異世界コンビニ

九十九春香

プロローグ

        プロローグ


 不思議な感覚に襲われて目が覚める。ゆっくりと身体を起こしながら、俺は辺りを見渡した。

 見渡す限りの白い空間。

 なんだ、ここは。

 俺は立ち上がり、取り敢えず何処へと向かうことにした。歩いていく中で、徐々に混乱していた頭が鮮明になっていく。それに伴い、記憶も思い出されていった。


 そうだ。俺は死んだんだ。適当な大学に進学し、友人もそこそこ、当たり障りのない人生をフラフラと生きていた俺は、道路に飛び出した猫を助けてトラックに引かれたのだ。

 最後に聞こえた声は猫の消えそうな鳴き声。あの猫は助かっただろうか。助かっているといいな。


 でもそうか、この年でもう死ぬ事になるとは。まだ結婚もしてないし、子どもも欲しかった。結婚は人生の墓場と言うが、それがどんなものなのか体験してみたかったんだがな。だが心残りがあるのかと聞かれると、それは少しわからないが……いや、一つあるな。まあでもそれは何とかなるだろう。いずれこっちに来た時に謝ろう。


 不意に、少し先に気配を感じた。俺はゆっくりと気配の方へと近づくと、白を基調とした建物が立っていた。

 だだっ広い空間に白い謎の建物。まじでここは何処なんだ。

 俺は仕方なく建物に近づくと、自動ドアが開き、招かれるように俺は建物に入っていった。





 建物の中はとてもシンプルな構造をしていた。入口から最初にあるのは長い机。その奥ではパソコンを操作し、書類やファイルを持っていそいそと歩き回る者たち。

 何かに似てるな。俺はこの場所を何かに例えられる気がする。何だったかな……。ああ、そうだ。役所だ。俺が生きていた時の役所に似てる。


 俺は思い出せた事に少し満足しながら目の前の机に向かって歩き出した。忙しそうにキーボードを叩く男に声を掛ける。


「あの……」


 聞こえていないのか、男はこちらを向かないままキーボードを叩き続ける。

 俺は再度声をかけた。次はさっきより少し大きな声で。


「あのー!」

「……はい!」


 漸くこちらに振り向いた男は、俺の顔を見ると慌てたように手元の書類を漁った。それから少し待って、もう一度男が俺を見ると、言った。


「えーと、まず、辻村つじむら郁人いくと様、二十年間の人生お疲れ様でした」


 男の会釈に続くように頭を下げる。


「ああ、どうも」

「えー、つきましては、これから辻村様は見事、転生をする運びとなっております。そのままお進めして宜しいでしょうか」


 転生? 異世界転生とかの事だろうか。あれって創作の中だけじゃなかったんだな。

 俺は首を縦に振って肯定した。それを見た男はニコッと笑うとそのまま続けた。


「はい。ではここからのお手続きはわたくし、天使のココが務めさせて頂きます。よろしくお願いします」


 男──ココに倣って頭を下げる。


「ではまず辻村様の転生先なのですが……ん?」


 スムーズにキーボードを叩いていたココの手が突然止まる。しかし、こちらからはまるで状況が分からないので、俺は待つしか無い。ココは一度俺に会釈をしてから、奥に消えていった。

 少ししてココは戻ってくると、さっきの綺麗な作り笑顔と違い、何だか申し訳無さそうな顔をして俺を見つめた。


「あのー、ですね。そのぉ」


 なんだか歯切れが悪い。さっきの天使のような笑顔は何処へ消えたのだ。


「何かありました?」

「いやー、実はですね。辻村様は生前、善行を積まれていたので見事、異世界転生の資格を獲得されたのですが……ちょっと、今立て込んでまして」

「立て込んでる」

「はい、立て込んでます」


 要領を得ないにも程がある。何か隠し事があるのかと余計に勘繰ってしまうぞ。


「えっと、具体的に俺はどうなるんでしょう」

「そうですねー……。もうね、隠しても仕方ないんで、赤裸々に話してしまうんですが、今、辻村様以外にも異世界転生をされる方が大量におられるのですよ。その理由としては、少し前に、現世で新型感染ウイルスが流行られましたでしょう? 実はその時に大量に亡くなられた方々が、順番待ちをしているんですよ」


 順番待ち? なんでだ。


「順番待ちって、一気に行けないんですか?」

「まあ異世界転生といっても、その方の生前の善行やら何やらで転生候補が変わりまして、しかもそんなにいっぱい転生先がある訳でもないんですよ。異世界側だって、いきなり一〇〇人から二〇〇人に来られても大変でしょう? だから基本的には順番待ちをして頂いてるんですよ」


 なるほどな。転生先が人によって変わる上に、そもそもの転生先が少ないのであればまあ頷ける。だが気になることがない訳ではない。俺は訊いた。


「天国とか地獄とかはないんですか?」


 そう、亡くなった人間全てが異世界転生する訳ではないだろう。寧ろ現世のイメージでは、死んだ先は天国か地獄である方が強い。俺の質問に、ココは苦笑いのまま答える。


「実はですねー。以前から、一度天国に行ってしまうと、生まれ変わらなければ異世界転生が出来なくなってしまうんですよ。だから異世界転生を希望される方がまあ多くてですね。そうなると処理が大変でして、少し前から、先に異世界転生の条件を満たしている方はすぐ行ってもらって、その後天国で転生を待ってもらう、という形に変更になったんです」


 ははあ。まあ俺の記憶でも異世界転生モノが流行ったのは最近だ。果たして異世界転生の条件が何なのかはわからないが、それでもスタイルが変更になったのなら仕方ない。問題は俺が今後何処に行くのか、だ。


「じゃあ、俺は転生を待っている間何処にいればいいですか?」

「えーっとですね。大体の方は、様々な世界の狭間であるこの場所の何処かで待たれていますが……何処も定員オーバーですね。それじゃあ……、あ、辻村様は生前コンビニで働かれてたんですね」

「え? ああ、はい」

「では、異世界コンビニが丁度人員不足です」

「異世界コンビニ?」

「はい。様々な世界の狭間にあるコンビニのことです。基本的な業務は現世と同じですよ。強いて言うなら現世人が来る事は無いってことくらいですかね」


 現世人の来ないコンビニだと? 俺は死して尚まだ働かされるというのか。だが嫌と言ったところで他に待つ場所もないのだろう。なら働いてた方が気持ちも楽なのかもしれない。

 俺はため息をつきながら、ココを見つめた。


「わかりました。じゃあ、異世界コンビニで働いて待ちますね」


 俺の返答に、ココはパァーと顔を明るくさせた。


「本当ですか!? いやーありがたいです。死んでも働くのかって文句を言われる方が多くてですね。どんだけ現世辛いんだよってねー。えーっと、はい! では、辻村郁人様の転生先が決まられるまで、異世界コンビニにてお待ち下さい」


 そう言って、ココは深々と頭を下げる。

 猫を助けて死んで、行く場所が天国でも地獄でも異世界でもない、まさかコンビニとはな。きっと存命の友人達に言ったら笑われるかもしれない。


 だがまあ、折角だ。いつも通りのらりくらりと楽しむか。









────プロローグ 完

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