恋愛カレンダー
「優花ぁ~何見てるの?」
「あっ、リリナ」
休み時間、席に座ったままの優花に声をかけたリリナ。
「これ……」
優花はリリナに小さなノートを見せた。
「えっ、今どきスケジュール帳? スマホでよくない?」
「違うのこれ……」
昨日のことだった。
バスケ部のマネージャーをしている優花は部室の掃除や片付けで遅くなり、学校を出たのは閉門ギリギリの時間だった。
帰り道の商店街はいつもと違い、人通りも少なく静かだった。
「お嬢さん」
「はい?」
突然声をかけられた優花は立ち止まった。
紫色の布がかけられたテーブルを前に座っている老婆。
とんがった黒い三角形の帽子をかぶっているその姿はまるで魔女のようだった。
「恋をしているお嬢さんにはこのノートをプレゼントしよう」
「ノート?」
老婆が差し出したのはスマホくらいの大きさの薄いスケジュール帳だった。
優花は老婆の手からそれを受け取りパラパラとめくってみた。
「最後のページを見てごらん」
言われた通りに最後のページをめくった。
「恋愛カレンダー?」
普通のカレンダーのような四角いマス。
その上に「恋愛カレンダー」と書かれていた。
「好きな人のことを想いながら願い事を書いてごらん。きっとその想いは伝わるから」
老婆はにっこりと微笑んだ。
「願い事……でもこんな……えっ!?」
顔を上げた優花の前にはテーブルも老婆もなく、あるのは手に持っているスケジュール帳だけだった。
「うそ……」
リリナにそのことを話すとリリナはバカにすることもなく真剣に恋愛カレンダーと書かれたページを見ていた。
「試しに何か書いてみる?」
リリナが小声で優花に言った。
「うん、でも、何を?」
優花が想いをよせているのはバスケ部のキャプテンである三年生の谷崎先輩だった。
一週間前、優花は谷崎先輩に告白していた。
たまたま最後まで残って練習をしていた先輩と二人きりになった時、優花は想いが溢れ「好きです」と言ってしまったのだ。
「返事はまだなんだよね?」
「うん、考えさせてって言われて」
「じゃあさ、『先輩が返事をくれた』とかは?」
「うん……」
始業のチャイムが鳴った。
優花は恋愛カレンダーを見つめたまま先輩のことを考えていた。
放課後、部活を終えた優花は体育館の掃除を始めていた。
掃除当番の今日が先輩と二人になれるチャンスだと思い、優花は先輩のロッカーにメモを残していた。
『よければ今日返事を聞かせてください』
着替えを済ませた部員たちが次々に部室を出て帰ってゆく。
恋愛カレンダーを握りしめ部室のドアをノックして開けると、そこには制服姿の谷崎先輩が座っていた。
「先輩、お疲れ様です」
「優花ちゃん……お疲れ」
先輩が何か言いたそうにしている。
胸の鼓動が速くなる。
オッケーでもダメでも自分の気持ちは伝えた。
だからもう返事はどっちでもいい。
優花は腹をくくった。
「ちょっと、いい?」
「はい」
先輩が優花の前に立った。
緊張がピークに達し、下を向くことしか出来ない優花。
「……」
長い沈黙。
その沈黙に耐えきれなくなった優花は谷崎先輩の顔を見上げた。
「せん、ぱい?」
先輩は顔を真っ赤にしていた。
「あぁ~もうっ! 俺マジでカッコ悪いわ~」
目が合うと突然頭をかきむしり出す先輩。
「先輩? どうしたんですか?」
驚きながら優花が笑う。
「いや、本当はさ、優花ちゃんに告白されてめちゃくちゃ嬉しかったんだ俺。俺もずっと優花ちゃんのこと、その……好きだったから」
「えっ」
「なのに俺あせって動揺して、考えとくかなんか言っちゃってさ。待たせてごめん!」
「先輩……」
「いつどうやって返事すればいいかわからなくなってめちゃくちゃ悩んだ。今さら好きとか言えないよなって。そしたら昨日、変な物もらってさ」
「変な物?」
「ああ、恋愛カレンダーっていうらしい」
「え! ウソ!? 先輩それって……」
優花は持っていた恋愛カレンダーを先輩に見せた。
「わっ、そう! それ! えっ、何で……」
「私も昨日、知らないお婆さんにもらって」
二人は顔を見合わせた。
「そっか……フッ……ハハッ」
「あはっ」
「……優花ちゃん、俺も優花ちゃんのこと好きだった。俺と付き合ってくれる?」
「はい! もちろんです!」
「ははっ、よかったぁ~」
「で、先輩はこれに何か書いたんですか?」
「ん? あ~、何も書かなかった」
「えっ?」
「こんなのに頼ってちゃダメだって思ったからさ。これのおかげで優花ちゃんと付き合えたとしても、なんかイヤじゃん?」
「先輩……」
「でも、これに勇気もらった」
「先輩……先輩はやっぱりカッコいいです!」
「そうか? はは……」
優花も結局はこのカレンダーに何も書かなかった。
だが優花の想いはちゃんと伝わり、先輩にも勇気を与えた恋愛カレンダー。
これが二人にとって大切な想い出になることは間違いなかった。
完
不思議はいつも、あなたのすぐ目の前にある クロノヒョウ @kurono-hyo
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