三人家族と三人暮らし
七枚目:人生は思い通りにはいかない(1)
東京都内から
景気回復の裏には
僕がTGCでバイトを始めた頃は
「お嬢様、もうすぐ目的地に着きます」
一人で考え込んでいる間、いつの間にか僕を乗せた車が船堀にたどり着いた。東京都内まで電車で凡そ二十分がかかる町で家賃も安いところが多い。僕が住む桜ハイツも周りより安い家賃で入り、冬の時期は空き家に住み込むノバナが
車が入るには狭い街で僕たち三人は、横断歩道から歩いて移動した。地上より三メートルほど高度がある地域の割には坂道は少なく、平地がほとんどだった。隣には川があり、週末には釣りをする人々で賑やかでよく子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。見た目的には穏やかで平和が漂う街だ。
「申し訳ないですが、十五分だけステラと一緒に外で遊んでもらえますか?家の掃除がまだ出来ていないので汚いです」
寝起きのステラがアリマさんの手を握って言った。「ステラも一緒に掃除する」
「お姉さまの言う通りです。三人で掃除したら早めに終わりそうだから一緒にやった方が効率的だと思います」
僕は困った顔をして子供たちを止めた。「いや、本当に汚いから、一旦僕の方から掃除してみてそれでも終わらなければ手を貸して欲しい」
説得力がなくても、事情を説明する暇がなかった。二人が周りの公園で散歩をする間に、僕は郵便ボックスの中にある予備キーを取り出して、三階にある部屋の鍵を開けた。電気をつけると何日間放置されたゴミ袋から一週間前に食べ終わった弁当まで、
とりあえず窓を開けて不要な物は袋に入れて全部ゴミ捨て場に置いた。流し台にはお湯が出るまで蛇口を開けっ放しにして、その間に掃除機をかけた。古い服や下着などはまるめて二槽式の洗濯機に放り込んだ。洗濯機に水道水の流れ込む音がドアの向こうから微かに聞こえる。
一人暮らしを始めてから、部屋の掃除は一週間一回であった。いきなり今日から五日間、三人暮らしが始まるけど、たいして変わることはない。ただ、前よりは掃除する
約束した時間まで五分ほど残った。僕は四日ぶりに綺麗になった部屋を眺めて壁に視線を止めた。部屋の片方には僕が施設から出た日から今年の共通テストを準備するまでの人生プランが黒い線で書いてある。そしてそれらのきっかけになった七年前の事故に関わった人物の関係図が左側を広く埋めている。
口頭で聞いた情報を付箋に書き込み、プッシュピンで固定した要注意人物の写真の周辺に貼った。その他にも、ネット記事は切り抜けて年度別に集めて床に置いてある。最近になってからは電子資料はクラウドサービスを利用してウェブに保管している最中だ。集めた情報は、最終的に、場所や人物写真などに押したプッシュピンを、赤い糸で繋いで一目で区別できるように
僕はここ数日間で、新しく入手した情報を黄色の付箋に順番通りに書き並べた。カカシと樹の一族の繋がり、ガーデンズ学園と失踪事件の関わり、ステラの周辺関係など。七年前の事件をめぐって迷宮入りとなった
「一人で七年前の大火災事件をここまで調べた人は初めて会いました」と後から声が聞こえた。「すごいです。私が把握し切れなかった情報もあります。一体、どこからこれほどの情報を集めました?」
「事件ってなんの話ですか?」僕は聞き流せない単語に
「ええ、まあ。あれはバベルの関係者が人為的に起こした火事だと知っています。マスコミでは地下の天然ガスのパイプが爆発して起きた事故だと報道されているから、真相を知っている人はごく一部しかいないと思いますが」
「誰から聞いた話だ?詳しく教えてくれ、お願い」
「落ち着いてください。確かに私が『事件』だと言いましたが、事態の詳細についはそこまで知らないです」アリマさんがつぶさにその由を苦しく告げた。「企業家の中で選別されたメンバーだけが入れるダイアモンドクラブがあります。私が知っている情報はそこから全部聞きました。炭咲さんの必要に応じては緑埜家を通せずに情報元を紹介することもできます」
