第45話 帰り道

 その夜の仕事終わり、三笠新聞社のオフィスで大輔は、隣の席、書類の山の向こうの真田を伺った。


 彼女は特に変わった様子もなく、キャラクターもののメモ帳とパソコン画面を交互に見ながら、自分で作ったスケジュール表をまとめていた。


 真田はかつて、オフィスでどてらを纏って仕事をしたことがあるという逸話の持ち主だったが、寒さが大分緩んできた今夜はほんの少しラメの入った黒いセーターを着ている。


 会社まで車で来ていた大輔は真田に声を掛けて、家まで送ってやることにした。


 車の中では、部長の送別会の段取りを話した。彼には局長補佐となる内示が先日出ていた。大輔の昇進話はとくに聞こえてこない。


「昼間さ、財前に会ったよ」


 大輔が本題を切り出すと、それまで助手席で陽気に話していた真田の表情に曇りが混じった。


「へえ、どこで」

「晴信さんの入院している、へんな病院」


「また行ったんだ」

「お前が尋ねてきたって言ってたぜ、財前」


「うん会いにいったよ。わたしなら会って貰えるって思っていたから」


 真田は、別に悪びれるでもなくそう言った。


「真田はこれからどうするんだ」

「今決めなくちゃ駄目?」


「時間がかかりそうなら、少し遠回りして帰ろうか」


 大輔と真田をのせたパオは首都高に乗った。


 時刻は午前一時をまわり、ラジオではDJが自分の番組が今月で終わることを多少やけくそ気味に話していた。リスナーからは彼の今後を案ずるメールが多数寄せられていた。


「この番組好きだったのにな」


 真田が窓の外をくつろいだ眼差しで見つめながらそっと呟いた。


「古橋くん、もう一周いってみようか」


 真田のマンションから最寄のインターチェンジを通り過ぎる。二人は時の流れからはぐれてしまったようだった。


 そしてもうしばらく走った頃、真田がぽつりと呟いた。


「わたし、財前さんが好きよ」


「うん」


 パオの隣をトラックの荒いエンジン音が通り過ぎていく。


「驚かないのね」


「知っていたからね。以前彼をカメラマンとして取材していたころからだろ」


「みんなに秘密に出来ていると思っていたのは、もしかしてわたしだけ?」


「いや、俺しか知らないよ」


「そう」


 ネオンの光が高架橋のすきまをかいくぐって、真田の微笑を照らした。


「わたしね、古橋くん。個人に対する感情のせいで判断が鈍っているんじゃないかって、散々考えた。でも考えは変わらなかった。わたし、あの人のやろうとしていることは、正しいと思う。だから力になりたい」


「直行も迷っているみたいだよ。でもあいつが君とは違う結論を出すのだったら、そのときには俺は直行の味方になるつもりだ」


「できたらそうはならないで欲しいけどね。マオリちゃんはかわいそうだけど、わたしは彼女の犠牲にも意味を持たせてあげたいとおもっているわ。それからね古橋くん。さすがにあなたもこれは知らないんじゃないかな」


「なんだろ」


「祐樹は財前さんの子供かも知れないの。きちんと確かめたことはないんだけど、少なくとも別れた旦那はそう思ってた」

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