二枚目:パパとノバナ、そして神隠し
「『ガーデンズ学園に訪問してくれた受験生の皆さんは、各自の受験番号を確認し、先生の案内に従って入場をお願いいたします』」
僕は結局、電車の遅れで、
僕が判断に迷っている間、後ろに並んだ三人家族の会話が耳に入った。
「凄いな、相変わらずここは人々が多いね。先にここで記念写真でも撮ろうか?」
「正気なの?嫌よ、絶対撮りたくない。撮りたければ、父さん一人で撮ってよ」
「冷たいな。どうせここから
「それでも嫌です。もう良い、母ちゃんと先に行くね」
外は思ったより足を踏み入れる透きがないほど受験生とその家族で混んでいた。意思を持って歩こうとしても、ただただ流れに身を任して前に向かうしかなかった。ふと、気が付けば、一歩大きくガーデンズ学園の校門にのろのろと進んだ自分がいる。
「ガーデンズ学園は毎年から行方不明になる受験生をリスト化して公開しろ!進学を悪用して罪もない学生たちを誘う行為はやめろ!」
息抜きしている僕に見知らぬ
「君も気をつけてね。ガーデンズ学園は一人で訪れた受験生を狙っているよ」
深刻な顔で僕を見詰める女性から子供を失った悲しみに染み付いた雰囲気がした。皆が受験生を応援するこの場において、この人々は警告の言葉を囁いている。その気持ちを分からなくない僕は、引き渡されたチラシをそのまま捨てず、カバンの中に入れておいた。
ガーデンズ学園が失踪事件と絡んでいる、との話は、最近ネット上で炎上している有名な都市伝説の一つだ。ほとんど全ての人は古い
TGCのお問い合わせ窓口にも、毎年この時期になると、似たような捜索願が届いて来る。ノーマルなトゲを持った一般生徒から将来を
依頼はいつも失敗で終わった。そして、失踪者のご両親に頭を下げて謝罪した。まるで犯人に代わって謝るように、何回も繰り返して謝り、全ての恨みを全く無関係の僕たちが受け継いだ。
当時の話をすると、あれは犯人を捜すレベルではなかった。本当に神の手の元が子供たちの姿を隠したように、受験生の
ある日、俺は仕事上がりの帰り道で奇妙な
バベルはこの件について、未だに何も公式的なコメントを出していない。結局、責任を負う人はない世界で、被害者だけあの日に縛られ、心から苦しんでいる。
「あれ?なんで赤ちゃん一人でここに来たの?パパとママはどこ?」
鼻から慣れた匂いがすると同時にスマホの電話が鳴り始めた。
『試験が終わる際に電話すること。近いうちに本社まで来ること。断る場合は来月から実家に戻ること』
僕は目的がはっきりとした短いメッセージに無関心で返答した。まだ施設にいる頃、一ヶ月に一回、研究目的で採血されることが嫌で、あいつの言いなりに従わず、反抗的な態度を取った時期があった。反抗と言っても、
あいつは僕からの願いにこう答えた。「お前にしかできないことを他人に押し付けるな」
それを聞いた僕は自分を攻め込んだ。「バカ、お父さんは皆を助ける仕事をしている
言うまでも無く、あいつに大義名分に従った計画なんて初めからなかった。七年前の火事でママと
最近の連絡も今まで通りと同じ
「パゥッ、ハ!」
僕を呼ぶような幼い女の子の声が聞こえてくる。後ろに振り向いたら、コンビニで顔を合わせたノバナが、紅葉のような手で僕のズボンを引っ張っていた。瞳の色、見覚えがある傷の跡に僕があげたマフラーまで、全部ついさっき、コンビニで
小泉さんに連絡を取ろうとしても、小泉さんが来るまで待つには、間もなく共通テストが始まる時間だった。しかもなお困ったことに、ノバナのむごたらしい格好を見て、人々がざわめいている。下手すれば、通報されて今年の共通テストを諦める事態になり得る。僕はとり急ぎでノバナに自分の上着を来させ、汚れた髪は余分の包帯を使って適当に拭いてあげた。
「あの、すみません。もしかして炭咲千春くんですか?」
ノバナの影を追って顔が小さい女の子が声を掛けてきた。僕の名前を知っている人は職場の人以外に数が少ない。なお、僕よりも身長も高い女の子だ。どこかですれ違った場合でも忘れはしない印象を持っている。
