第4話
(ああ……もう、どうにでもなれ!)
ジャックがそう心の中で叫ぶと、その思いに答えるかのように目の前にいた赤髪の男……ヤードが口を開く。
どうやらギルドメンバー全員に伝達魔法で連絡したようだ。しかし、皆の反応は様々で特に驚いたり訝しむ様子もない。むしろ、ジェイドが若い姿となって戻ってきたことを酷く喜んでいるようだった。わしゃわしゃ、とヤードに髪の毛を撫でられながらジャックは不服そうな表情を浮かべる。
「いやぁ、にしてもお前随分、背が縮んだもんだな。いくつぐらい若返ったんだ」
「え…ああ…えっと、」
「こら、ヤード。ジェイドはどうやら、記憶を喪ってるらしいからあんま変なこと吹き込んでやらんでくれ」
「あ、そうでしたね。すみません」
グロウの言葉にヤードはジャックの頭から手を離すと謝罪の言葉を述べる。そして彼はそのままソファから立ち上がった。
「では、俺はこれで失礼しますね」
(ああ……やっと解放された)
ジャックがホッと胸を撫で下ろすと、突然目の前にいたグロウが立ち上がる。そして次の瞬間にはまた頭を魔導書で叩かれたのだった。その衝撃にジャックは頭を抑えてその場に蹲る。
すると、そんな様子もお構いなしにグロウは口を開いた。
◆◆◆
そして、あっという間にギルド内の準備は整い今日からまた《月夜の幻惑詩》の一員として活動を再開することになったのだった。正直、グロウ・マルドギールという人物はとても恐ろしかったがそれでも皆に慕われているのも頷ける気がした。そんな彼と一緒に仕事ができると言うのも悪くないかもしれない、とジャックは思うことにしたのだ。しかし、この現実を受け止めるにはもう少し時間がかかりそうだとも思っていた。それからというもの、ジャックは毎日忙しく働いていた。それは何故かと言うと、ジェイドと完全に誤解してしまっているグロウによって、亡くした分の記憶と能力を取り戻すために過酷な訓練が始まってしまったのである。普通だったら、ライセンスを取得してから2年経ってやるはずの応用訓練を急ピッチで叩きこまれているからだった。
「まるっきり、魔導が使えなくなってしもうたのか?今までの立ち筋はどうした…」
へとへとに息を切らしながら、ジャックは力なく腕を掲げ魔導弾を打とうとするが上手く膨らむどころか、クルミ程度の大きさにしかならない。それもそのはず、だって彼はジェイド・フェルニールではないからだ。伝説を轟かせた、アイツによく似た別人に過ぎないのだから。しかし、グロウはそんなジャックの姿を見ても特に気にした様子もなくこう告げた。
「いずれまた、使えるようになる。それまでは、辛抱ってところじゃな」
◆◆◆
そして、その日の夜。グロウが寝静まった後、ジャックは一人ベッドの中で考えていた。
(俺……本当にジェイド・フェルニールじゃないんだよな…)
確かに見た目や声は瓜二つだと言われたが、それでも別人なのだ。そんな自分自身がが、ギルドメンバー…古参兵の生還として受け入れられているこの状況が酷、いや本人に申し訳なさを抱いてしまっていた。
(…そういや、最近連絡とってねーけどアロン、何してんのかなぁ)
脳裏で、酒場で別れて以来ギルドの訓練が忙しく会えていない親友の顔を思い浮かべながらジャックは目を閉じる。そもそも、アイツに話しかけて見ろって言われたから話しかけたらこんな散々な目に遭ったのだ。会えるものなら、一発殴らせてくれないか。そう考えていると、段々と睡魔が襲ってきてジャックは深い眠りにつくのだった。
◆◆◆
そして翌日。グロウに叩き起こされたジャックは眠い目を擦りながら朝食を食べ終えていた。すると、突然部屋の扉がノックされるのでそちらに目を向けると、赤髪の男…ヤードが部屋に入ってきた。彼はそのまま口を開く。どうやらギルドマスターであるグロウから話があるらしい。なので《月夜の幻惑詩》のギルドメンバー全員を大会議室に集合させたという。
それを聞いた途端、ジャックの目が冴え一気に顔色が蒼く染まった。
(無理無理無理無理、この状態で会えるわけない!つーか、嫌すぎる!)
「おい、ジェイド。お前も来るんだよ」
「ええ……」
「ごちゃごちゃ言っとらんで、とっととしろ。お前が今日の主役なのだぞ」
グロウはそう言い放つとジャックの首根っこを掴み引き摺りながら大会議室へと足を進めるのだった。そして、大会議室に辿り着くなりそこには既に大勢のギルドメンバーが集まっていた。その人数の多さにジャックは思わず息を呑む。
(…え?話と違う…)
「よし!全員揃ったようだな!」グロウはそう言うと、そのまま壇上へ上がると声を高らかにして演説を始めた。
「諸君、今日は集まってくれてありがとう!深く感謝を申しあげよう。さて、今日なぜ諸君らを集めたのかわかるかね?」
オーッ、やらワアアアやら熱気強い血の滾る歓声が空間へ一気に反響すると共にジェイドは背中を丸めて震えていた。その隣で、ヤードに声を掛けられる。
「おいどうした?お前まさか緊張してるのか」
「は…はい…」
「ほんと、別人みたいだなぁ。昔、俺最強だから!とか言って容赦なく皆の前に出てたのに」
そう言って、ヤードはケラケラと笑う。そして彼はそのままジャックの肩をポンと叩く。するとグロウの演説が再開されるのだった。
「我らがギルドに!英雄ジェイド・フェルニールが生還した!そのすべてに感謝を込めて、今日一日は盛大な宴を開くぞ!仕事も訓練も休み!」
こうしてギルドメンバー全員から盛大に祝福を受け、《月夜の幻惑詩》の一員となったジェイド・フェルニールこと、ジャックはその晩眠れずにいた。それはそうだ、だって今日会ったメンバーの中に自分が憧れていた魔導士たちがいたからだ。しかも皆一様に自分を歓迎してくれたのだ。しかしそれがまたジャックにとっては苦痛でしかなかった。自分は”ジェイド”ではなく、”ジャック”。他人の空似にすぎず、実力も無ければ強さも本物の自己肯定感の高さもない自身を真と信じ込む彼らの純粋な目が苦しい。キリキリと痛み出す胃が、辛くがくりと項垂れるジャック。
そんな彼の元に一人の男が声を掛けた。
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