第15話 宣戦布告
直行と忍はコンビニに着いた。
そこはレジの脇のスペースにテーブルがあって、夏は冷たいもの、冬ならカップラーメンを食べたりしながら長々と居座ることができる。今日は誰も先客がいない。
二人はそれぞれの会計を済ませて、白いテーブルに向かい合って座った。
「直行」
「ん?」
「いいから話せ。隠すな」
棒つきのアイスをかじりながら忍の目は真剣だった。
直行はペットボトルのジンジャ―エールをいっきに半分飲んだ。
「言っても信じないかもよ」
「それならそれでいい」
「昨日の変な声の主はさ。警視庁にも忍び込んでいたずらしてたみたいなんだ」
「警視庁? 随分はなしがすっ飛んだな」
「やっぱりやめとこうか?」
「もう遅いだろ。てっきりどっかの変わり者とケンカするくらいに考えていたんだけどな」
「それで合ってるよ」
自分に届いた二通の手紙と一本の電話。それから昨日の夜テレビに流れた自分に向けてのメッセージのようなものについて直行は忍に説明して聞かせた。
途中、短い質問を一つ挟んだ以外は、忍は黙って話を聞いた。
「これは次の連絡、すぐにあるだろ」
今朝届いたばかりの手紙に目を通しながら忍は呟く。
「だろうな」
「で、何いってこようと、相手にしないってこと?」
「それはいま考え中」
直行は白い木製の椅子を揺らしながら窓の外を通りかかる女子高生の三人組を見ていた。彼女たちは店内に入ってきて、お菓子を物色しだした。一人かわいい子がいた。
手紙を手にしたままで、忍がこちらを見つめる。
「考えがまとまったら言えよ。手伝う」
「すごいこと頼むかもよ」
「借りができたら、返してもらえばいい」
直行は笑う。忍に話したことで気分が軽くなっていた。だから既に彼に対して借りが一つできていたが、後で一括で返せばいいと考えることにした。
「忍はそんなに驚いていないみたいだな」
「お前だって、さほどには見えないよ。こうして実際手紙があるわけだから、まあ信じるしかないだろ。そのニュースの映像も見たいな。ネットで探してみる」
忍はコンビニを出て行った。直行は少し雑誌の立ち読みしていくことにした。
さきほどの女子高生たちは直行たちと入れ替わりにテーブルに座って、おしゃべりをしている。鳥のさえずりのような彼女たちの笑い声が店内に響いた。
漫画週刊誌を二冊読んで、スポーツ雑誌の記事にぱらぱらと目を通しながら、直行は今日の試合のことを考えていた。
今夜も少し素振りをしたい。なかなか成果が出なくてもどかしいけれども、この悔しさを振り払うには練習するしかない。
それから、座っている女子高生たちのうちの一人がやっぱりかわいいことや、ついでにねずみ小僧のことも、ほんのちょこっと考えたりしていた。
自分の扱いが小さいことが不満だったのだろうか。
女の子たちの笑い声が急に消えた。
直行は雑誌をラックに戻しながら、そちらを振り向く。すると向こうも三人同時に直行のほうを見た。
そのうちの一人の手には携帯電話があって、その目には不安の色が浮かんでいる。そして声をかけてきた。
「古橋直行くん、ですか?」
なんとまあ。早速きたようだ。ねずみ小僧。直行は携帯電話を受け取った。
ディスプレイには知らない女性の名前。聞こえてきたのは、昨日と同じボイスチェンジャーを通した甲高い声。
『よっ、お疲れさん。良かったじゃん、女子高生に話しかけられて。あとは君の努力しだいで、進展があるかもよ』
「また人の携帯盗んだのか?」
『ああ、悪い。すぐ返すよ。どうしても君の答えを早く聞きたかったんだ』
「手伝うかどうかってこと?」
『そう。ニュースは見てくれたんだろ?』
「三回見た」
電話の向こうの相手は楽しそうに笑った。
「ねずみの人形だけどさ。どうしてミッ〇ーマウスの安っぽい偽物なんかにしたの? 意外と版権とか気にするのか?」
『あのニュースで喋ってた副総監が安っぽい偽物だからだよ。表に出てこない本物が別にいるんだ。俺が用があるのはそっちなのさ』
一寸間が空いて、それからねずみ小僧が神妙にささやいた。
『手伝ってよ、直行。これは失われた義を取り戻す為の戦いなんだ。自分が得をしようなんて少しも思っちゃいない。むしろ僕らは何かを損なうことになるのかもしれない。それでもやるんだ』
「うん、いいよ」
直行の即答に、ねずみ小僧は初めて、多少なりとも面食らったようだった。
『ほんとに?』
「まだ話が飲み込みきれてはいないけど、俺にできることがあるんだろ?」
『本当に手伝ってくれるんだね。ありがとう。俺、いますごくうれしいよ』
その言葉は本心であるかのように聞こえた。
「で、俺は何をすればいいの?」
ねずみ小僧の説明はこうだった。
八月十一日。四時に水道橋駅で待ち合わせ。
ねずみ小僧には協力者が他にもいて、今回の作戦で肝になる部分はそっちが行うことになる。
そしてそいつが直行を出迎えてくれる。ねずみ小僧は何かの操作を担当するといった。
ならば直行がしなければならないことはなにか?
