からっぽの箱



『からっぽの箱』




 絶対わたしを見つけるために、私は生まれてきた。


 でも、相対あなたを忘れたかったわけじゃない。


 

 目の前に中身のない箱がある。


 大事なものを詰め込めば、それは宝箱になる。


 要らないものばかり詰め込めば、それはと呼ぶべきだ。


 

 この名前も中身もない箱へと最後に仕舞われるのは、他でもないこの私自身。


 

 私の世界は何色だったか。


 私の世界はどのくらい広かったか。


 私の世界は……なんという名前だったか。

 


 私には名前がない。

 

 だって、それを勝ち取らなかったから。


 何も選ばなかったから。

 


 私を見つけるために、私は生まれてきた。


 だけど、それは、戦うための理由としては、あまりに不十分で。


 あなたを知った気になったから、私はずっと逃げ続けてきた。


 大事なものから逸らし続けた、私のこの両目に映ったものを、馬鹿な私が『あなた』と呼んだ。

 


 そうだ。

 

 私はあなたを忘れたかったわけではない。


 誰かとともに生きたかっただけなのだ。


 支え合って、幸せになりたかっただけなのだ。


 そういうものが、たしかにあるのだと思っていた。


 

 きっと、そう思うべきではなかった。


 はじめから分かっていた。


 私は、あなたではなかったから。



 戦う理由にこそ、あなたがいるのだ。

 

 この足で立ち上がり、この運命を踏みしめて行くとき。


 そのときにこそ、私ははじめてあなたの名前を知る。

 


 私はほとんどのことを知らない。

 

 あなたがどこにいるかだって。

 

 あなたがどうしているかだって


 あなたか何を見ているかだって。


 私は、到底、知ることができない。

 

 

 それでも。

 

 涙をこらえながら、紡ぎ出す、私のこの言葉を聞いてほしい。


 

 


 

 今ここにある存在に、あなたの名前をそっと刻んでおこう。

 

 私が生まれた、この瞬間を思い出すために。

 

 

 寂しい。


 いつだってそうだ。


 いつまでだって、そうなのだろう。


 

 私にまだ名前はない。


 箱だってからっぽのままだ。

 


 それでも、これで。


 少しマシになったと、私は思ってるんだ。




▼――『からっぽの箱』――了

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