心霊スーツ
――心霊スーツ
名だたる霊能力者が集まり作られた特殊なスーツ。オーダーメイドにより会いたい死者の霊を呼び出すことができる。使用は一度きりの数分のみ。死者を呼び出すには心霊スーツを着る人間が必要――
CASE1 奈津美と琢磨
「本当にいいの?」
奈津美は心配そうな顔で琢磨を見た。
「ああ、やっと届いたんだ」
二人の間にはまさに今届いたばかりの心霊スーツが置かれていた。
見た目は普通の真っ黒なスーツ。
奈津美の元彼だった正之は今の彼である琢磨の親友だった。
正之が事故で亡くなり哀しんでいた奈津美を支えてくれたのが琢磨だった。
「正之だって奈津美に会いたいだろうし。あの頃なんてどれだけ奈津美とののろけ話を聞かされたか」
琢磨も親友を亡くして辛かっただろうに、いつもそばにいて自分のことを励ましてくれた。
琢磨がいたから立ち直れた。
その優しい琢磨に甘えて琢磨の体を借りてもいいのだろうか。
奈津美は心霊スーツを眺めながらそう考えていた。
「でも……」
「奈津美、これから俺たちはずっと一緒にいられるんだ。そう考えたらたったの数分間くらい、正之に奈津美との時間を作ってあげてもいいと思ってる」
「そうかもしれないけど……もしも……もしも琢磨が戻ってこれなくなったら? 正之がいる間は琢磨はどこに行ってしまうの? 代償は? 具合が悪くなったりとか……」
「奈津美!」
琢磨は泣きそうになっている奈津美を抱き寄せた。
「大丈夫。俺はどこにも行かないよ。正之みたいに奈津美を置いて死んだりしない」
「……本当に? 本当に戻ってきてくれる?」
「何があっても必ず戻ってくる」
しばらくの間があき、奈津美は小さな声で「わかった」と言った。
琢磨はゆっくりと立ち上がった。
奈津美も心霊スーツを持って立ち上がるとそれを琢磨に渡した。
スーツに袖を通す琢磨。
「うぅ……」
「琢磨!?」
スーツを着た琢磨は苦しそうに胸を押さえていた。
「琢磨!? 大丈夫!? ねえ、琢磨?」
不安と恐怖が奈津美を襲う。
「……奈津美?」
すぐに落ち着いた様子で琢磨は顔を上げ奈津美を見た。
「……正之?」
「ああ、俺はどうして……ここは……」
不思議そうに首を動かしながら辺りを見回す正之。
「正之、あなたは二年前、事故にあったの。覚えてる?」
「事故……そうだ、俺は死んだはずじゃ……」
「そうよ。正之は死んでしまった」
「じゃあ、これは?」
正之は自分の両手を前に出し、手の平の感覚を確かめている様子だった。
「急に呼び出してごめん。私が正之に会いたくて」
「……俺も、会いたかったよ奈津美」
懐かしい正之を目の前にして奈津美は泣き出していた。
「ハハ、相変わらず泣き虫だな、奈津美は」
「だって……私がどれだけ寂しかったか」
「ごめんごめん。突然だったもんな。あの日は確か、夏休みだったっけ?」
「そう、大学の夏休み、琢磨と三人で花火大会に行こうって約束してて」
「ああ、渋滞がひどくて遅刻すると思った俺はバイクで山道に入ったんだ。ショートカットしようってな」
「ずっと待ってた。琢磨と二人で、ずっと」
「琢磨……琢磨は、元気そうだな」
「うん、元気」
「付き合ってるんだろ?」
「えっ」
「わかるよ。これも琢磨の体だし、琢磨は前から奈津美のことが好きだったしな」
「嘘……」
「口には出さなかったけど、俺は気付いてた」
正之は奈津美を見てにっこりと笑った。
「で? 俺を呼び出した理由もそうなんだろ?」
奈津美は静かにうなずいた。
「どうしても正之に伝えたくて」
「琢磨になら安心して奈津美のことを任せられるよ」
「うん……ありがとう」
「ったく、二人とも気にしすぎだって。俺が怒るとでも思った? いちいち呼び出して許可を得ようなんてさ」
「ごめん」
「俺はもういないんだ。だから奈津美がどうしようが誰と付き合おうが俺がどうこう言える立場じゃない」
「うん」
「琢磨にもそう言っておくよ」
「正之……今まで本当にありがとう。私、本当に正之のこと大好きだったよ」
「ああ、わかってる。俺も奈津美に会えてよかった。楽しかった。だからほら、泣かないで。笑っててよ」
「うん」
「そろそろ時間みたいだぞ」
「うん……正之、元気でね」
「ふはっ、もう死んでるけどな」
「ふふ……」
「お、やっと笑った。じゃあな、奈津美」
「うん……さようなら」
正之の、琢磨の目が閉じ奈津美はすぐに琢磨の体から心霊スーツを脱がせた。
「琢磨? 琢磨?」
肩を揺らすと琢磨は目を開けゆっくりと顔を上げた。
「……奈津美!」
「お帰りなさい!」
「ただいま、奈津美」
奈津美は琢磨の胸に飛び込んだ。
二人は笑顔で抱きしめ合った。
脱ぎ捨てた心霊スーツはいつの間にか跡形もなく消えていた。
――心霊スーツ
現在予約は一年待ちとなっております。死者と話したい方、死者に伝えたいことがある方、ご予約はインターネットのみで受付中です――
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます