第9話

脳裏に、ジェイドの軽々しい声が反響する。


『あーぁ、やられちゃったね』


(うるせぇよ)


『でもさ~、まだ終わりじゃないんだよねぇ…』


彼のその声と共に、ジャックに刻まれた白い龍の刻印が閃光を解き放ち始めていく。それと共に、体に湧き上がる得体のしれない尋常なる力の様な何かに対してそジャックは困惑していた。


◆◆◆


ゴゴゴゴゴゴゴッ!


けたたましい轟音が鳴り響いたかと思うと、突如としてアクアジェットの様な勢いで島を囲む水面が激しく盛り上がって行く。そして現れたのは巨大な水龍であった。その姿はまさに大海の主とも言うべき姿で、その体躯は並の船を軽く凌ぐ程の大きさを誇っていた。それを見たラグナは大きく目を見開く。しかしすぐに冷静になると槍を構えて攻撃態勢に入ったのだ。だがそんな彼女を嘲笑うかのように水龍はその巨体からは考えられない程の俊敏さで動き回るとそのまま体当たりを仕掛けたのだった。それを間一髪で避けるがそれでも完全に避けきれずに直撃してしまう。それを受けた彼女は吹き飛ばされるとそのまま地面に叩きつけられた。


「キャアッ!」


(なんだよ…アレ…?)


『あれは、俺が契約しているドラゴンの一人だよ!君の刻印の魔力から、引き出させてもらった』


(は!?俺の……刻印?)


ジャックが困惑していると、ジェイドの声が聞こえてきた。

それはまるで自分の声と全く同じで、それが余計に不気味さを感じさせた。しかし今はそんな事を気にしている場合ではない事は分かっていたのでとりあえず無視する事にした。


すると今度は水龍の口から大量の水が吐き出されたのだ。その勢いはまるで津波のようで一瞬にして視界一面を埋め尽くしてしまう程であった。そしてそのまま押し流されそうになるも何とか耐えきる事ができたのだがそれでもかなりのダメージを受けてしまったようで立ち上がる。


「まさか…短時間で呼び寄せるとは不覚…」


そう言いながら立ち上がるラグナの表情は苦しげではあるもののまだまだ余裕がありそうだ。それを見て思わず顔を顰めるが、それも無理はない事であった。何故なら目の前にいる少女は既に満身創痍の状態だからだ。全身傷だらけであり所々出血しているのが分かる程だ。しかしそれでも尚立ち向かってくる姿はまさに勇ましき戦士そのものと言った感じであるのだがジャックにはそれが逆に痛々しく見えたのだった。だがそんな考えもすぐに振り払うと剣を構え直し再び攻撃を仕掛けようとした時だった。突然背後から気配を感じたかと思うと次の瞬間。


「そこまでだ、お前ら!」


突如として現れたのは、ラグナによく似た見た目の女だった。ラグナが桃髪をしているのに対し彼女は対となる水色の長髪に、所々にダメージの入った青い巫女装束のような衣装を着ている。その女は、ラグナに近づくと手からパステルブルーのシャボン状のバリアを展開する。そしてそのまま彼女を包み込むように覆うと、それが割れると同時に彼女の傷は全て消えていたのだ。その様子を見たジャックは驚きながらも思わず息を呑んだのだった。何故なら先程までの戦いで負っていた傷が一瞬で治ったからだ。しかしそれでもまだ痛みが残っているのかラグナは苦しげに顔を顰めている様子だがそれも徐々に治まってきているようだった。それを確認した彼女は満足げに微笑むと再びこちらに目を向けたのだった。その瞳からは確かな敵意を感じ取る事ができたのだが同時にどこか悲しげな色も見て取れたような気がした。


「お前、死んだんじゃねーのか。」


見た目とは裏腹に、彼女は随分と男勝りな口調で目を見開きながらジャックにそう告げた。一体どういう事なのか理解が追いつかず困惑していると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そしてそのままゆっくりとこちらに近づいてくるとこう言ったのだ。


「おう、悪いがオレの手でお前は凍ってもらうぜ。悪く思うなよ」



その言葉を聞いてようやく理解する事が出来たジャックだったがそれと同時に怒りが込み上げてきた。何故自分の事を敵視してくるのか理由が分からなかったからだ。だがそれも束の間ですぐに我に返ると目の前の少女を睨みつけると同時に叫んだのだった。


「お前、誰だ!俺はお前の事なんか知らねぇぞ!」


「は?何言ってやがるんだ。オレはお前と何度も戦ってるじゃねーかよ」


「だから知らねえっての!!」


「あーもう、うっせぇな!!いいからさっさとくたばれッ!」


そんなやり取りをしている内にも彼女はどんどん距離を詰めてくるのでジャックは慌てて距離を取ろうとしたのだがそれよりも早く目の前に現れたかと思うとそのまま腹部に強烈な一撃を喰らう。


(腹怪我してるのに殴るとか正気か…!?)


それによりジャックは呼吸が出来なくなりその場に崩れ落ちていく。

そして、意識を飛ばす最後に見たその光景は─。


ラグナを脇に抱えた少女の元に、全速力で駆けつけるヤードの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る