第6話

そしてまた、ある日の夜。ジャックはいつものようにグロウとの訓練を終えた後風呂に浸かっていた時だった。突然大浴場の扉がガラリと開くのでそちらに目をやるとそこには見慣れた顔があった。そう、ジェイドだ。彼は身体を洗うためかタオルを手に持っていたがこちらを見て驚いていたようだった。そして慌てて扉を閉めるなりこう叫ぶ。


「ちょ……え……ええ!?なんで君がいんの!?」

その声を聞いていたジャックは慌てて口を手で覆う。夜深くまで訓練が掛かったため、人のいない貸し切り状態で浸かれることだけに感謝しつつもこうイレギュラーな事態が発生しては非常に困る。


「いやこっちのセリフ!あなたが、もしここにいるってバレたら俺の命が危ないんですよ!?」


「あ、そっか。でもさ、別にいいじゃん?俺もう失踪したことになってんだしさ」


「いやそういう問題じゃ……」


ジャックが言いかけたところでジェイドは彼の隣に腰を下ろした。そしてそのまま湯船に浸かると大きく伸びをする。その様子を見て、ジャックは溜息をつくと口を開いたのだった。

「……あの、なんでここにいるんですか」


「え~……それ聞くの?まあいいけどさぁ……だって暇なんだも~ん!グロウに扱かれてる君見てたらなんか居た堪れないし!」


そう言うとジェイドはジャックの肩を組んでくる。正直鬱陶しいと思いながらも彼はそれを振り払うことはしなかった。何故なら、ここで騒ぎを起こすと他のギルドメンバーが来てしまうからだ。それだけは避けたかったので仕方なく我慢することにするのだった。すると突然ジェイドが口を開く。それは、グロウに扱かれている最中のこと。彼の動きについていけず、息切れしているジャックに対しての言葉だった。


「君さあ、余計な力を込め過ぎなんだよ~もっと、魔術ってのは軽い気持ちでやんの!ぱぁーってなって、グワーッって膨らんだのをビューン!って」


「いや、全然意味わかんないから。」


「あ~もう!だからさぁ……こう、ぐわぁーって感じでやるんだよ!」


「だからそれがわかんねぇんだよ!!」


ジャックがそう叫ぶとジェイドはケラケラと笑った。そんな彼に苛立ちを覚えながらもジャックは深い溜息をつくのだった。そしてまた彼は口を開く。今度は一体何を言い出すのやらと思っていると、それは意外なものだったのだ。


「君には気づいてないだけで、れっきとした力があるんだ。俺と同じね」


「は……?お、俺が?」


思わず聞き返すとジェイドは笑みを浮かべながら続ける。そしてこう続けたのだ。


「君さ、普段どんな訓練してんのか知らないけど……ちょっと落ち着いてみなよ」


「俺は十分……」


「いいから落ち着けって!」


ジェイドがそう言うとジャックは大きく深呼吸をした。すると今まで気づかなかった身体の奥底から得体の知れない何かが湧き上がってくるような感覚に襲われる。それが何なのか理解できず戸惑っていると彼は口を開いたのだった。それはまさに核爆弾のような衝撃であり、思わずジャックは眉間に皺を寄せる。


「良いか、君は俺の代わりなんだ。なんたって、この俺が選んだ依り代だぞ?今までの訓練で実力が出せないのはあまりにもおかしい。」


捲くし立てるように早口になるジェイドを


「いや、なんでそんなに饒舌なんですか」


とジャックが一蹴すると彼は咳払いをして再度話しだす。


「とにかく!君は俺と同じことが出来るはずだ!」


そう断言するジェイドだったがジャックは首を左右に振ると否定する。そんなわけない。だって自分は普通の人間だ。まだライセンスを得て数日しか経ってない俺と、幾多の伝説を作り上げた英雄のあんたと違うんだよと心の中で呟くのだった。

しかしジェイドは諦めずに続けていく。


「いいか?よく聞くんだ。俺は最強だ、そして君もまた最強になれる素質を持っているんだよ」


「……だから、その根拠は?」


「ああ!君もあれか?情報とかすぐ出せっていうタイプの若造か!?」


そう言いながら、ジェイドはジャックの左手を掴むともう片方の手をピースに変え腕へと乗せる。その瞬間、ジャックの腕に焼けるような強い痛みが迸った。


「な……っ!?い、いた……」


「見て見ろ、やっぱ刻まれたから正解なんだよ。」


「はあ……?」


半信半疑だったジャックだったが、ふと自身の左腕を見ると白い龍の刻印のようなものうっすらと刻まれているのを見て思わず息を呑んだ。そしてジェイドは悪戯っぽく笑いながらこう言った。「これはね、君と俺を繋ぐ証みたいなもんだ!」と。なんだそれ、と言わんばかりにジャックは腕の刻印を撫でる。


「…何ですか、これ」


「それは、俺の黒魔導士としての結晶みたいなものさ。君にも、それを分け与えた~って感じ?」


「は、はぁ……?」


「俺にだって、あるしね」


ジェイドはニコニコと笑いながら、右腕に刻まれた逞しい黒い龍の刻印を見せつける。何も理解できぬまま、呆然とそれを見つめるジャックに対して

「まあ要するに!君は俺と全く同じことが出来るようになるってことだよ!」


そう言うとジェイドは立ち上がり大きく伸びをした。そしてジャックの方を振り返ると言ったのだ。それはまさに悪魔の誘惑のような言葉であった。その言葉を聞いた瞬間、ドクリと心臓が脈打ったのを感じたがすぐに首を振った。いや、ありえない。そんなことあるわけがないんだ。だって自分は……普通の人間なのだから……そう思いながらも胸の奥底では何かが燻るような感覚がしていたのを否定できない自分がいたのだった。


(なんなんだこれ……?)


ジャックはそう思いながら、その日の夜を過ごすことになった。

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