白いマフラーの女 ③
来店したのは、今時珍しい坊主頭に白いタンクトップと青い短パンという装いをした、時代に置いていかれたような小学生くらいの男の子だった。男の子は店内をキョロキョロと見渡し、何やら不審な挙動をしている。
この時間に小学生? とも思ったがそもそも時間などという概念はないのだ。現世人ではないだろうし、妖怪の類だろうな。
俺は男の子を気にすることなく、品出しや洗い物などの作業に入った。それから数分程経ったある時、ふとレジの前にさっきよ男の子が来ていた。会計だと思い、俺は行っていた作業を止めてレジに向かう。
「お待たせしましたー……ん?」
レジには何も置いておらず、男の子も財布は愚か荷物の一つも、持っていない。
なんだ? 冷やかしか? コンビニに?
理由のわからない状況に動きを止めていると、男の子は突然その口を開く。
「あの! 女の人、来ませんでしたか!?」
「は? 女の人?」
「えっと……その、白い、綺麗な女の人です」
なんだ? 客の誰かの事を言っているのか? ふむ、白い綺麗な女の人、か。白い、っていうのは見た目がというよりイメージの話だろう。例えば、身につけているものとか、話し方とか。綺麗な、はそのまま見た目か。この年くらいだと大人はみんな綺麗に見えるだろうから年齢は二十代から三、四十代だろうな。とすると……。
この時ふと、俺の頭には白いマフラーの女が浮かんだ。それほどまでに条件が揃っていたからだ。本来、一お客様の個人情報は話してはいけない決まりになっている。だがそれは現世でのルール。実際、異世界コンビニで働き始めた時にそんな話はしてない。……まあ、気になるし、いいか。
俺は再度男の子に特徴を確認したあと、言った。
「その女性は、白いマフラーを着けていましたか?」
俺の言葉に、男の子は大きく頷いた。
「はい! 着けてました!」
ビンゴだ。わざわざこの店に来て探すくらいだから、白いマフラーの女が店に入るのを何処かで見たのだろう。しかも、特徴も見事に合致した。
「その女性なら、四日に一度くらい来店されるので、明日ならまた来られると思いますよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
男の子は大袈裟に頭を下げると、颯爽と店の外に消えていった。
ふむ、これであの客の正体が分かると良いんだかな。
そんな風に少しだけ期待を持ったまま、俺は止めていた作業を再開したのだった。
翌日、慣れた手つきで品出しをしていると、昨日現れた男の子が店に入ってきた。格好は昨日と全く一緒。やはり妖怪とかなのかな。
俺は男の子と目が合ったので軽く会釈をし、踵を返す。男の子も目的は買い物ではなく白いマフラーの女なので、フラフラと店内を歩き回りだした。
それから数分ほど経っただろう時、足下に身に覚えのある寒気を感じる。
来たな。
俺は品出しを終わらせ、レジに回った。するとやはり予想通り、店の外から現れたのは白いマフラーの女だった。
さあ、見せてくれ。どんな真実が隠されているのだ。
俺の期待など関係なしに、男の子は白いマフラーの女に近づいていく。しかし、すぐには話しかけず、何やらモタついているではないか。何やってんだよ。
モジモジと人差し指を合わせる男の子に、白いマフラーの女は少し見守ったあと、口を開いた。
「お久しぶりね。元気にしてた?」
「!? ……うん!」
おお! まさかそっちから話しかけるとは。それは予想外だった。
男の子は緊張が多少は解けたのか、漸くその重い口を開き始めた。
「昔、家族でスキー旅行に行った時、僕は突然の吹雪で遭難したんだ。小さいながらにもう駄目だと思った。でもその時、僕は雪女と名乗る人に助けてもらった。……貴方は、あの時の雪女だよね?」
男の子は真っ直ぐと白いマフラーの女を見つめる。すると、白いマフラーの女は、ゆっくりと微笑むと、言った。
「お礼を言いに行くと言ってから、髄分と経ったわね」
その時、悪戯に笑う白いマフラーの女は、今の妖艶さを残しながら、何処か若がって見えた。俺は思わず目を擦った。すると、次は男の子が立っていたはずの場所に、見覚えのある老人が立っているではないか。
「じ、じいちゃん?」
最早これは幻でも見間違いでもなんでもない。確かにそこに存在し、声を出し話している。どうなっているのだ。
俺は理由のわからない状況に佇んでいると、老人はゆっくりと口を開いた。
「貴方はあの時、私に優しく声をかけるでもなく、手を握ってくれるわけでもない。ただ自らの力を使って山の吹雪を止ませただけだった。しかしあの時、貴方に助けてもらえなければ、私は死んでいたでしょう。そうなると、私の大事な妻も、息子も、孫にさえ、出逢うことは出来なかった。あれから歳を重ねるたびに、強くそう感じていたのです。だから、いつかまた貴方に出会うことが出来たら、感謝を伝えたいと思っていました」
白いマフラーの女は、特徴的なマフラーを口に添えると、フッと口角を上げた。同時に、老人も笑顔のまま続ける。
「あの時助けてくれて、どうもありがとう」
その瞬間、白いマフラーの女の周りを唐突な吹雪が包みこんだ。吹雪は白いマフラーの女の周りだけでなく、徐々に店の中全体を覆っていく。
俺は飛ばされそうな身体を必死にレジに掴まってその場に留まっていた。
舞い続ける吹雪の中心から、凍えるような声が響く。
「ただの気まぐれよ。特に何も、意味はないわ」
「そうですか。でも、私はそれでも貴方に感謝を伝えたかった」
「……そう。そうね。私もまた会えて良かった」
そう言い終えると突然、店を包んだ吹雪は止み、二人が立っていた場所には老人しかいなくなっていた。しかも、あれだけの勢いで吹雪いていたはずなのに、店内のものは何一つ動いておらず、中心に近かった老人もまた、無傷だ。
俺は突然の状況に頭が追いつかず、ただボーっと突っ立っていた。すると、老人はいつの間にか嘗ての男の子に姿を変えているではないか。男の子が振り返る。
「またね!」
そう言い残し、男の子は店の外に駆けていく。店内にはただ、ぽかんとした俺しか残っていなかった。
あれから数日が経った。あれ以来、白いマフラーの女も、男の子も、老人も、誰一人店に来ることはなかった。
結局、あの白いマフラーの女は何者だったのだろう。雪女なのだろうが、何が目的でこのコンビニに来て、何で俺に話しかけたのか。謎は解決していない。それにあの老人もだ。あの時はじいちゃんではないかと思ったが、時が経つにつれて自信がなくなってきた。一体、何者だったんだ。
真実は解き明かせないまま、謎は謎のまま。しかし、何故か今は気持ちが晴れやかだ。それはきっと、あの二人の想いが通じ合ったと感じたからだろう。
ピンポーンと店の扉が開く。いつも通り俺は適当な声色で、
「いらっしゃーせー」
と言う。俺はレジを離れ、店内に出ていく。
ふと俺がいた場所を見ると、そこには白いマフラーをつけた、小さな雪だるまが置いてあった。
────白いマフラーの女③ 完
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