『ちょっとしたお芝居』
「芝居だって?」
『僕の仲間が直行に襲い掛かる。大ピンチの君を颯爽と現れた僕、覆面姿のねずみ小僧が助ける。その様子を君の父親、古橋大輔さんに見せたい』
「親父に?」
『大輔さんは新聞記者だろ? 当日は東京ドームに取材に来る』
こんなことまで調べている。いや違う。逆か。
女子高生たちの方をふと見ると、その表情に不安の度合いは増しているようだった。既に恐怖と呼んでも大げさではないほどだ。
それは直行がどんどん険しい顔になっているからで、こんなんで進展もくそもあるか、と直行は思った。男性店員もレジの向こうからこっちを見ている。
『君の親に、僕が正義の人だということを理解してもらいたい。いい格好がしたいわけじゃないが、僕は世間からの印象をよくする必要がある。そのために君の親のペンの力を借りたい』
女子高生たちが顔を逸らした。自分が怖い顔してんだろうなという自覚はあったがもうそれでも別によかった。直行はコンビニの窓の外に向き直った。
俺が今話しているこいつは凄い奴だ。自分とは格が違うのがこれまでの行動と言葉で嫌でもわかる。
そんなねずみ小僧が手伝えといっているのだから従うしかないのではないか。そのほうが楽なのではないか。仕方ないことなのではないか。
それでも。
「覆面姿ってのがよくわからないけど、その日にちゃんとお前の顔を見ることはできるのかな? ほんとの声は聞けるのかな?」
女子高生たちは再び直行を見つめている。その目には不安以外のものも混じっているのだが、外を見ている直行は気付かない。
『いや、基本的に別々の場所で行動するつもりだし、事が済んだらそれぞれでさっさと逃げるつもりだから、八月十一日は覆面を外して会うことはないだろう。でも直行にはこれから手伝ってもらいたいことは色々あるから、そのうちに会うことがあるかもしれない』
「直接会うつもりはないんだろ、要するに」
直行の語気が強まった。
『直行?』
「悪いけど手伝うのやめるわ」
『どうしたの? 何か気に障ったのなら謝るよ』
「謝らなくていいよ。お前の手伝いはしない。でもその日は東京ドームに俺も行くと思う。計画は大体分かったから、ちょっと邪魔してやるよ」
『俺を騙したのか。直行』
「話しだいでは手伝う気が全然ないわけじゃなかったよ。でもお前は俺を利用したいだけじゃん。親父に接触するための駒としてさ。もちあげていればいい気分で働いてくれると思ったの?」
そりゃ誰が見たって。
大新聞で働く父親と、とくに際立ったものが何もない中学生の直行をくらべたら直行が軽んじられるのが世の中というものなのだろう。
でも何も持たない少年の胸に宿るプライドはそれを許すことができなかった。
「人を馬鹿にすんなよ、ねずみ小僧」
それは直行の宣戦布告だった。
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