冷静を失った僕は掴んだアリマさんの肩を離してあげた。怒っていない。僕が間違ってないことを証明してくれた人と出会えて、普通に嬉しかった。心が弾むような日が自分に訪れるとは僕は思ってなかった。
「パパ、これは何?」と言ったステラが壁に垂れた赤い糸に手を出した。
「勝手に触るな!」
思わず大声を出してしまった。慌ててステラに謝ろうとした時は、既にステラは泣き顔をしてアリマさんの後に身を隠していた。僕はため息をついた。何も知らない子供の相手に情けない格好を見せた。
「この壁に貼った物は僕が大事にしているから糸を引っ張ったり、写真を剥がしたりはしないで欲しい。分かった?」
「パパ、ステラのこと嫌い?」とステラは落ち込んだ声で僕の機嫌を
「
「指キル?ハリセンボンってお菓子?」ステラは今にも泣きそうな顔で僕と小指を結びあわせている。「もう一回しよ。ステラもハリセンボン食べる」
僕は少ししゃがんでステラの頭を右手で撫でてやった。短い間とは言え、五日間は僕がステラの保護者代理だ。ステラの前では
「あの、約束した十五分が過ぎました。まだ何か掃除することがありますか?」
僕は洗濯機が終わる時間を確認してトイレの扉を閉じた。
「ないです。まだ早いですが、晩飯を準備しますか?座って待ってください。適当に何か作って——」と言って冷蔵庫の中が空っぽだったことを後から気付いた。「すみません、買い物をする必要がありました。近くにライフがあります。一人で行ってきますのステラと一緒に休んでください。あ、着替えが先か」
僕は収納クローゼットからお土産で貰った大阪サブレの缶を捜した。掃除する時に目が通るところに置いた記憶がある。上着だけユニクロで買った黒いスウェターに着替えて、缶の中から一千円と一万円の札束を一枚ずっつ取り出してポケットに入れた。コートをかけるくらい外は寒くなかった。
「ステラも行きたい、行きたい、行きたい」
鼻声でステラが僕に一緒に連れていけっと
「ネネも行きたいでしょう?ね、行きたいでしょう?」
ステラはアリマさんを
「はい、ネネも一緒に行きたい、デス」
最後のデスは絶対わざとだ。
やるしかない、と僕は二人の目線に合わせて優しく話を振った。「二人とも、僕の話を聞いてください。今日の晩飯はコンビニで解決します。各自、出かける準備をお願いします」
ここでまたステラが自分も靴が欲しいを意地を張った。当然ながら、
「パパ、ありがとう。大好き」
全ての準備が終わって、僕たち三人は家の近くにあるコンビニまで走り掛けた。ステラが街中に積もった雪をくっつけて雪玉を投げてから、自然に鬼ごっこが始まった。鬼は僕だった。家から五分もかからない距離を、三十分掛けてようやく辿り着いた。
寒いといえば、三人ともびしょ濡ぬれなのだから、風邪を引きやすいほど体が冷たくなった。
「ともかく、早く買い物して帰らないと」 と僕は言った。
店内に入って、先に弁当を買ってお水をボトルで購入した。他は明日の朝飯用で食パンとイチゴジャム、子供用のヨーグルトも追加で買った。ステラが店内に置いてあるガチャガチャに興味を持ったから、
家に帰ってきて、先に二人をお風呂に入らせた。その間に僕はコンビニで買った弁当やファミチキをテーブルの上に並べて、洗濯物をベランダに干した。
「パパ、ステラはお腹空いたの」と、ステラが後ろから駆け込んだ。
「ちょっと、まだ洗濯物を干しているから邪魔をするな。アリマさん、ステラをお願いしてもいいですか?」
「ステラもパパと一緒にセエンタクモノを干したいの、干したいの」
僕は、どうやらこうやらステラのわがままで洗濯物を干す作業を手伝ってもらった。終わるまで時間は倍にかかったけど、ステラはやりがいを感じたように笑みを浮かべた。
風呂上がりのアリマさんは未だに洗面台の前で何かやっている。何をしているか気になって聞いてみると、「スキンケアを行なっています」、と淡々な返答が帰って来た。僕にはまだ分からない女の時間らしい。