「やはりさっちゃんだよね!久しぶり、元気だった?背は昔から伸びてないね。牛乳は相変わらず嫌い?」と馴れ馴れしく人の弱みを然りげ無く突き刺した。「好き嫌いはダメだよ。ちゃんと飲まないと背は永遠に百五十センチのままで大人になるよ?」
あの呼び方を聞いて思い出した。昔、同じ施設で知り合った同期が、確かに僕を「さっちゃん」と呼んだ覚えがある。名前が
「あのね、一人だけ喋らせておいて反応くらいはしてよ。ほら、見て。すごいでしょう。この一年間、頑張ってバストアップしたよ?凄いでしょ。身長も百六十センチを超えて最近はバレー部にも入ったからね」
と自分の頭を深々と下げる小麦を見て、ここまで友情を深めた関係だったか違和感を覚える僕だった。一応、周りの視線を意識して軽く後頭部に手のひらを乗せてあげた。小麦はそれでも嬉しそうににこりと笑顔を見せる。また、それを隣で見上げたノバナが、小麦の笑みを真似して同じくらいの笑顔を作り出した。
「ええ、この子って何でこんなに可愛いの?ねね、さっちゃんのお知り合い?名前を教えて」
「パッあゥパッ!」
ノバナが両手を広げて
「お前も運がいい奴だね」と僕は
実際、子連れの受験生は僕以外にも他に何人かいるようで安心した。これで受験は問題なさそうだ。
「後、お前もそろそろ急いだ方がいいんじゃないか?もう直ぐ校門が
「ちょっ、ちょっと。久しぶりに会った
とぼやきつつも、朝九時を知らせるチャイムが園内に響いた。折よく校門が重い音を立てて閉ざされるところで、睨めるように見詰めている小麦の顔は後にされ、急ぎ足で園内へ歩いた。
そして校門を通ってからは、目立たぬ平凡さで誰一人も文句言わず、じりじりと前方に向かって歩いている。無意識的に
「でも、逢えてよかったと思う」小麦は歩く速度を僕に合わせて肩を並べた。「おはよう。さっきは私がいきなり声を掛けて驚いたでしょ、ごめんね。初めまして。私は久城家の娘、
「おい、やめとけ」僕はノバナに自己紹介をする
「その割にはノバナちゃんが随分さっちゃんに好かれているね。マフラーも当然ながらさっちゃんの私物だし、今時のツンデレキャラ?」
美縁さんに頭を撫でられる前にスムーズに横に逃げた。それを見ていたノバナも僕と同じ方向に頭を動く。さっきから僕と美縁さんの行動をありのまま
「パゥパあ、パゥあぁァ!」
ノバナが片手で服の襟を掴んでどこかを強い意志を持って指差した。先頭に立った人の背中に
何度も子供を落ち着かせようとしても言うことを聞かなかった。だからと言って、子供が角を折るまで我慢するには、自分の体力が持たない気がした。僕はため息を深くついてノバナを下に下ろした。親代わりになりたい訳ではない。ほんの少しの人との関係で求められる
「子供だからと言っても、自分勝手な行動は許されない。分ったか?欲しい物がある時はまずお願いをすること。また、周りに迷惑をかけてはいけないから意地は程々に張ること」と僕は一文字ずっつ丁寧に自分の名前をノバナに教えた。「あと、僕の名前は、炭咲千春だ。た・あん・さ・き、ち・は・る。しばらくお前の世話を見る人だ。名前くらいは覚えなさい」
ノバナは真面目に僕からの話を聞いているふりをして、自由に動ける状態になった途端に、注意された内容は完全にすっぽかして、猫のような動きで人込みの間を走り回った。出会って僅か一時間強で、子育てに壁を感じる僕である。案外、子供と言う生物は自分に素直な生き物かも知らない。
「元気いっぱいな身ごなしだね。追いかけなくても大丈夫?」と美縁さんがスマホからSNSの記事を見せた。「そう言えば、今年の受験生の中で
どうでもいい、と思った。僕は風に
「すまん、今なんて言った?」
「君ってほんとに自己中心的な男だね。昔と少しも変わっていない。せめて、人が話する時はちゃんと聞いてよ」美縁さんから拗ねた声で文句を言われた。「でも、久しぶりに会えて楽しかった。次は一緒に入学式で
