第54話 それぞれの決闘②

 二等客室で身を潜めていたマオリと忍。


 銃声はしばらく聞こえてこない。


 薄暗い中、おびえるほかの乗客を見渡していたマオリが口を開いた。

「栗原さん、行こう。直くんとはじめさんのところに」

「駄目だよ。君がいったら直行の足手まといになる」


「はじめさんは、財前誠一の息子なんでしょ? きっとわたしと同じように、もしかしたらそれ以上に傷ついている。わたしはあの人とちゃんと向かい合わなければならないの」


 二人は廊下へ出た。


 恐る恐る進むが誰もいない。更に進むと、人だかりが見えた。


 白いジャージの集団。陸上チームの人たちだ。


「あの、どうしたんですか?」


 背の高い男性に話しかける。

「隠れてるのがなんかくやしくて出てきちゃったんだけど、人が死んでるんだ」




_____________



 もう一度、階段を駆け下りながらの真田の超低空の飛び込み。


 木刀を頭に受けたというのに、動きにまったくためらいがない。


 直行は流血を見て一瞬躊躇した。木刀を振り下ろすが、腕の力で振ってしまい、太刀筋が僅かに鈍い。


 そこを狙われた。


 木刀が真田の顔の前で止まる。両手のひらで挟み込むように木刀をつかまれてしまった。


 白刃取り。


「できた」

 真田が嬉しそうに言う。


 直行が引こうとする前に真田の足払いに捕まった。


 後ろ向きに階段を落ちる直行、真田が覆いかぶさるように飛び降りる。二人はもつれ合って階段を転げ落ちた。


「うわあああ!」


 直行の悲鳴。落ちながら真田は直行の左腕を掴み、体全体を回転させてひねった。


 全体重をのせた関節技で、左肩に激痛が走った。


 続け様に真田が座り込む直行の後ろに回って両手を首に巻きつけようとする。


 それより一瞬先に今度は真田の顔が歪んだ。


 直行は木刀を持ち替えて自分の右のわきの下から真田の脇腹を突いた。


 なおも真田が掴みかかろうとするのでもう一撃。


「くうっ!」


 真田は直行の背中を蹴り飛ばした。


 階段を転がり落ちる直行。下の階まで落ちる。


 あちこちぶつけてしまったが、木刀をすぐに右手で拾う。


 左腕は動かせない。焼けるような痛み。骨をやってしまったと思う。


 階段の上の真田を見ると、彼女は脇腹を押さえてうずくまっていた。


「古橋くん・・・・・・、この子、強いよう。でも・・・・・・わたし、がんばるからね」


 体を震わせながら真田は立ち上がる。


 直行も立った。右手一本で木刀を構える。


「親父と戦わせないですんでよかったです」

「やさしいね、直くん」


 直行は階段をゆっくりと上り、真田に近づいていった。




_____________



 大輔の拳がトンファーの守りをすり抜けてクモ男の顔面に入った。


 何十発も殴り続けて、やっと一発。


 逆に向こうの攻撃はもうさんざん体中に浴びてしまった。大輔は息も絶え絶えだった。


「ようし、当たった。これから、これから」


「強がるな、お前もう駄目だよ」

 クモ男が笑う。しかしこっちも呼吸は荒い。


 止めても止めても攻撃を続ける大輔にいい加減嫌気がさしていた。それでも表情は不自然に笑ったままだ。


 財前は他人事のように二人の戦いを眺め続けている。


「クモ男おまえさあ、どうしてそんな笑っているんだ」

「お前馬鹿か。面白いから笑ってるに決まっているだろう」

「そう見えないから聞いてるんだがな」


 見ていた財前が問いに答えた。

「そいつは世間のはみ出しものでなあ。ちょっと感情が壊れちまってるんだよ。でも役に立つ」


「へえ。よう財前、いまの見たか?」

「何が」

「クモ男、ちゃんとうれしそうに笑ったぜ」

 

