第3章 正常正常♪

 目を覚ますと、見慣れた天井が視界を覆っていた。


 寮の自室ではない。ここまで綺麗じゃない。

 おそらくは施設内の一室だろう。


 ずっと空いている謎の部屋があったはずだ。

 


「お、起きましたか。綿貫わたぬきさん」



 声を掛けられて振り向くと、そこにはマッチョがいた。


 この老人介護施設の施設長だ。


 筋骨隆々で長身な体躯を持っているが、とても柔らかい表情を浮かべている。

 どこか高級ジムのトレーナーを彷彿とさせる雰囲気をまとっており、おばあ様方には人気だ。



(ここのおさにしては若いよなぁ)



 おそらくは30代後半だろう。


 彼は、数年前に親からこの施設の経営を託されたらしい。

 綿貫はそれ以上のことを知らない。



「体調は大丈夫ですか?」



 施設長に訊かれて、綿貫は確認するように体を軽く動かした。 



「あ、はい。問題なさそうです。心配をおかけしました」



 頭を下げると、施設長は優し気に微笑んだ。



「いえいえ、大事がなくてよかったです」

「すみません、すぐに仕事に戻ります」



 立ち上がろうとしたのだけど、野太い腕に押さえつけられてしまう。



「大丈夫ですよ。綿貫さんはここで休んでいてください」



 そう上司に言われると、無下にはできない。



「わかりました」

「後は任せてくださいね」



 それだけ言い残すと、施設長は部屋から出ていった。


 すると、無駄に広い部屋で独りになってしまって、身を刺すような孤独感が突き抜けた。

 いてもたってもいられなくて、ベットから身を起こす。

 



「少し猫野郎に会いに行くか」



 休むのだったら、どこにいても変わらないだろう。


 そう自分に言い訳をしながら、寮の部屋へと向かうのだった。


 



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「おーい、帰ってきたぞー」



 綿貫は名札のついていないドアを押し開けて、名前を呼んだ。


 だけど、ペットの姿はどこにもいない。



「外に出ているのか?」



 少し不安な気持ちを抱きながら、寮の周囲を探し始めた。


 寮の周囲は森林に囲まれている。

 壁にはびっしりとツタが這われており、廃墟のような雰囲気がある。


 そんな寮の裏手から、ピチャピチャ、と水音が聞こえた。



(猫野郎か?)



 少し歩幅を大きくしながら向かうと、ペットの後姿が見えた。



 だけど――



 近づく前に、思わず足が止まった。

 目の前の光景が、あまりにも衝撃的だったから。


 ペットの前には、猫の死体・・・・・・が並んでいた。


 しかも一匹や二匹ではない。

 両手で数えられない程だ。

 

 全部、腹が乱暴に引き裂かれて、内臓が飛び出ている。


 それらは無造作に置かれているのではなく、きれいに整列されている。

 まるで、コレクションでも飾るかのように。


 そんな凄惨だ。

 明らかに捕食を目的としていなくて、犯人の嗜虐性しぎゃくせいがドリップのようにじみ出ている。


 そんな光景を前にして、綿貫の顔は青ざめていく。


 さめざめとした唇を必死に動かし、努めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

 

「ちゃんと埋めないとダメだろ。誰かに見つかったら大変だ」



 ヶケッ



 ペットの気まずそうな鳴き声を聞き流しながら、綿貫は猫の死体に触れた。


 

「本当に猫はかわいいよな。お腹の中までかわいい」



 ヶケッ



 同意するように鳴いた。


 綿貫は寮の倉庫からスコップを持ってきて、慣れた手つきで穴を掘り始めた。

 15分もしなうちに、十分な深さの穴が出来た。


 そこに、丁寧な動きで猫の死体を埋めていく。


 地面を固め終えると、綿貫は手を合わせて、安らかに目を閉じた。



「生まれてきてくれてありがとう」



 非常に不気味な感謝だ。

 だけど、それを咎める人は誰もいない。 



「それじゃあ、戻ろうか」



 ヶケッ



 綿貫は立ち上がって、その場を後にしようとした。

 だけど、ペットがついてきていないことに気付いて、振り向く。



「何をしてるんだ?」



 ペットはさっき埋めた地面の上で、四つん這いになっていた。

 そして自然な動作で、猫みたいに後ろ足で器用に毛づくろいを始めた。



(いや、なにが猫みたいに、だよ。猫だろ、コイツは)



 顔が大きくて、胴も四肢も細長い。

 毛が少なくて、鱗が生えていて、人間よりも少し大きいけど、ただの猫にしかみえない。

 綿貫にとっては。



 ヶケッ


 

 突然、ペットが綿貫の頬を舐めてきた。


 その動作があまりにも愛くるしくて、綿貫はペットの顔を撫でまわす。



「ほらほらほーら。かわいいなぁ、かわいいなぁ」



 猫かわいがりをすると、ペットは大きくて腐った目を細めた。

 ゴロゴロと喉を鳴らして、とても上機嫌な様子だ。



 ヶケッ♪



「本当にかわいいやつだなぁ」



 猫の惨たらしい死体が眠る上で、一匹と一人はコミュニケーションを楽しむのだった。




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