白いマフラーの女 ②
「貴方のお祖父様を知っているわ」
と、
「白いマフラーの女って言えばわかるわ」
だ。
何がって、あの女性客が帰り際に残していった言葉である。まったく、謎の買い物をするだけで飽き足らず、奇怪な言葉まで残していくとは、なんとも不思議な客だ。
だがお陰で暇つぶしにはなりそうだ。
あの女性客が来店してから数日が経った。あれ以来、女性客は来店していない。俺はあの日から休憩時間を使ってひたすら彼女の言葉の真意を考えていた。
監視カメラ横にある椅子に腰を掛け、菓子パンを口に運びながら思案する。
「貴方のお祖父様を知っているわ」
この、じいちゃんを知っている、ということは問題ではないだろう。問題なのは、何故知っているのか、だ。
俺は女性客のことをまるで知らないし、じいちゃんとも小さい頃に死別してしまっているから、昔会ったから知っているんです、と言われてしまえば否定のしようがない。考えるべきは何故知っているのか、そして、いつ知り合ったのか、だ。これが分かればあの女性客の正体にも繋がるはず。
そんなことを考えていると、ピンポーンと来店のチャイムが鳴り響いた。俺は急いで菓子パンを口に放り込むと、ドタドタと見せ前に出ていく。
思わずギョッとしてしまった。何故なら店内に入ってきたのは白いマフラーの女だったからだ。俺は出来る限り動揺を隠し、レジに回る。白いマフラーの女は前回と同様に一つ一つ店内を物色していく。
俺は謎の緊張感を持ちながら、白いマフラーの女がレジに来るのを待った。ゆったりとした雰囲気の中、白いマフラーの女は買い物カゴをレジに乗せ、呟く。
「……お願いします」
俺は一つ一つ、商品のバーコードを読み取っていく。その時、ふと考えた。今、質問をすれば、かなり真実に近づくのではないか? だが直接「貴方は何者ですか?」なんて聞いたらまず失礼だし、前回ボヤかされた事を考えると答えてもらえない可能性が高い。そうなると折角の質問の機会を棒に振ることになってしまう。
重要なのは、真実を聞くこと、ではなくて真実に近づくこと、だ。
俺は商品をレジに置き、白いマフラーの女が財布からお金を出そうとするタイミングで、尋ねた。
「祖父とは、いつ頃出会われたんですか?」
白いマフラーの女はフッと笑うと、静かに答える。
「少し前、まだお互いが若かった頃よ」
おお。答えてくれた。少し前、か。普通に考えたら長くとも数年前程度だろうが、ここは異世界コンビニ。人間は来ないのだから時間感覚は俺と一緒ではないかもしれない。
ふむ、なら次の質問は……。
俺は流れるように次の質問を聞こうと正面を見た。すると既に白いマフラーの女の姿はなく、同時にピンポーンと扉が開く音が聞こえた。
バカな、二つ目の質問には答える気が無いと言うことなのか。しかも俺はいつの間に商品を渡していたのだ。ボーっと考え事をしてたから覚えがない。
俺は考える。これは挑戦状なのではないか? 白いマフラーの女から、俺への。いつ来るか分からない客に対して質問は一回につき一個。その中で正体を見破ってみろという。
「……考えすぎか」
だが一つしか答えないのは本当かもしれない。ならどちらにせよ俺にできるのはその一回を有効に使うくらいだ。やってやるさ。どうせ転生までの間は暇なんだ。
俺はその日から白いマフラーの女が来店するたび、質問を繰り返していった。出身は? 現在どこに住んでる? 祖父とは何処で出会った? など思いつく限りいくらでも。全てに答えてくれた訳では無いが、それなりに情報は集まってきている。
その中で一番の情報は、白いマフラーの女の来店間隔が四日に一度程度ということ。二回目に来て以降、女はかなりの頻度で来るようになった。やはり、俺への挑戦状なのか? だが、だとしたら何故? まさか、祖父と何かしらの遺恨があって、それを俺で晴らそうとでもしてるのか?
「……わからんな」
……じいちゃん。あんた何やったんだよ。まさか小さい頃に話してくれた武勇伝的なヤンチャ時代の話は本当だったのか? 愛人とか言われたらまあまあショックだぞ。
結局考えても分からないことは分からない。まだまだ情報は足りないし、これは長期戦になる、か……。
半分諦めながらそんなことを考えていたその時、ピンポーンと扉が開く音が聞こえてくる。今日は白いマフラーの女が来る日ではない。ならば数少ない普通の客だ。
俺はいつも通り適当な声色で、
「いらっしゃーせー」
と叫んだ。
俺の声にビクッと肩を揺らしながら、その客はフラフラと店内に足を踏み入れてくるのだった。
────白いマフラーの女② 完
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