第53話 それぞれの決闘①

 真田は軽量級の瞬発力を生かした閃光のような踏み込みで直行の懐に入り、足や胸元に手をかけようとする。


 直行はためらいながら木刀を払いのけるようにふるう。


「俺こんなのやだよ真田さん!」


「直くんは段位をまだ持ってないのよね。でもわたしの見立てじゃ、君は審査を受けたら初段と二段の間くらいだと思う。実戦ではもっと強い。ね、三倍段って知ってるよね?」


「戦った場合」

 直行は間合いを計りながら答える。


「剣道の初段とでは、柔道、空手の三段が互角っていうやつでしょ?」


 長い剣を扱う分、剣道は有利なのだ。


「わたしは柔道四段だよ。どう、いい勝負になりそうじゃない?」


 真田の手が直行の足にかすった。


 かろうじて後ろに下がったがもう少しでバランスを崩して倒れるところだった。そうなったら最後だ。


 オリンピック級の柔道家相手に転んでしまったら、締め技で一瞬にして仕留められてしまう。


 直行はもう覚悟を決めるしかなかった。


 手にした木刀で彼女を動けなくするしかない。


 木刀を中段に構えた。切っ先が揺れる。流れてくる海風を受けて。


「当たり所悪けりゃ死ぬことだってあるんだからね。避けてよ、真田さん」

「うん、分かった」


 真田はかぶっていた白いパーカーのフードを外して、美しい笑顔を見せる。


 直行の腹の底からの気合がエントランスホールにこだました。




______________


 クモ男はトンファーを振り回す。


 黄色い頭巾の隙間からは幸福の絶頂にいるかのような笑顔。


 すでにクモ男の攻撃は何発か大輔の体にかすっている。


 大輔も蹴りや正拳突きを放ち続けるが、がっちり止められてしまう。


 そしてまたクモ男は笑うのだ。


 財前は傍らでコートに両手を入れて超然とした表情で二人を眺めている。


 その余裕に満ちた態度は大輔をいらつかせた。


 クモ男の打撃が大輔の右脇腹をとらえた。いままでで一番深く入った。


「ぐはあ!」


 大輔の叫びが駐車エリアの高い天井に響く。


 倒れこむ大輔のその眼前には、先ほどまで自分が持っていた銃が落ちていた。


「使いたければ使えばいい」


 財前がこともなげにいう。


 大輔は片膝をついた姿勢で彼を観察する。コートの中には拳銃を忍ばせているはずだ。


 銃の素人である大輔には当てることなど出来ないとたかをくくっているのか、あるいはその度胸すらないと思っているのか。


 大輔は財前から目を逸らさずに銃を手に取った。


 クモ男は身構えるが、財前の顔色は変わらない。


「こいつはお前が持ってろ」


 大輔は銃を放り投げた。財前の足元に音を立てて転がる。


「ほお、いいのかい」

 財前は銃には見向きもせずに笑みを浮かべた。


 大輔はまっすぐ彼を睨みつける。

「撃ちたければ、撃てよ」


 クモ男が再び襲い掛かる。



______________

 

 直行は掴みかかる真田の手をかわし続ける。


 小手打ちを狙うにしても捕まれた時のリスクが大きくて躊躇してしまう。


 また真田の地を這うほどの低い踏み込み。

 これもなんとか横にステップを踏んでかわす。しかし続けて第二撃。


 速いだけではなく、そのつどテンポを変えてくるのだ。


 一本調子な攻撃ならばカウンターを当てる隙も生まれるのだが、こう緩急をつけられると防ぐことで一杯だ。


 思い切って胴打ちを放つが、柔らかく体をひねってかわされてしまう。


 真田のパーカーが月の光を浴びて白く輝く。


 果敢なだけではない。永い稽古の積み重ねと経験を感じさせる。


 隙を見て上の階へと続く階段を駆け上がることはできないだろうか。直行はずっと考えていたがそれは無理だった。


 真田は階段の前を塞ぐようなポジション取りを常にしていたし、もし階段にたどり着けたとしても背中を向けて昇ったら、容易に下から足を絡み取られてしまう。

 

 あ、でも。それならもしかして。


 直行はあることを思いついた。

 このままではまるで勝てそうになかったのでこの際やってみるしかない。


「おっと」

 真田の攻撃の手が止まった。


 直行は階段を五段ほど下って、そこで構えなおす。


 真田を見上げる形になった。


「なるほど。対戦相手を見下ろすなんて、わたし生まれて初めてだわ。考えたじゃん」

 

 低い姿勢で飛び込む真田の持ち味はこれで殺された。二人は数秒そのまま対峙する。


「やりづらい。でも行くしかないか。わたしね、よく柔道の師匠に言われてたのよ。お前は時間稼ぎが死ぬほどへただ。攻撃し続けるしか活路を開く術はないんだってね。長井さんにだってそうしたんだ」


 真田は低い構えから、更に腰を落とす。


 そして飛び込んできた。階段に体が触れるほどに低く。


 直行は木刀を振り下ろす。

 真田がとっさに階段に手をついて僅かに体の軌道を変えた。


 まずい、よけられる。

 直行はスイングを途中で無理やり止めて、段を後ろに飛び降りながら、木刀を払う。


 それは真田の頭をとらえた。


 体勢を崩した真田は、頭を手で押さえつつ、すぐに段上のもとの位置まで戻った。


 鮮血が白いパーカーを染めていくのが見えた。


「真田さん!」

「仕方がないよ、直くん。こういうのって仕方がないんだよ。だってあなたもわたしも生きているんだから。生きるってこういうことなんだから」


 真田は直行を励ますが如く笑みを見せて、もう一度低く構えた。


 そのほおを血が流れて、滴り落ちた。

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