初めて下の名前で呼ばれたとき、頭の
「みなさん、ご覧ください。新吉原の花魁が受験生として試験所を通っています」
人々が騒ぎ出した。噂をすれば、世間でも一番話題になっている人物の突然のお出ましである。興奮に追われた人々が花魁の様子を見るために一カ所にむけて集まった。このままでは人の流れに押し詰められ、
「パッあ?」
ノバナが空いた穴からモグラのように姿を現した。手には何故か初めて高級な
「へへ、パゥパァァ」
僕と目が合った一瞬、顔に満面の笑みを浮かべた。
「僕にどうしろって言うんだ」
ヘラヘラと笑っている場合ではなかった。一刻も早くここからすり抜けないと呼吸が出来なくて気を失う寸前だ。まさに阿鼻あび叫喚といえる現場の状況で、わずかな時間差で生と死に分かれる。
しかし同時にノバナは、僕の冷ややかな態度の方が気に入らなかった模様だ。大いに不満そうな顔つきで、赤いマフラーを僕の手首に結び付き、思いきっり下へ引き寄せた。
その弱い外力に僕は、体のバランスを崩して地面に倒れ込んだ。自分の体が、かなり危険な位置に挟まれていたことはわかっていたが、無防備のところへいきなり加えられた子供が引っ張る力によって、
「いい加減にしろ。今はお前の遊びに付き合う暇がない」とステラに怒鳴り立てる前に体の変化に気付いた。
呼吸が、だいぶ楽になった。まだ人波の中に混じっている状況でもあるが、上に比べれば下の方はまだ背が小さい僕でも動けるほど隙間がある。この子はそれを知った上で僕を下に引っ張り出したのだ。
感がいい子だ、と僕はまだ汚れていない手でノバナの頭を撫でてあげた。
「あり——」
大丈夫だと思ったのも
移動しながら、何度も人々の足元に背中と手の
「申し訳ませんが、安全のために距離を取って歩いてください」
人々が集まった場所には、六角形の人間バリケートをこしらえ、誰もすりぬけられないように人々と距離を空けている。そして、その中心には
花魁は
「誰か、この子の保護者をご存知でしょうか?」
とても綺麗だ、と感心する間にノバナが問題を起こした。花魁が歩く道を横切って、行ったり来たりしながらうろついていた。それを見た僕は顔が熱くなってきた。
「おい!」と叫び出しても
一方その頃、ノバナは僕の立場など眼中にもない様子だった。着物の中に入って顔に被せたり、自分を追うボディーガードと鬼ごっこに
「迷惑ばかりかけないで、いい加減こっちに来い。ステラ」
周りのざわめきが一声に静まった。とは言え、
「ス——テ——ラ」
僕が名前で子供を呼ぶ
「ステラ!今、お前のことを呼んでいる」
その名を三度目で呼ぶ
「パパ、ステラ?」
ステラがずっと口癖にしていた単語は本当は
「可愛いお名前ですね。名前の意味を聞いてもよろしいですか?」
「
「えッ?ご自身で名前をつけたのですか?しかも野花に?まさかこのまま家に連れて行って育てるお考えであれば、やめた方が良いです」
意外な返答を聞いた花魁はステラの顔色を
「TGC所属の炭咲千春と言います。子供は共通テストが終わる際に施設の方に送る予定です」ポケットから身分証明証を出して花魁に見せる。「今朝、家の近くで知り合ったノバナです。訳があってノバナの方から僕を追いかけてきた状況です」
「信じ
汚れたステラの顔をハンカチで拭き、髪もその場で持っていたヘアーバンドを使って結んでくれた。たったの五分で、
「女は可愛さが武器だからね。常に美を磨かないと大事な時に自分の身を守れないよ」とステラにアドバイスを残す花魁だった。
周りの目を気付くまで、僕は呆然とした顔で二人を眺めた。
「『共通テスト管理局から、ガーデンズ学園の共通テストを受験する皆さんへお願いと、御案内を申し上げます。館内での喫煙、客席内でのご飲食、及び同じ受験生への録音、録画、写真撮影はご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます。また、試験所の出入りする際に携帯電話など音の出る電子機器は、必ず電源を、お切り下さい』」