ついに食事の準備を始めてからテーブルに座るまで、二時間弱が経ち、時計の針は午後六時を指した。
「今日は、お疲れ様でした!」というお礼の言葉に合わせて、三人は乾杯をした。乾杯と言っても、未成年だから酒の代わりにお茶とジュースを飲んでいる。
「ステラも乾杯!ネネも乾杯!」
ステラがまた暴れ出そうとした。新吉原と違ってこの部屋は隣の部屋と防音ができていない。だから、僕はステラに注意を払ってステラが大声を出す前にファミチキを食べさせた。
「アリマさんも何か食べますか?お口に合うかは分かりませんが」
「私は大丈夫です。それより、これを見てください」アリマさんから受け取ったタブレットにはエクセルでスケジュール表が作成されていた。「三日間のスケジュールを私なりで作成してみました。明日からはこれに従って姉さまと一緒に動いてください」
アリマさんが作成したスケジュール表は、とことんまで三日分の予定が突っ込まれていた。
各シート別に明日は上野動物園、明後日は映画館と新宿のイベントセンター、三日後は水族館が記入されていた。それぞれの行列に合わせて、時間帯と最寄り駅の名前が表記されていて、一日中の流れが一目で分かった。
「明日からの四日間は、姉さまと二人きりの思い出を作ることに集中してください。残りの予定は明日中に調べて追加しておきます」
「アリマさんは行かないですか?」と思ったことを口に出した。
「
家族旅行に実の家族が抜けて赤の他人が代わりに入ることは少し
「ステラはアリマさんと一緒に動物園に行きたくない?」
「動物エン?パパ、動物エンって何?」
動物園をうまく説明できなくて手元にあるタブレットで検索をかけた「これが動物園だ。中に入るとこォォォォおんなにでかい動物と可愛い動物を観れるよ」
「へえェェェ、ステラ行きたい!ネネも可愛い動物いっぱいいるって、一緒に行こうね」ステラが持っていたお結びを半分に割ってアリマさんに差し出した。「これ、美味しいからネネにもあげる」
仲が良い姉妹だ、と思いながら頬笑みかけた。ステラの話を聞いたアリマさんは断り辛い顔でお結びを受け取って一口食べた。味は悪くなさそうだった。
「姉さまのお誘いですから、明日は特別に私も同行します。決して楽しみにしていないので誤解しないでください」
無意識的に期待に
「パパ起きて!朝だよ」
久しぶりに夢のない夜を過ごしてステラの声で朝を迎えた。しばらくぼんやりと半分寝ぼけた声を出して目を瞬かせ、「うーん」と唸って顔を台所に向けた。
「炭咲さん、初日から寝坊してどうしますか?姉さまに示しがつかない格好は慎んでください」
アリマさんは、お母さんみたいな言い振りで僕を叱りながら、皿の上に作り立てのこんがりしている卵焼きを乗せた。今何時だろう、そう思いながら、半分瞑った眼で、改めて枕元の時計を見ると午前八時を少し回ったところだった。
「ネネ、パパが何も喋らないの。どうしよ」
窓の外は、お日様が上がって眩しい。「おはよう。ステラ」と寝ぼけた様な声で朝の挨拶を伝えた。
「おはよう、パパ」少し離れたところで僕の声を聞いたステラは、ふと顔を上げ、と無邪気そうな明るい笑顔で言い返した。「ネネが朝ごはんを準備したの。ステラも手伝った!パパ、ステラは良い子?」
僕はステラを褒めながらご褒美として頭を軽く撫でてあげた。たった数日で口下手で不器用な姿は薄くなり、同じ年頃の子供と同じくらいに成長した。背も少し伸びたような気がする。
「姉さま、危ないから私の後ろで走らないでください。炭咲さんも、いい加減に起きないと本気で怒ります」
僕は憤るアリマさんを眺めながら、昨晩の出来事を思い出した。
玄関ドアのロックがはずれる音がして目を覚ましたのは、
「…には来週まで回収できると……ください。その…はボタンさんにお任せします」
声の
「のんびりする暇はありません。次の電車に乗るためには三十分以内に家を出なきゃいけないです」
アリマさんが提案した五日間は、もしかすると
「昨日の車で行くはずではなかったですか?」
