院流と王帝院流を修めた姫咲の戦いを――」


「……姫咲って強いんですか?」




 姫先輩の元妹ってだけで只者ではないのはわかっている。

 それに、ヤリマン狩りたちを従えていたのだ。カリスマ――はあんまりなさそうだから実力で従えていたのだろう。少なくとも奴らを下せるだけの実力はあるはずだ。

 それでも『妹だから』……と思ってしまうのは偏見だろうか。

 本多先輩は頷く。




「俺よりは確実に強い。それどころか、昔の話だが姫とも互角以上――時にはチビ姫の方が大会で優勝したこともあるくらいだ」




 そ、それは滅茶苦茶強いってことじゃないか!

 今の実力は不明だけど、姫先輩の『颶風院流』に加えて養子先の『王帝院流』をも修めているって考えると――一筋縄ではいかないのは確実だ。

 ……でも、僕たちにできるのはただ見守ることのみ……!

 くそっ、こんな時のためにやはり僕もゴムを買っておくべきだった……!!




「二つのヤリを自在に操り相手を翻弄し屠る達人……。

 ついた異名は『ふたなりの姫咲』!」

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