日常2

『おはよざぃまーす。』

いつも通り生気も意味も込められていない、形式だけの挨拶を同僚に投げかける。


『おう、おはよう!

何だよめぐる、月曜の朝っぱらからしけた顔してんじゃん。』

『ああ、たく、おはよう。』

俺は拓に挨拶して隣の自席に着いた。

拓は同期入社の同僚で、俺とは別の案件を担当している。


『昨日クリアしたゲームのエンディングが期待外れでさ。』

『ああ、あの"ゾンビー ハザード"ってゲームか。全員ゾンビになっちまってBAD ENDとか?』

『お前ゲームしないのによく覚えてんな。まぁ、そんなところ。』

爽やかな笑顔を向けてくる拓からは、これから一週間奴隷として過ごさなければならない憂鬱さは微塵も感じられない。

それもそのはずで、こいつは漫画や映画に出てくるデキるサラリーマンを具現化したような存在なのだ。仕事は早い、プレゼン能力もある、英語も話せる、コミュ力抜群、その上高身長イケメンときている。

さらに、そんな自分のスペックを鼻に掛けることもなく裏表の無い気さくな性格で女性社員からはもちろんのこと同性からも人気があり、根暗な俺にも分け隔てなく話しかけてくれる人格者なのだ。異世界転生でもしてきたんか?

拓と話すのは楽しいのだが、彼の完璧だったであろう人生と不甲斐ない自分の人生を勝手に比較してしまい、勝手に惨めな気持ちになってしまうのが困りどころだ。


『おはようございます!』

元気な透き通った声で挨拶が聞こえた。


『おう、おはよう。』

まなみ、おはよう!』

俺と拓が挨拶を返す。


『何ですかー?二人して変な顔して。朝からいやらしい話でもしてたんですか?』

『んなわけないだろ。』

『そうだそうだ!さすがの俺と廻でも朝っぱらからそんな話はしない。そういう話は定時を過ぎてからすると決めている。』

『何言ってんですか、セクハラで訴えますよ。』

『自分から振ってきたんだろ。おお、怖い怖い。』

楽しそうに笑いあう二人を見て少し胸が痛む。


『今日、めっちゃ暑くないですかー?ほんとに5月かよって。』

『天気予報で言ってたけど、最高28℃だって。この時間で既に25℃はありそう。』

『外回り気を付けような。』

他愛もない話をしながら愛が俺の隣の席に着いた。

愛は俺たちの2つ下の後輩だ。

目立って美人というわけではないが、活発で愛嬌もよく、男性社員から特に人気が高い。女性社員からはと言うと彼女を嫉妬しているグループがあるようだが、、、あまり詳しくは知らないし、きっと知らない方が良い類の話だろう。まあ、同性から嫉妬されるほど彼女は魅力的ということなのだ。


『あ、拓さん。この前の質問の続きなんですけど、ここの数字ってどこから引っ張ってきたんですか?資料どこか置いてあります?』

『ああ、これね。これはこっちのファイルサーバに置いてあったよ。』

愛と拓が俺を挟んでやり取りする。

三人とも別々の案件なのに、席は一直線ってどういうことなん?


『お前らうるせーな。俺を間に挟んで話すな。』

『だってー、席立つの面倒なんですもーん。』

『そんな態度で他人様から仕事を教えてもらおうだなんて・・・教育係の顔が見てみたいわ。』

『そうですねー。トイレに言って鏡を見れば教育係のご尊顔が拝めますよー。』

『鏡は苦手なんだ。いつもイケメンと目が合って恥ずかしい。』

『ああ、はいはい。コントしてないで仕事仕事。お前ら朝から会議だったろ。』

『はーい。』(二人)

二人の会話を遮って仕事を促す。

もっともな理由を付けてその場を終わらせたかっただけなのは、自分が一番理解している。そしてその気持ちを表に出してはいけないことも。

そんな心情と一週間は始まったばかりだという事実は弱キャラの俺を押しつぶすのには十分で、いつも通りの息苦しさを感じながら自分のパソコンに向き直った。

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