「元々そうでしたが状況が変わって今日からは電車で行きます。お分かりになりましたら、さっさと起きてください。時間に間に合います」
夜中にかけた通話先の相手と関係があるだろう、と何気なくそう思い込んで、寝床を綺麗に片付けた。僕は簡単に歯磨きをするつもりで洗面台の前に立った。が、ステラに朝ご飯の準備が終わったと言われ、あたふたと口の中を洗い出してテーブルの前に座った。アリマさんが作った卵焼きの味は最高に美味しかった。
目的地の上野公園までアリマさんの指示に従って移動した。電車の中でもアリマさんは緊張した顔色で、手からタブレットを離さず、電車の
「遅延が発生してもまだ時間が早いですから、余裕を持っても大丈夫です」僕はステラを見守りながら
「炭咲さんは上野動物園に行ったことがありますか?」
九時過ぎても車内は出勤する人々でごたついた。ところで珍しく、保護者も同行してない子供三人がお揃いで電車に乗った。僕と各務家の二人姉妹だった。僕たちは周りの大人に注目され、とある親切な方々から席を譲ってくもらった。一応、相手には「お気持ちだけで充分です」と伝えたけど、遠慮はいらないと断れた。仕方なくステラを僕の膝の上に座らせて、隣りはアリマさんが座ることでお互いの合意を取った。
「僕も今日が初めてです」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます」
頼りにならない僕に興味がなくなったアリマさんは、うんざりしたため息をつき、話もそれきりになった。
「ありえないわ」とアリマさんは
運が悪かった、と語るには相性が悪い。ひとときの気まずく気だるい沈黙の後に、僕はそそくさとステラに期待に満ちた声で雰囲気を盛り上げた。
「皆パンダさんのことが好きだね。ステラ、あれを見て。パンダさんだよ?可愛いでしょう」
ステラは言った。「パンダさん、怖い。パパ、だっご欲しい」
「いや、いや。パンダさんは可愛いよ?ふわふわでぷよぷよだから、ステラも直接に見てから好きになるさ」
「パンダさんを
熊は人を千切れる、とは言えないから嘘を加えて話した。「実はパンダさんって皆のアイドルだからファンも多いらしい。もし一対一でファンミーティングが開かれたら、大勢の人々が集まり、パンダさんが早めに疲れてしまってステラまで順番が回らないと思うんだ」会えないと聞いたステラが泣きそうな顔になり、はじめて嗄かれた声でうめいた。「その代わりにパンダさんの
「そうなんだ。パンダさんは人気だね。ステラもパンダさんみたいになれる?」
「もちろん、ステラはパンダさんよりも可愛いから有名なアイドルになれると思う」
「じゃあ、パパがステラのシンエイタイになって、ステラを守ってね。約束だよ」
約束の小指を差し出したステラが明るく笑って見せた。いたいけな笑顔だ、と思った僕は約束通りに小指を組んであげた。これで動物園の中に入るまでの時間が延びてもステラは理解してくれる。問題はさっきから爪を噛みながら、いてもたってもいられないアリマさんの方だった。
「まだ大丈夫。パンダさんの共演まで時間がある」その声は低く地面を
当日チケットを販売する列に並び、チケット三枚を購入して動物園の中に入るまで、凡そ一時間がかかった。入口からパンダさん
「パパ、ゾウさんも観に行きたい」
東園にいるゾウさんを観るためには、もう一度いそっぷ橋を渡って反対側に行く必要があった。僕はため息を吐いてステラの頭を撫でてあげた。
「ゾウさん以外にも観たい動物さんはいる?」
せっかく東園まで行って西園にいる動物さんが観たいと言い出したら困るからだ。あの橋は二回だけで充分だ。
「ううん、白いパンダさんと猫さんも観たい!」と上野動物園のマップパンフレットを見ながらステラが喋った。「パパは?」
「パパはもう大丈夫かな」
「ええ、何それ。詰まんないの、パパも選んでよ」
しつこく付きまとうステラには敵わないから、適当に西園で子供が一番嫌がりそうな動物を指で指して見せた。
