31本目「死闘! 秋葉原ヤリマン包囲網!!(後編)」

 キルヤ君がホブゴブリンたちを、権藤ごんどうさんたちがゴブリンたちを抑えている間に、僕とキリカちゃんでルルを倒す。

 ……皆の、特にキルヤ君とキリカちゃんの体力を考えたらそう長い時間にはならないだろう。




「くっ……この……こんなはずじゃ……!?」




 ルルの表情に焦りが見え始めて来た。

 余計な横ヤリさえ入らなければ、会長の技量を模倣トレースしたキリカちゃんが圧倒できている。

 所詮、元Aランクと言っても数を頼みに卑怯な手段で押しつぶしての強奪だったのだろう。

 それでも、もし真正面から僕が一騎打ちしたとしたらきっと勝てないくらいではあるだろうけどね……。




「ハァッ……ハァッ……!」




 拙い。キリカちゃんの息が上がってきている。

 僕がやっているのはキルヤ君の鎌を逃れたホブゴブリンへのとどめと、横からルルへとちょっかいをかけて隙を作り出そうとしているくらいだ。

 大した役に立てていないのは自覚しているけど、迂闊に僕が前に出てしまったら逆にキリカちゃんの邪魔になってしまいかねない。

 ……でも、キリカちゃんの体力が尽きようとしている以上、どうにかしなければならない――




「ふんっ! でもあんたも限界みたいだし、もう一人は雑魚だし、手こずったけど――あたしの勝ちよ!」




 ルルが自分の勝利を確信。

 一瞬、キリカちゃんがふらついた隙に渾身の突きを放つ!




「……『天地魔槍』……っ!!」


「なっ……!?」




 しかしそれはキリカちゃんの仕掛けた罠だった。

 ふらつき、ヤリの穂先を地面へと向けた姿勢だったのだが、これが彼女の『構え』だった。

 地から天へ、ヤリが跳ね上げられルルのヤリを勢いよく弾く。

 すぐさま跳ね上げられたヤリが今度は振り下ろされ――いや、ノコギリで切るときのように引きながら振り下ろし右肩を叩き。




「ハァッ!!」




 最後、引いたヤリをルル目掛けて突き出す!

 相手の攻撃を弾き、体を崩し、攻撃する――3つの動作を一気に行う彼女の奥義なのだろう。

 キリカちゃんのヤリがルルの胸へと突き刺さ……らない!?

 当たりはした。

 だが、まるで壁にぶつけたかのようにヤリが身体にめり込んでいない。

 まさか……。




「!? そんな……!」


「もらった!!」




 服の下に防具? でも着こんでいたのだろう。

 クリーンヒットしたらノックアウトできたであろう渾身の突きが防がれてしまった。

 …………ヤリマン狩りたちもどうかと思うけど、少なくともあいつらは防具をつけたりヤリ以外の武器は使用してこなかった。ま、最初のヤツらは二人組だったけど、そこは置いておいて……。

 キリカちゃんの体力、腕力、そしてルルとの体格差……これらを加味した上で更に防具までつけられたら、いくら何でも攻撃は通用しない。

 それに、キリカちゃんは今の一撃で体力を使い果たしかけている。

 ルルは今度こそ自分の勝利を確信しただろう。




 ――そんなことはさせない!




「キリカちゃん! そのままヤリを離さずに!!」


「サダオ!?」




 ピンチはチャンス!

 タイミングがいいことに、僕はキリカちゃんのにいた。

 キリカちゃんのヤリがルルの胸に当たっている状態。

 すぐにでもルルは動くだろう。

 でも、その僅かな時間に――彼女の頑張りを無駄にしないためにも、僕は自分にできる最善を尽くす。




「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 勢いよく、全力で足を蹴り上げる。

 

 つまりどうなるかと言うと――




「ほ、ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 至近距離からの、蹴り技によるヤリの刺突攻撃だ。

 ……かつてヤリマン狩りの一人、ヤマンバと戦った時に姫先輩はかなりの距離があったというのに一撃でヤマンバをノックアウトさせていた。

 あの時に比べれば回転の勢いはなくとも、超至近距離から、そして男の、ついこの前までスポーツに打ちこんでいた男の全力の蹴りで撃ち出されたヤリが、防具を物ともせずルルを吹っ飛ばしていった……。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆







 倒れたルルは気絶はしていなかったが、苦しそうに呻くだけで立ち上がれないでいた。




「……キリちゃん! 貞雄兄ちゃん!」




 と、そこでホブゴブリンを片付けたキルヤ君も合流。

 大分疲れているようだが、大きな怪我もないようだ。




「ふぅ……何とかなったね……後は――」


「坊主たち、やったな! こっちも片付いたぞ!」




 権藤さんたちの方も無事に終わったみたいだ。

 もしかしたらまだどこかにゴブリンの残党がいるかもしれないけど、この周辺にはいない。

 ……何とか切り抜けられたみたいだ……。




「……ふぅ……」


「キリちゃん!? 大丈夫!?」




 ガクリ、と膝から崩れ落ちたキリカちゃん。

 どこからか取り出したマスクと、再び前髪を降ろしていつも通りの姿に戻るけど……蓄積した疲労は隠しきれない。




「(ボソッ)……もっと、強くならないと……」




 小さな声だけど、はっきりとした『悔しさ』が滲みだしていた。

 ……会長おじいちゃんの技を使っていたからね。それで危うく……というところまで追い詰められてしまったのは彼女にとっては不本意なことなんだろう。

 ま、その辺りの『悔しさ』は種類は違えど僕も同じだけどね…・…。




「と、とにかく……今は駅まで早く行こう!」




 安心するのはまだ早いだろう。

 駅まで行けば……それでもダメなら電車に乗ってしまえば、流石にトウ横キッズたちも追いかけては来ないだろう。

 僕の言葉に皆頷き、立てない人や傷ついた人を互いに支え合って駅へと向かおうとする。

 後少し……あと少しでこのとんでもないバカ騒ぎも終わる――







 ……そう思っていたのに――







「な……っ!?」


「何だ、あいつは……!?」




 『絶望』が、僕たちの前に現れた。







 ガチョン、ガチョン、と金属の擦れ合う耳障りな重苦しい足音の主が一歩一歩、けれど着実に近づいてくる。

 そいつは……現代にはそぐわない、西洋式の全身鎧フルプレートアーマーを身に着けた――『騎士』だった。

 身体を隈なく金属の鎧で覆っており、表情は全くわからない。

 その手に持つは、スピアアクスフックが一体化した『ハルバード』とか『ハルベルト』とか呼ばれる特殊なヤリだ。

 ……こいつが『味方』だとは誰も思わなかった。

 疲労困憊で立ち上がれないキルヤ君たちを庇うように、権藤さんたちがヤリを構えてそいつから守ろうとする。




「……ハン。無様だな、『頂き女子』のルル」


「うぐっ……あんたは……!」


「ランク取り立てのペーペーから奪い取る『マニュアル』を作って、ジャリ共トウ横キッズをまとめ上げたのはスゲーが――所詮実力の伴わない三流ってところか。

 ま、俺様が『あのお方』に認められたのは、お前の作った『マニュアル』のおかげだからそう悪くも言えねーか? クハハハハッ!」




 ルルの知り合いか……あるいはかつての仲間か。

 どちらにしても、やはり僕たちの味方ではないのには違いない。

 鉄兜の向こうから、男の視線がキルヤ君たちへと向けられているのがわかる。




「別に手柄は必要じゃねーが……クハハッ、会長ジジイの孫を討ち取るチャンスだっていうんなら、見逃す手はないよなぁっ!?」




 甲冑男がハルバードを構える。

 ……狙いはキルヤ君たちか!?

 現会長の孫を討ち取ったともなれば、無法者たちにとっては手柄になるか……。

 ……やれやれだ。




「……貞雄兄ちゃんたち……あいつはボクたちを狙ってるみたいだ。だから――」


「(ボソッ)……わたしたちが囮になるから、皆で逃げて」




 ……本当に、やれやれだ。

 もうヤリを振る体力もないだろうに、小学生二人は僕たちを逃がすために甲冑男へと立ち向かおうとしているのだ。

 ――当然、それを許すほど僕たちはヘタレてはいない。




「逆だよ、二人とも。

 僕たちがあいつを食い止めているうちに、君たちが逃げるんだ」


「そういうことだ。

 ……ったく、あんだけ憎たらしいこと言ってたくせに、こんな時にしおらしくなってんじゃねーぞ、ガキども」




 権藤さんたちも同じ気持ちだったらしい。

 誰一人戦意を失ってはいない――せめてキルヤ君たちだけでも逃がす。その想いで一致団結している。

 ……なんだよ、ヤリマンなんて変人の集まりだと思ってたし今もそう思っているけど――人の道は踏み外してないじゃないか。




「クハハハハッ! 笑えるぜてめぇら!」




 甲冑男はそんな僕らを嘲笑うが、構っていられない。

 ここまで頑張って来たのだ。せめて一番若い二人だけでも逃がさないと……後悔してもしきれない!




「まぁ構わねぇぜ! どうせ全員纏めて薙ぎ払ってやるんだからよぉっ!!」




 ……流石に今回は厳しいかな。

 どうやらランク試験を経て僕にも『ヤリの気配』とやらが何となくわかるようになってきたらしい。

 それに従えば、こいつはルルよりもよっぽど

 しかもこちらが弱るまで待っていたのだ。確実に自分が勝てると確信するまで……。

 こんなヤツに負けるのは癪だけど、それでもキルヤ君たちだけでも逃がせれば一矢報いたとは言えるだろう。

 そう思い、最後まで抵抗しようとしていた時だった。




「……っ!?」




 甲冑男がびくりと震え、僕たちに背を向けて構える。

 そういう戦闘スタイルなのか? と一瞬思ったけど……違う。




「…………」




 かつ、かつ、と甲高い音を立てて歩く音。

 甲冑男の後から、駅側からもう一人誰かがやってくる。




「てめぇは……誰だ!?」




 甲冑男の味方じゃない?

 もう一人やってきたのは――体型や服装から判断するに女性だった。

 なぜそんなことでしか判断できないかというと、顔がわからなかったからだ。

 どういうわけか知らないけど、その人は顔に『おかめ』のお面を被っていたのである――

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