構内に若い女性の声でアナウンスが流された。僕を含めそれに気づいた人は淡々にアナウンスの内容を聞きながら、ポケットからスマホを出した。圏外、と画面の右上に二文字が表示されている。ここから共通テストが始まるのかと思い、周りの反応を察する。ほとんどは慌てて困ったような表情をして、壊れてもいない携帯を叩き込んだ。
「『ただいまより選別テストを十分間、実行させていただきます』」再びチャイムが鳴り、選別テストと言う謎のテストが始まった。「『周りの人や構内の施設に、打つからないよう、ご注意ください』」
一瞬の一秒、アナウンスが終わると同時に、人々が一斉に地面に倒れた。僕とステラを除いた全員が、一気に気を失った状況に僕は戸惑いつつ、横たわった人の様子を見守った。呼吸は安定している。死んではいない。ただ寝ているだけだった。
僕は万が一の事態を想定してステラを抱き上げた。パッと見た限り、半径二百メートル以内に意識がある人はいなさそうだった。誰も起きない広い道の上で下手に動かず次のアナウンスが出るまで待つよりほかに出来ることはない。
「『間もなく選別テストが、終了されます。構内にいる受験生の皆様は、その場で次の案内まで、少々お待ちください』」
選別テストの終了を知らせるアナウンスが流れ、白い
ますます怪しいと思われる状況の中で、僕は
「パゥパ、あれ」
ステラが指差した霧の向こうから人の形をした何かの影が薄く姿を現した。助かった。他にも生存者がいた、と思うものの、僕は前方に向かって足を運んだ。だがすぐに視界前方へ一点の
互いの心臓は、これまで経験したことのないスピードで鼓動しはじめた。幻覚でも夢の中でもなく、現実から恐怖を
そこへ突然、霧の中から奇妙な鳴き声が聞こえた。それとともに、今まで視野を
「パパ。あれ、ナニ?」
ステラの質問に僕はなにも答えられなかった。麦わらで
『未だに陽の炎を抑える力は庭師にはないようだ』誰かが崩れた棚の下にいる僕を外まで連れ出して命を救ってくれた。
だが、しきりにかちんかちんと時計の針が動く音が記憶にノイズを入れた。カカシの内部からである。意識からその耳障りな音を離れようとしても、心臓の音より繰り返し繰り返し頭の中に響き渡った。
霧が消えた園内はその前と同様に暖かったが、もはや軽やかな空気はなかった。すべては小揺るぎもせず、オペレータは
僕は一つ深呼吸をして、再び目の前の
瞳が
カカシを刺激するような大きな振る舞いは極力避けた方がいいと、僕は予め自ら注意を払った。生き物よりは
けれども、基本的に相手が動かない限り、僕の方で先に動くことはリスクが生じる。
「パゥパ!あれ、ナァあに?」
しまった、と後からステラの口を防いだ。が、既にカカシはハサミを背負ったまま姿を消していた。カカシを捜そうと周りを睨め回した時、一秒より短い一秒が経ち、
僕はステラの目をマフラーで隠して次の攻撃に備えた。ハサミを腕で止めた時、手応えは感じられなかった。とは言え、麦わらの体で自由自在に振り回せるほど、
後方から風を切る音が聞こえて右側に身を避けた。足音がないカカシでも鉄の鈍い音は防げなかった。僕は体のバランスを崩したカカシを蹴り倒して、そのままハサミを両手で捕まった。一番邪魔になる武器を奪い取ってカカシを相手する考えだった。しかし思ったより、貧弱な麦わらの手に持たれているハサミを奪うことは難しかった。持ち運ぶ力が足りない訳ではなく、最初から僕の手には負えない物のように動きもしなかった。
僕が慌てる間に、カカシが
その時、腹部の奥に錆びたハサミ深がく突き刺さった。何を考える間もなく、内臓が千切れる感触と共に胃袋から逆流する大量の血が顔のあらゆる穴から噴き出た。痛みが脳を支配し、体から神経回路にエンドルフィンが回る。
「おい、くっそバケモノ。ようやく、捕まえたぞ」
両腕の包帯から黒い煙が静かに這い出しつつ、人の肉が焼ける臭いが霧の中を取り囲んだ。血が
