第8話
-皇国内 深淵の森-
「まだ、本調子に戻らないのかジェイド!私がシバキ倒してやるッ!」
ジャックの隣で見かけによらない身の丈よりも巨大な金色の槍を抱え小柄で軍服ワンピースにも似た装いの服装を着た白黒のツインテールの少女は、吠えるように言う。彼女の名前は、マリィ・ラスタリア。齢16にしてこの《反逆の新月》に幼くしてからいる古参であり、グロウと同じく折り紙付きだ。
一つ、違う事があるとすれば…彼女が手を振りかざす度に多くの魔法陣が発動し、其処から幾多もの武器が発現する。銃から剣やら、神器やら…まさしく、歩く武器庫と言わんばかりの技能を持っているという事だった。
「ぅ、いやそんなことないですけどッ!?」
「ならさっさと歩け!時間が無いのはお前もわかってるだろう?」
「わ、分かってますってぇ……」
ジャックは情けない声を上げつつも、覚悟を決めるとそのまま前へ出る。そして剣を構えるとマリィを見据える。その目には覚悟の色が見えていたので彼女は小さく舌打ちをしたがすぐに笑みを浮かべる。それはまるで獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な笑みだった。
「……上等だッ!」
そう言うと同時にマリィは槍を構えながら走り出す。それを
「ッ……!!」
ジャックは、素早く横へ飛ぶ事で回避するとそのまま地面を蹴って距離を詰めた。そして剣を振るうがそれよりも先にマリィの槍先が腹部へと迫っていた。それを寸前で防ぎきれずに直撃し後方へ吹き飛び、地面を転がると体勢を立て直すために一旦距離を取ろうとするがそれを許さないとばかりに追撃してくるので避ける事に専念した。しかし徐々に追い詰められていき遂には壁際まで追いやられてしまう。流石、
「そこまでだ、マリィ」
何処からか低く、安定感のあるバリトンボイスが響き渡ったと思うと一瞬にしてジャックとマリィの間を引き裂くかのように大樹の根が勢いよく張り始める。
その先にはヤードが厳しい表情を浮かべて、此方の様子を伺っていた。
「邪魔すんじゃねえッ、ヤード!」
見かけ似合わない汚らしい口調でマリィは攻め立てる。
「いいや、それは出来ない。あくまで俺達はパトロールの身。戦闘しに来たわけじゃない、戦闘に対する向上心があるのは良い事だけど今はその時じゃないでしょ?」
ヤードは落ち着いた声で返すとそのままマリィの方へ向き直った。そして拳を構えるとジャックの方へと視線を向けた。その瞳からは確固たる意志の強さを感じ取れたので思わず身構えてしまう程だった。
「さあ、早く行け」
「……はい!」
その声に従いジャックは走り出すとそのまま扉を抜けて外へ出た。そしてそのまま森の中を駆け抜けるように走る。しかし背後から感じる声に思わず舌打ちをした。
言わずもがな、毎度おなじみと言わんばかりの軽々しいむかつく声。
『聞こえるかぁいジャック。新しい力が発現したのにマリィに使わなかったね?』
「生憎、まだ…女の子に手を挙げるのは俺の柄じゃないんで…」
『まあいーよ。とにかく、その力は君自身の力だ。存分に使いなね!』
「言われなくてもッ!」
ジャックはそう答えると更に速度を上げていくのだった。そしてそのまま森を抜けて到着した彼の目の前に広がるのは大きな湖だった。その中心には小さな島がありそこに一人の少女が立っている。
(……あれって)
マリィとは打って変わって、たわわに実った豊満な胸と長身で美しい桃髪ロングヘアの紅い巫女装束にも似た衣装を着た少女の周りには無数の魔法陣が展開されておりそこから結晶の数々が顔を覗かせている。思わずジャックは、目を凝らした。
「おや、誰かと思えば黒魔導士様のお出まし?」
少女は、くすりと笑うと
「私は、ラグナ・ビューディ。」
「は、はあ……」
ジャックは困惑しながら答える。すると彼女はクスクスと笑い始めた。
「まあ、いいわ。今日は貴方を歓迎するために来たんですもの」
そう言うと彼女は両手を広げて微笑んだのだ。その笑みはまるで天使のように美しく、思わず見とれてしまう程だったがすぐに我に返ったジャックは慌てて拳を構える。しかし少女はそんな様子などお構いなしと言ったように話を続けるのだった。
「ねえ、貴方は本物なのかしら」
「え?」
突然の質問にジャックは思わず間抜けな声を上げる。しかしすぐに平静を取り戻して答えた。
「あ、当たり前だろ?俺はジェイド・フェルニールだ」
