白いマフラーの女 ①

 ここは異世界コンビニ。どこかの世界とどこかの世界の狭間にある、謎の空間にあるコンビニである。ここに来る客は実にユニークだ。普通の人間はほぼ来る事はなく、エルフ、ドワーフ、ワーウルフなどの異世界の獣人や、悪魔や天使など特異な存在までよりどりみどり。勇者や魔法使いなどが寄る時もあった。


 置いてある商品も実に充実している。勇者の剣のレプリカから、おにぎりやドリンク、雑貨など、欲しいものは全て手に入ると言っても過言ではない。だがあくまでここはコンビニだ。同系統の商品発送は週に二度、三度しかないし、周りに他のコンビニなどあるわけ無いので売り切れたら発注するまで売り切れっぱなしなど日常茶飯事。人生そう上手く行くわけがないのである。


 ここにきて、もうどれくらいが経っただろうか。一応この狭間の世界にも昼や夜の概念はあるようだ。だが一日の終わりというのもあってないようなものでもある。だって時計がないから。時計がなければ時間感覚はわからないし、その結果、昼と夜はコンビニのすぐ隣に居座るデカい龍の腹の音が頼りとなっている。まったく、店長はそれなのに昼と夜があると言うのだから、いい加減なものだ。


 そんな下らない事を考えながら、ボーッと運ばれてきた商品を延々と出していたその時、足下を冷たい風ピューッと音を立てて通り過ぎた。

 そうか、もうそんな時間か。

 この空間、四季は存在しないものの、一応夜と言われる時間帯は多少辺りが暗くなり、気温も下がるのだ。店長曰く、現世の冬みたいなものだとか。毎日時間によって四季が移り変わるなんて迷惑でしかないな。


 俺はそそくさとレジの中に入り、レジ横にある電子ストーブに灯りをつけた。最早慣れたものだ。

 ストーブに手を向け、勝手に空いた自動ドアを見つめながら、ふと物思いにふける。

 そう言えば、あのお客さんが来たのも、こんな寒い夜だったな。今頃は、目当ての人と会えたのだろうか。

 俺は品出しを再開しながら、在りし日を思い出していた。








 天界の受付ココに誘われ、異世界コンビニで働き始め、はや一週間。大分、仕事には慣れてきた。店長は暑苦しいが、人情深く悪い人じゃないし、他の従業員ともなんとなく上手くやっている。元々生前もコンビニで働いてたし、特に仕事に違いはないから気持ちも楽だ。


 ふむ。どれくらい待たされるかは分からないが、こんな感じなら体感すぐだろう。

 俺は洗い物をなどを片付けながら、お客さんの来ない時間を潰していた。

 その時ふと、寒気がして肩が縮む。気配を感じて自動ドアに振り向くと、一人の女性客が入ってきていた。


「いらっしゃーせー」


 慣れたように女性客に向かって挨拶をする。

 その女性は、白いマフラーをなびかせ、見た目からも高級そうな装いをしていた。現世人の俺からしたらザ・高級マンション住まいのマダムだ。


 だが現世人とは少し気配が違う気がするな。これまで来た人間達は、異世界っぽい装いをしていた。鎧とか、冒険者の服とか、見た目からもはっきり現世人との違いが分かる。

 しかし、この女性は違う。俺もそこまでファッションに詳しい訳じゃないが、多分彼女が着ているのは現世で売っている服だろう。違うにしても、そのレプリカとかの筈だから、異世界人ではない。


 現世に住む妖怪とかだろうか?

 彼女は思わず見つめてしまっていた俺を見ると、フッと上品に笑って店内に入ってきた。

 何だか不思議な雰囲気の人だな。

 俺はそんな事を思いながら、少しだけ店内の気温が下がった事に気づかないまま、洗い物を再開した。





 彼女が入ってきて、五分程経っただろうか。彼女はいくつかの商品を買い物籠に入れて、レジに並んだ。並んだと言っても、彼女以外にお客さんはいないのですぐに俺の立つレジに籠を置く。

 籠の中には、値段が少し高めの食パン、軍手、色んな種類のアイス複数個に、塊の氷が入っていた。


 正直長く働いていると、コンビニに来るお客さんの買い物籠の中身を見るだけで、その人の生活や人となりが見えるものだ。だがこのお客さんは……とても読みづらい。氷とアイスは暑がりなのかなとか、そういう地域に住んでるのかなとか想像がしやすい。食パンも値段が高いやつを買えばコンビニでもそこそこ美味しいのが手に入るだろう。


 だが軍手がわからん。何故、軍手だ。現場仕事をしているように見えないし、結婚相手がそれ関係の仕事とかか? だが店長に聞いた話じゃ、妖怪に結婚の概念はないと聞く。するにしてもごく僅かだと言っていた。じゃあなんだ? 家のエアコンが壊れて自分で直すとかかな。……いや、イメージが違うな。


 頭の中でそんな事を考えながら、俺は商品をレジに通していく。アイスは十数個あるので食パンと袋を分け、スプーンを必要分入れる。ふと女性の顔を覗くと、何やらジッと俺の顔を凝視していた。思わず動きが止まる。

 何か粗相でもしただろうか。だがこういう時、こちらから何かを尋ねてしまうと大抵良いことはない。

 俺は気づかないフリをして、しれっとお金を受け取った。


 レジにお金を入れ、お釣りを返す。不思議なお客さんだが、これにて接客終了。あとは帰ったあとに色々勝手に想像するだけだ。

 そう思っていた時、彼女はジッとこちらを見つめてから、またしてもフッと上品に笑った。


「私、あなたのお祖父様を知っているわ」

「え?」


 お祖父様? じいちゃんのことか? だがじいちゃんは俺が死ぬよりもずっと前に亡くなってるし、そもそもここは死後の世界だ。しかも相手はおよそ人間ではないはず。何故じいちゃんの事を知ってるんだ?

 俺が女性の謎の言動に頭を悩ませていると、何故か女性はレジ袋を持って帰ろうとする。


 ちょっと待ってくれ。謎を残すだけ残して帰るなんてあんまりだ。

 俺は必死で頭を回し、絞り出すように呼び止めた。


「あーっと、……祖父に、祖父に貴方とお会いしたことをお伝えしたいので、良かったらお名前を教えて頂けませんか?」


 我ながらグッチョブ! これなら変な感じで受け取ることもなく、自然に彼女の正体を探れる。さあ、教えてくれ。あなたは何者なんだ……!

 女性は少しの沈黙を挟んだあと、おもむろに首のマフラーに手をかけ、言った。


「白いマフラーの女って言えば、わかるわ」

「え?」


 女性の言葉の意味、そして白いマフラーの理由。俺はただ呆然とこの謎の状況を見つめるしか無く、いつの間にか女性客もとい、白いマフラーの女はコンビニを後にしていた。

 俺は少し気温が上がった店内で、絞る声もなくただ静かに立ち尽くしていた。









────白いマフラーの女① 完

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