外部からの傷に体が反応して、破壊と再生が、僕の意思は問わず、体の中で何数百回も繰り返される。これが、一人で生き残った僕が持った
一時的に体を動けるとしても、
「バケモノでも弱点はあるだろうな!」
カカシは
僕は残された錆びたハサミと懐中時計に手に触らず、腹の傷口を急いで火傷で応急処置した。地面に落ちた体の一部は黒い燃えさしになっている。
「もう大丈夫だ。驚かせてごめんね」と言いつつ、周りを綺麗に後片付けして身を隠していたステラに優しく声をかけた。
まだ木炭の奥から火の息が噴き出る状態はステラに危険を
「パパッ?」
「違うね。未だに人を間違ってどうする。僕は一時的に君の保護役に徹するだけで
「うう、パパ——!」とぐずつき、泣き出したステラは僕の懐に飛び込んだ。身長の高さに差異がない父親でも頼りにはなるようだ。僕は両腕を直角に上げ、ステラが落ち着くまでしばらく待ってあげた。それと、早く自分の血で汚れた服を着替えたいと思った。
「『危ない!後を気をつけて』」
オペレータの切迫した声で状況を伝えてくれる。何かの勘違いだろうと思うものの、僕は、そのことに、不安な胸騒ぎを覚えた。突然、止まっていた時計の針がまた動き出す音が、耳元へ聞えてくるような気がした。
「アブナ…い、キヲツケ…て」
振り向くまでもなく、後ろにある不吉な声の正体について薄々勘づいた。
「パパ、あれ、ある」
アンティークな懐中時計を中心に、一本一本の麦わらが絡み合い、少しずっつ人の形を
僕はステラから離れて懐中時計手を伸ばした。壊すつもりだった。が、予想外のところで邪魔が入って動きを封じられた。相手は、気を失った受験生の一人、いや二人以上が、上半身だけ動かして僕の木炭を捕まった。
今の出来事には違和感がある。僕は細目を開けて人々の体にくっ付いた『何か』を掴み取った。
「きヲつけて——おニいチゃン」
「テメェの口で言うセリフではないだろう」
程なくしてもやもやとする記憶の隅から、あの夜の
「まさか、テメェも七年前に、あの場にいたのか?」
僕は思い切り舌を噛んだ。思ったより口の中から大量の血が出た。出血に続いて、傷口から勝手に再生と回復が始また。木炭の火力は段々高まり、腕を捕まった人々が次々と目を覚まして焼け
「バケモノだッ。た、助けて」
僕は我慢できないほど嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。それを隣で目撃したある一人の受験生が僕を恐れ嫌がり、カカシがいるところまで這いずる。
「私を助けてください」と言った後、生まれ変わる途中のカカシに体を丸ごと飲み込まれた。
一人が喰われてから、何人かの受験生が麦わらの中に吸い込まれた。カカシが人を
「おはようございます。自分、あの方の
知能を持ったカカシが人のように自己紹介の言葉を述べる。中途半端な人間の声で自分を
「早速ご提案したいことがありますが、お二人様をあの方の花園から
「図々しい顔で人を排除すると言いつけるバケモノの話を聞く人はいないぞ。それより、テメェは何者だ。何故、あの夜の華栄が僕に話たセリフを知っている」
「自分が、ですか?いいえ、誠に違います」とカカシが顔を横に傾けてこう言った。「まず一つ、自分であるカカシは一人が全てであり、全てが一人であります。二つ、あれは
僕は黙って話を聞いた後、口を開けた。「テメェは、バベルの所属なのか?それともどこかの研究所で作られた
「自分は汚れないあの方の庭に属する存在でありながら、充実な
「
僕は手で前髪を持ち上げて、軽く後ろに流した。前方からカカシが駆け込んでいる。僕から相当離れていない場所に錆びたハサミが落とされている。僕は、逆にハサミを拾い上げて近寄るカカシを斬るつもりで大きく横に振り回した。
カカシは地面を軽く蹴り、
「失礼、これは取り返して貰います」
空中から慣れた手付きでハサミのハンドルに指を入れ、僕からハサミを抜き取って反対側に着地した。相手の動きに体が反応したけど、手の内には捕まらなかった。