 大輔はふと思う。


 ま、笑えてくるのは俺も一緒か。こんなところで一体何をやっているんだか。


 自分はただの新聞記者で、家族を愛してはいるけれど、その為に自己を犠牲にするときがくることなど思いもよらなかったはずなのに。


 財前が叫ぶ。

「もういいだろう古橋。お前と俺とで資質に違いがあるとは思わん。ただお前は残りの命を平穏に走りきることを選び、俺はそれを使って何かを為すことを選んだ人間なのだ」


「うるさい、自分が平凡な人間だってことは分かっているが他人に言われると腹が立つ。それにお前は思い違いをしている」


 ほの暗い駐車場。その向こうには月の浮かぶ夜空。


 そしてそのはるか向こうには幻のように広がる澄み切った青空。


 大輔は届かずとも精一杯空に向けて手を伸ばした。


「俺が人生を続けているのは、勝ちたいからだ」


 大輔は力を振り絞ってクモ男に向って突進した。


 手前で高く飛び上がり、すきだらけになるのも委細構わず大きなフォームでの飛び蹴り。


 クモ男は二本のトンファーを交差させて、万全の構えでそれを受け止める。


 大輔は空中でトンファーを踏む足に体重を乗せた。瞬間、トンファーの上に片足で立ったような姿勢になる。


 それによって生まれたタメを使って体を回転させ回し蹴りを放つ。


 蹴りは黄色い頭巾を真っ芯に捉えて、クモ男は吹き飛ばされた。


「古橋さん!」

 マオリと忍が階段の上のドアから現れた。


 立ち尽くす財前。動かなくなったクモ男。どうにか体を支えて立っている大輔。


 その様子をみてマオリは戸惑っていたが、階段を小走りで下りながら言った。


「遠くに船やヘリコプターみたいな明かりが向ってくるのが見えます。直くんはどこにいったの?」


「上の階に向った。はじめくんがそこにいるはずだが、もう時間切れかな」

「時間切れ・・・・・・。だめ、それじゃだれも区切りをつけることができない」


 マオリは三人の男たちの間を歩き、財前の傍らに置かれていたジュラルミンケースを手にした。床に転がる銃を見て少し戸惑い、それから財前を一瞥する。


「うー、重い」

「大丈夫?」

 忍が歩み寄り代わりにケースを持つ。


「ありがとう、忍さん」


 それからマオリは倒れているクモ男の側に駆け寄った。


「お巡りさん、これ貸してください」


 黄色い頭巾をゆっくりと外し、クモ男を振り返りながら、マオリは忍とともに、階段を上っていった。


 大輔もコートを拾って、疲れ果てた足取りでその後をついていく。去り際に振り返って言った。


「おい財前。死んで責任を逃れようなんて許さないからな」


 そしてクモ男と、財前と、放たれることなく終わった床に転がる銃だけが残った。




_____________



 エントランスホールには静けさが戻っていた。


 真田は仰向けになって倒れていた。


 その横には左肩を抑えて立つ直行。真田を見下ろしている。


「早く行きなよ、直くん。はじめくんが待ってるよ」

「指図は受けません」


 直行は真田の横に座った。


「わたしなら大丈夫だってば」

「どうしてこんなことになっちゃったんですかね」


「・・・・・・後悔してる?」

「色々ありすぎて頭が混乱してます。いまからはじめを目の前にしても、全部お前のせいだ、なんて気分にはなれそうにない」


「はじめくんもきっとそんなことは望んでいない。ただ、君を待っているんだよ」


 直行はしばらく無言になってうつむいていた。そして顔を上げた。

「仕方ない、行くか」


 直行は真田に顔を寄せた。そしてそっとキスをした。


 それから立ち上がり、三階に向う階段へ歩き出した。


 後ろで真田がいろんなことを叫んでいた。

 あれだけ大声が出せるなら、放っておいても平気だと思う。

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