「カ・メ・レ・オ・ン?」一文字ずっつ発音したステラは眉根をひそめた。「変な名前。可愛くない」
クマとパンダと違ってモフモフな毛もない
「でも、パパも好きな動物を観ていいよ」ステラが決心に向けてベンチから身を起こした。「行こうよ、パパ。カネレオンが待っている」
親切なステラのおかげで、僕はカメレオンが展示されているビバリウムに行って、中にある全種類の爬虫類と対面し、東園でステラが観たかった動物たちを次々に訪れた。パンダさんに比べて人は多くなかった。
カメレオンまで観終わると午前十二時になった。そろそろお腹が空いてきたステラの手を繋いで池の近くにあるカフェに寄った。
ランチメニューとしてジューシーなウインナーのホットドッグとオレンジジュースを注文して、僕たち三人はテーブルの上に座り、しばらく休憩をした。
「パパ、ここ行きたい」
動物園に入ってから今まで、ずっと歩き続けたせいでろくに食べれない僕と違って、ステラは、食事を終えてから元気を取り戻して午前に廻れなかったエリアまで行こうとした。結局、エクセルに書いた予定より時間をオーバーした午後の営業時間まで動物園の中で日程を過ごした。
見上げた空が灰色の日暮れがかった頃、つめたい冬風が吹いて、頬をそっと撫でた。帰る時間になってようやくスマホを触れる暇ができた僕は、どことなくヘルスケアアプリ開いた。そして、今日歩いた
「私が立てた計画は、何で、いつも失敗になるんだろう」
帰り道に眠ったステラを背負って電車に乗った。ぽかんと立って窓の外に映る夕焼けを眺める途中にアリマさんがしくしく泣き始めた。慌てて慰めようとしても手が空いてなくて、次の駅でとりあえず降りてベンチに座らせた。電車から降りたアリマさんは周りの目を気にせずに本格的に泣き出した。僕が思ったより、自分の計画通りにならなかった一日からストレスを感じた様子だった。
「私は、ダメ人間、です。全然、役に立たない」と自分を責める言葉をつぶやいて垂れる鼻水をハンカチで拭いた。「炭咲さんもそう思うでしょう」
僕はアリマさんのすぐ側に座って立ち去る電車の後ろを見届けた。「今日は生まれて初めて動物園に行きました。さすがに六時間を歩いて身体は疲れましたが、絵本で読んだ動物を実物で観れて楽しかったと思います」
「僕は自分の人生をたった一人にフォーカスして、前からの復讐計画を実行にうつす準備を、着々と進めていました。今年の春、ガーデンズ学園に入学しようとした理由もその計画の一部です。ですが、三月の共通テストは延期になり、ステラに会えてからは、自分が思った日常とはまた別の人生を生きてます」僕は息を吸って話を続いた。「正直なところ、今のままで悪くはないと思う自分と、どこから人生をやり直せばいいか呆然すぎて気が
アリマさんの顔色を探ったら、いつの間にか涙を止めて僕の話に集中していた。
「でも、今日はそれを忘れるほど、楽しい一日を過ごしました。計画にならない人生でも大丈夫だと、初めて思いました。だからアリマさん、今日は
人に
「あ」、だけ言ってアリマさんの瞳から涙が
「それってデートの誘い?」
僕は後始末をつけるために頭を先に下げた。「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「ううん、違う」アリマさんは泣きながらが笑って見せた。「気が楽になった。ありがとう」
地平線下に沈んだ夕日が上空の雲を照らし上げ、赤色が中心になり、赤く染め上げられた雲を背景にして、ありゆる感情が彼女の笑顔と共に心の中に染み入った。言葉では説明が難しい瞬間と向き合った僕は、事もなげにアリマさんの頭を撫でてあげて、「よく頑張りました」と言葉を言い残した。
それを聞いた彼女は、僕の胸に抱かれて次の電車が来るまでじっとした。家族でもない三人は、一緒に暮らし始めた二日目から、何となく家族らしい形を整えていくような気がした。
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