8本目「無情! サークルの姫の掟!!(前編)」

「おい、『伝説のヤリサー』って話……ガセネタじゃないか!」




 新歓ランパが終わった後の翌週――

 構内で目的の人物を捕まえ開口一番にそう言う。




「はぁ……藪から棒になんでござるか、貞雄氏?」




 言われた方は心当たりがないと言わんばかりの態度だ。

 小太りに眼鏡、頭にバンダナ手にはドライバーグローブ……背には何かポスターとかが刺さってるリュックサック、両手にも何か色々と入った紙袋をいっぱいに持っていると、絵に描いたようなレトロなオタク像そのものの男だ。

 彼の名は尾田おた小鉄こてつ

 僕と同じ高校出身の友人であり、僕に『伝説のヤリサー』の存在を伝えた張本人である。




「『伝説のヤリサー』はあったのでござろう? 先週、散々浮かれたメッセージを送って来たではござらんか」


「う、それはそうなんだけど」




 彼が言っているのは、先週ヤリサーに入った後の話だ。

 ついに伝説のヤリサーを発見し入会できた! と嬉しさのあまり色々とメッセージを送っていたなぁ……。

 でも、その後の新歓ランパで僕はヤリサーが『槍』のサークルだということを知った。

 ……まぁ続ける気ではいるんだけど、彼の情報が誤っていたことについては物申しておきたい。

 と思って捕まえて文句を言おうとしているわけだが……。




「僕の思ってたヤリサーとは違うんだよ、コッティ!」




 コッティは彼のあだ名だ。

 彼は少し考えるそぶりをみせた後、眼鏡をくいっとして続ける。




「ふむ……貞雄氏の思う『ヤリサー』とはどういうサークルでござるか?」


「え? そりゃアレでしょ」




 皆まで言わせんな恥ずかしい。

 まぁコッティも察してくれているのだろう、それ以上は突っ込まず――けれど呆れたように一つため息。




「それでは貞雄氏、逆に質問でござるが――拙者の入った『アニ研』とはなんでござろうか?」


「え? そりゃ『アニメ研究会』でしょ」




 何か良く聞く名前だけど、具体的にどういう活動するサークルなのかよくわからんけど。




「では『テニサー』は?」


「『テニスサークル』だよね」


「『イベサー』は?」


「『イベントサークル』じゃないの?」




 ……イベントサークルってマジで何するサークルなんだろ……?




「それでは『ヤリサー』とは?」


「ヤるサークルでしょ?」




 この学校のヤリサーは違うけどさ……。

 はぁぁぁぁ、と大きくコッティはため息を吐く。




「貞雄氏、なぜヤリサーだけ活用形になるのでござるか……。

 テニサーとかと同じでござるよ。『ヤリ』の『サークル』――略して『ヤリサー』に決まっているでござろう」




 いやその理屈はおかしい。

 ……いやおかしいか?

 『ヤリまくるサークル』の略だとしたら……とも思ったけど、サークルの前に動詞がつくのはおかしいか? おかしいかも?




「貞雄氏の期待通りのサークルだったら――さしずめ『セクサー』とか『ランサー』の呼び名が相応しいと思うでござるよ」


「う……」




 た、確かに……?

 後者の方はまた『ヤリサー』と同じ勘違いをしそうだけど。ていうか、ヤリサーのライバル的な立場でランサーとかありそうで嫌だなぁ……。




「まぁ何にしても、貞雄氏も己の所属するサークルを決めたのでござろう? ならそれで良いではござらんか」


「う、まぁ……」




 期待したサークルではないけど、期待は一応持てるサークルでもある。

 何よりも、やっぱり姫先輩の存在が大きい。

 僕の好みドストライクだし、彼氏がいたことないらしいし。

 ……まだロクに会話できていないけど、同じサークルにいればチャンスはいくらでも巡ってくる……そんな期待をどうしてもしてしまう。

 加えて言うなら、今ヤリサーに所属している男は全員彼女持ちらしいしライバルにはならないはずだ。

 サークルだけが大学の全てじゃないし、学校外にも男はいるからうかうかしてはいられないけどね。




 とまぁ、コッティに文句を言うつもりが何か妙に納得させられてしまう僕なのであった。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆







 で、僕たちは揃って部室のある棟へと歩いていた。

 ヤリサーの活動は『気が向いたら』というかなりアバウトなもので、適当に部室に来て人数が集まったらやるという感じらしい。

 コッティのアニ研も同じ部室棟に拠点があるので一緒に向かっているというわけだ。




「貞雄氏はサークルの掛け持ちはやらんでござるか? 拙者らのアニ研は人手を欲しているでござるが」


「んー……まだヤリサーにも入ったばかりだし、バイトもしたいしなー……あんまり時間ないかも」


「確かにでござるな。運動系のサークルでござるし、掛け持ちは体力が続かないかもしれぬでござるな」


「だね。一応、『セクサー』は探してみるつもりだけど」


「……懲りん御仁でござるなぁ……ある意味感心しますぞ」




 そんなこんなでアニ研の近くまで駄弁りながら来た時だった。




「もうこんなサークル辞める!! 死ね、オタク共!!」




 アニ研の部室の中から、半泣きになって飛び出してくる女の子がいた。

 容姿については……まぁ普通? だとは思う。僕的には全然ありだ。

 ただ服装がなんというか……こう、いかにもなブリブリのゴスロリオタクが好みそうな服 (※偏見)なのだ。ぶっちゃけ、周囲から浮きまくりだ。




「……!!」




 飛び出してきた女の子が僕らに気付くと共にきっと睨みつけ、そのまま走り去っていく。

 どうでもいいけど、割とガチに涙を流してたっぽく、メイクが崩れてヤベー顔になってたけど……早めに気付いてリメイクしてくれることを祈るばかりだ。




「今のは……?」


「ああ、我がアニ研の『姫』でござるよ。

 やはりというべきか、彼女では務まらなかったようでござるなぁ……そもアニ研には『姫』は不要だというのに『それでも』と入って来た熱意は買ってたのでござるが……」




 はぁやれやれ、といった風なコッティ。

 ……どうしよう、色々とまたトンチキな概念が友人の口から飛び出してきたんだけど、突っ込んだ方がいいのだろうか……?




「貞雄氏は『サークルの姫』についてご存じかな?」




 くっ、スルーに気持ちが傾いていたのに、コッティの方から振ってきやがる……!

 ……それにしても、流石大学だ。僕の常識では計り知れない謎概念があちこちにある……!

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