第14話

その日の夜の事、突然部屋の扉がノックされたので開けてみるとそこにはヤードの姿があった。彼は部屋に入るなりすぐに扉を閉め鍵をかけたかと思うとそのままジャックの方へと歩み寄ってきた。一体何の用だろうかと思った矢先いきなり押し倒された。しかも馬乗りになって見下ろしてきたかと思えば今度は首筋に顔を埋められる。


「あ…あの?ヤードさん?何してるんです?」


困惑気味にジャックが、ヤードを除けようとするが体格差ゆえに上手くいかない。しかもがっちりと押さえ込まれている為身動きが取れないのだ。そこで彼はある事に気づくこととなる。彼の荒い息遣いが聞こえてくる。それはまるで発情している獣のように荒々しいものであった。まさか!と思いジャックは慌てて抵抗しようとするもののやはりヤードはびくともしない。

それどころか逆に強く押さえつけられてしまい完全に動きを封じられてしまった。


「は!?あんた、マジで…何してんすか!」


そう言うと彼は一旦離れてくれたものの今度は自分の上着に手をかけ始めた。流石にこれにはジャックも慌てるしかない。むしろ貞操への危機を感じる。それだけはマジ勘弁…と言いたいところだったが、それよりも何よりも気になることがあった。


それは目の前にいるのが本当にヤードなのかという事だ─。


何故なら、彼の目は血走っており息遣いもかなり荒くなっている上にまるで別人のような雰囲気を醸し出していたからだ─そう、まるで何かに憑かれているかのように見える─。


「冗談じゃない!俺にそっちの趣味はありませんからッ!」


ヤードはやがてゆっくりと立ち上がると申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を述べる。


「あ…すまん、ちょっと酒飲み過ぎてただけだ。申し訳ない事をした。つい、その…お前を見てたら、故郷の弟を急に思い出してしまってだな」


「そんなことあんのかよ!?都合よすぎだろ!」


ジャックは思わず叫んでしまったもののすぐに冷静になると深いため息をついた後に改めてヤードの方を見る。すると彼は申し訳なさそうに俯いており


「すまん、次はもうしないから」


そしてそのまま部屋を出ようとしたのだがそこでふと足を止めると再びジャックの方を見たのだ。その表情はどこか切なげであり何か言いたげでもあった。


「まだなんか、その…言いたい事あるんですか?」


一瞬目を丸くすると、ヤードは静かに語り始めたのである。


「ちょっとだけ、昔の話をさせてくれないか」

「え?まあ…かまわないけど」


ヤードは悲しそうな表情でそう言った。ある日の事─ジェイドが行方不明になった数日後に捜索隊の一員として派遣されたある日の事─森の奥の方で倒れている人影を見つけ、すぐに駆け寄ったのだという。だがしかしそこにあったのは無惨にも切り裂かれた二人の遺体だった─。しかもその死因というのがまるで鋭利な刃物によって斬られたような痕があった事からヤードはすぐにそれが魔物の仕業ではないと察したらしい。


「お前見たことある?綺麗に真っ二つに割れた人間の死体」

「いや…ないです…」


鮮明にそのイメージが浮かび、うげえと顔を顰めるジャック。


「もしかしたら、ジェイドがやったかもしれなくて」

「何で?」

「切り口に見覚えがあったんだよ」


そう言って彼は悲しそうに目を伏せる。確かにその通りだと思ったジャックは何も言うことができず黙り込んでしまった─すると突然部屋の扉が激しく叩かれた。

驚いて、ジャックが扉を開けてみればそこにはマリィの姿があった。


「どういうことだよ」


唇を噛み、声を震わせるマリィの表情は今にも泣きだしそうな雰囲気だった。ジャックも流石にぎょっとして、彼女を見つめてしまう。そしてついには大粒の涙が頬を伝って流れ落ちるとそのまま膝から崩れ落ちてしまった。それを見たジャックは慌てて駆け寄り彼女を宥めようと試みるものの一向に泣き止まないどころか逆に酷くなる一方で、最後には大声で泣き出してしまったのだ。これにはジャックだけでなくヤードまでもが慌ててしまいどうしたものかと考えているうちにマリィはそのまま気絶してしまったのである─。それからというもの、マリィはしばらくの間部屋に引きこもったまま出てこようとはしなかった。食事もろくに摂らずにひたすら落ち込んでいる様子であり流石に心配になった二人は何とか部屋から出そうとして何度も声をかける。しかし、それも拒絶されてしまっていた。

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