第48話 大輔と直行

 糸井晴信が入院する病院を出て、直行と大輔は細路地から大通りに出て駅前の交差点をたくさんの人間たちと共にわたる。


 オーロラビジョンではねずみ小僧のニュースが流れていた。


 最近のテレビは字幕がやたら多く、音を消した状態で見たほうが、情報がコンパクトに、直接的に頭に入ってくる。


 画面の右上には『義賊ねずみ小僧、次の狙いは?』とあおり文句が小さく書かれている。


 そしてどこぞの大学教授が真顔で語っていた。


 声は聞こえないが、字幕は『中途半端な経済政策よりも、心理的な部分を含めて、よほど効果を上げている』とか『財前副警視総監の件を叩かれて、警察は過剰に敵視しているように思う』とか、どこまでもねずみ小僧よりのコメントを並べていた。


 それから街頭インタビューで、人々が口々にねずみ小僧を応援する様子が続く。 

 

 直行は画面から顔を背けてスクランブル交差点の長い横断歩道を早足で渡った。


 離れて歩く大輔は直行の背中を見つめながらついてきた。


「晴信さん、大事な手術があるんだぜ」


 立体駐車場の二階に着いた時、大輔が声をかけた。停まっている車は満杯だが人の気配はない。


「わかってるよ。体に障ったらどうしようとは思ったけど、でも聞かなきゃならなかったんだ」


「真田はもう知っているんだろうな。ねずみ小僧が財前の息子だってことを」


「だったら親父に言うはずだろ」


「言わないよ」


 直行は振り返って、大輔をじっと見つめた。


「なんで?」


「あいつさ、財前と昔からの知り合いなんだよ。この前はっきり言われた。あの人は正しい。自分はあの人の力になりたいってさ」


「え、それって」


「財前の計画を邪魔するものは敵とみなすってことだ。最近会社でも、席は隣だけどまったく口聞いてない。やりづらくてかなわんよ」


「そんなのってあるかよ。親父は止めなかったのか」


「仕方ないよ。俺に止める権利なんてないだろ。さ、いくぞ」


 大輔はそう促して運転手席に乗り込んだ。


 けれど直行は乗ってこない。背を向けて立ち尽くしている。


 いくらまっても車に乗ろうとしないので、仕方なく大輔はもういちど車を降りた。


 パオのドアが閉まる音がビルの谷間の立体駐車場に響いた。


 遠くからは町のささやき声が大輔たちのことなどお構い無しに響き続けた。


「親父には止める権利あるだろう? 何無理してんだよ。友達いないくせに、真田さんとられて平気なのかよ」


「ひどいこというな」


「頭にこないのかって言ってるんだ」


「お前そういうけどな。あいつらが正しい、っていわれてどう反論出来る? 目的の為に、他人はどうなってもいいなんて勝手なことを言っているんじゃなくて、自分の身だって厭わないつもりなんだぞ。真田だってその覚悟を決めたんだ。俺はお前のやることを今更止めるつもりはない。けど同じように、真田が自分の信念にしたがって行動するのを止めることなんてできない。直行、世界のなにもかもが自分の望む姿であり続けるなんてのはありえないことなんだよ。いつかは色んなものが段々かすんでいってしまうものなんだ。そういうものだと自分を納得させるしかないんだ」


「俺は頭に来てるよ!」


 大輔の言葉も、あたりのざわめきも、全て跳ねかえすがごとく直行の大声が辺りに反響して、消えていった。


「納得なんてできるかよ。こっちも不幸になるんだからお前も我慢しろなんて、勝手に決められてたまるか。あいつらは俺たちを切り捨てる側にみなしたんだ。マオリがいじめられても仕方がない。忍が大怪我しても仕方ない。真田さんは親父の大切な友達だったのに、俺だって好きだったのに、それを失っても仕方がない。それがあっちの言い分だって言うなら俺は抗うよ。全部取り戻すよ。どっちが正しいなんて関係ない!」


 大輔は目を見張った。そこにいたのは昔の自分だった。一片の曇りもない、あの青空を見ることができたころの大輔だった。世のはかなさに気付きつつも、その先にある願いの全てかなえられた世界を信じることのできたころの大輔だった。


「それで、お前はどうしたいんだ。考えはあるのか?」


 大輔は直行の言葉を待った。昔の自分によく似たこの少年は、大輔を自分の力ではもはやたどり着けない場所に導いてくれるというのだろうか?


「ある。親父、手伝ってくれよ。迷惑かけちゃうけど」


「はっきり言う。世間からみたら俺たちが悪者だ。財前誠一と、倉貫はじめの計画が失敗したら喜ぶ連中が大勢いる。そいつらのほうがお前にとってはよっぽど嫌いな人種のはずだけど、それでもやるんだな?」


「何度も言わせんな」


 直行はパオの助手席に座って、ドアを乱暴に閉めた。


「ほら親父、行こうよ」


「振り回されてんなあ、俺」


 ぶつくさ言いながら大輔も車に乗って、エンジンをかけた。かかったと思ったら一回エンストして、直行が「おい」と突っ込んだ。

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