向きを取り戻したカカシは、ハサミを真二つに分けて二刀流として持ち構えた。そして、カカシが僕から目を離して集中していないことに気づき、また違和感を覚えた。ハサミの刃は僕の方に向けても別の方はまだ向かう先を決まっていない。
注意喚起の目的とは言え、獣に近いカカシが人間の観点で動くはずがなかった。何か、大事な事を忘れたように嫌な予感がする。
「樹の一族を二人も同時に収穫できる日は珍しいです」
ハサミがカカシの手を離れ、速いスピードでステラの方へ向かった。盛り上がった胸が一瞬でぎくっとした。今までずっと一人だった人生の中で、また身内が敵の標的になるとは思わなかった。
「ステラ、逃げろ!」
僕の叫びにステラは笑顔で返事した。もう手遅れた。間もなくあの小さい心臓に錆びた刃物が刺され、僕は絶望に落ちたまま、あの夜と同じ絶望を感じるだろう、と僕は息を切らしてステラの方に走った。
「パパ、逃げる?」
片方の刃物が何者かによって弾かれ、空中で大きく回転した後に先の部分から地面に突き刺さった。助かった。皆が眠りに落ちている中で他にも意識を取り戻した人がいた。僕は感謝の挨拶代わりで手を振ってあげた。
それを見たステラは元気そうに同じく手を振ってくれた。
「可愛い娘に物騒なモノをちらつかせる貴方様は、父親として失格ですわよ」
ステラの命を助けてくれた人は、同じ受験生の花魁だった。着ている着物が太ももが見えるまで短く千切られたこと以外は、さっきと同じ状態で立っている。
「すみません、おかげさまで助かりました。ありがとうございます」
「まともに勝てる相手でもないのに何で喧嘩を売っていますか?先に娘の安全を考えてください」
「いや、まさか先に子供が狙われるとは思いませんでした。しかもこの子は僕とは無関係なノバナです」
「この戯けが!言葉の意図を考えて喋りなさい。敵からとすれば、一番弱い対処から狙うことが常識でしょう」
言われてみれば筋が通る理屈だった。
「何をぼーっとしています?さっさと娘の安全を最優先にしなさい!」
花魁に叱られる際も、僕の目はカカシを追っていた。これで相手の動きを予測できないことはよく理解した。遠距離でステラを狙おうとしても花魁がそばにいる限り安全だ。
地面に刺さったハサミの片方はカカシより僕の方が近い距離にあった。カカシの心臓に当たる海中時計を潰すまでは時間が必要だった。カカシが油断するタイミングに火力を最大に上げ他状態で体を燃やし尽くす。
頭の中でカカシの動きをシミュレーションしてみた。変則的な動きを目で反応しては遅い。相手の動きを予想して一撃を与えないと一生、カカシにやられっぱなしになることは確かだ。
僕はカカシが地面に刺さったハサミに目を向けた時を狙って、一歩目の踏み込みから全速で駆け出した。倒れた人々は飛び越え、カカシとの距離を一息に詰める。そして、炎を籠った木炭を相手に腹部に食わせる。ここまでが僕が考えた作戦だった。
「あなた様であれば、そう来ると想いました」
いつの間にかカカシの手元には二つの刃物が一つなり、僕の首を締め付ける寸前まで近寄っていた。さっきみたいに、ハサミが噛み合わせる部分に腕を入れようとしても先に首が刃に触れてしまう。一方、速度がつき始めた足を止めても加速した体はそのまま前へ進むだろう。
「悪くなかった」
僕の首はあっさりと錆びついたハサミの刃を受け入り、綺麗に斬られて体から分離された。
『君は生きろ。
いよいよ幕が降りる時間だ。
ステラには本当に悪いことをした。生への未練なのか、あるいは虚しい死に感する後悔なのかは知らない。いずれにしても、僕にはせめてのお祈りすら許されていなだろうけれども。万が一の奇跡が起きて、もう一度やり直せるチャンスが与えられる場合は、一生懸命でステラの親を探してあげよう、と情けない後悔を呟きつつ闇に落ちた。
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