そう言うと少女はクスクスと笑いながら言った。それはまるで勝利を確信したかのような笑みだった。その瞬間、彼女の背に魔法陣が浮かび上がりそこから無数の氷の結晶で出来た剣が出現したのだ。それらは一斉に放たれジャックへと向かっていく。それを何とか避けながら反撃の機会を窺うもののなかなか隙を見いだせずにいたのだった。そんな中でも彼女は余裕そうな表情を浮かべておりそれがまた不気味さを醸しだす。
「ふふ、どうしたのかしら?遊んで頂戴な」
「そんな暇はない!」
そう言いながらも彼女は容赦なく剣を振るってくる。それをなんとか防ぎつつジャックは必死になって打開策を考えていたが何も思いつかないままだった。するとその時だ。突然背後から誰かが覆い被さる様に抱き着いてきたのである。それはマリィだった。彼女は「死ねッ!」と言いながら槍を振りかざすとそのまま勢い良く振りかざした。だがしかしそれも避けられてしまい逆にカウンターを食らう羽目になってしまう。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされた彼女の身体は水面に叩きつけられ、手毬の様に飛び跳ねるとそのまま島の対岸まで飛んで行き暫くして動かなくなってしまった。意識を飛ばしたのだろうか。まさかそんな簡単に彼女が倒れるとは思わず、ジャックは息を飲む。それも気にしない様に、ラグナは彼へ問いかけた。
「というか、いつものセクハラはどうしたの?」
「はぁ?」
「だって、いつも隙あらば触ってくるじゃない?おっぱい最高!みたいな感じで」
「そんなこと、誰がするかよ…!」
「頭でも打ったの?本当に別人みたい…」
ジャックは顔を赤らめ怒りながら答えるが彼女は全く信じていないようだった。それどころか疑いの目しか向けてこない始末だ。しかし今はそんな事を気にしている暇はないと思い直し改めて目の前の相手に集中する事にしたのだった。
『早く使ってよ!勿体ないじゃ~ん?????』
そう言うなりジェイドの声が途切れると同時に視界が真っ白に染まるとそのまま浮遊感に襲われたかと思うとすぐに落下していく感覚が襲ってくる。そして地面に叩きつけられる寸前でなんとか受け身を取ることに成功したのだがそれでもかなりの衝撃があり身体中に痛みが走った。
「私の見当違いだった…今回は、真面目モードってことね?」
ラグナは、目を見開き素早い動きでこちらへと近づいていてくる。水面を物ともせず氷のリンクが如く滑り出すようにして。
「さあ、今日こそは逃がしはしないわッ!」
そう言うと同時に無数の氷柱が地面から伸びていくとそのままジャックへと向かって襲い掛かる。それをなんとか避けつつ距離を詰めると剣を振りかざしたがそれすらも避けられてしまい逆に反撃されてしまう始末だ。それでも諦めずに何度も攻撃を仕掛けて行ったのだがどれもこれも上手くいかず苦戦を強いられていたのだった。
(くそっ……このままじゃ埒が明かない)
そう思い始めた頃だった。突然頭の中に声が聞こえたのだ。それはジェイドの声だった。
『ね~っ、俺そんな地味な戦い方しないって。もっと派手に行こうよ』
「派手にって……どうやって……」
『ほら、まず翼をイメージしてさ。背中に生えてるやつだよ』
(え?)
ジャックは思わず首を傾げるがそれでも言われた通りにやってみる事にした。すると背中のあたりから何かが飛び出るような感覚を感じる。めきめきと、異音を立てるそれ手で掴むとそれはまさに蝙蝠のツバサの様な形をした黒い羽根だった。しかもそれは自分の意思で動かす事が可能であるらしい。
「これは……!」
思わず感嘆の声を上げると同時にラグナは驚いたような表情を浮かべていた。
「まさか、そんな事が出来るなんて……!」
「ど…どうだよ?」
ジャックはニヤリと笑いながら言った。それに対してラグナは大きくため息をつくと諦めたかのように槍を構えたのだった。そしてそのまま勢いよく突っ込んでくるがそれをひらりと避けると同時に手から魔導弾を解き放つのだがやはり避けられてしまう。しかし今度は先程とは逆にこちらが優勢になっていたようで次第に追い詰められていくのが目に見えて分かった。
(いける……!)
そう確信した瞬間だった。突然腹部に強い衝撃を感じ、ジャックは思わず顔を顰め下を向く。
「な、にが……」
「ふふ、油断したわね」
そこにはピンク色に発光する鋭いレイピア状の氷柱があったのだ。それが腹部に直撃したのだと理解すると同時に激痛が走るのを感じた。しかしそれでも何とか耐えつつ反撃に出ようとしたその時だ。突然視界がぐにゃりと歪んだかと思うとそのまま意識が微睡んでいく。
(クソが…!)
ごぼり、と口から湧き出る血を吐きながらジャックは膝をついた。
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