第3話

《反逆の新月》のギルドマスターであるグロウ・マルドギールに酒場から引き摺られたジャックが連れられた先は木造煉瓦造りの小さな家だった。そして、そのまま彼の執務室まで連れて行かれるとソファに座らされる。そして、向かい側には赤髪の一つ結びをした男がとても驚いたような表情でジャックを見つめていた。言葉が上手く出ないのか、手に持っていた魔導書を滑り落としている。


「お帰りジェイド、我が同胞よ。」


「え……?あ、あの……?」


「ああ、そうだな。記憶をなくしていたな」


ジャックが戸惑っていると、グロウはソファから立ち上がり赤紙の男の落とした魔導書を広い上げる。そしてそのままその本の背表紙で軽く頭を叩かれたのだった。


「いだッ!」


「いつまでボケっとしておるか馬鹿者。私との再会に心躍らせておると思っておったのだが?」


そう言われてジャックはハッとなる。そうだ、自分は記憶喪失の設定だったのだと思い出して口を開いた。


「ああ…えーと…ただいま、です?」


ジャックがそう言うと、グロウはニッと笑って口を開いた。彼曰く、《反逆の新月》の魔導士たちは《月夜の幻惑詩》と名義を変えここに身を寄せているらしい。そして噂の渦中にいたジェイド・フェルニールはある日を境に忽然と姿を消してしまったということだ。だからその消息を掴むべく名義を変えたのだという。

そして、先日漸くジェイドに近しい人物だと断言できる者を見つけたのだと皆口を揃えていた。それが自分だという事なのか…?しかしそれは違うと、ジャックは思っていた。なぜなら自分がジェイドという人物と似ているだけで自分はただライセンスを取得したばかりの魔導士で、まだ適正もわかっていない。その状態で、いったい何ができるんだ。そもそも別人と知ったらそれこそ恐ろしい目に遭うんじゃないか。


「あの、俺……ジェイドじゃないです」


「ほう?なら、お前は誰だ?」


「俺は、ジャック・フェンダニルって名前で…その、」


そこまで言った所でまたもグロウに頭を魔導書で叩かれる。そして彼は深い溜息をつくと口を開いたのだった。


「お前、まだ記憶が戻っておらんのか!」


(いや、だから人違いだっつってんだろ理解してくれ…!)


ジャックがそう心の中で叫んでいると、グロウは更に口を開く。


「ヤード、どう思う。こいつはどう見たって、ジェイドに瓜二つよな」


「…まあ、確かに見た目はあいつにそっくりですけど。」


赤髪の一つ結びの男は顎に手を寄せながら、じっとジャックの方へ目を凝らす。


「でも、今までと雰囲気が違う。」


「ああ。」


グロウと赤髪の男…ヤードと何やら二人で会話を始めたのでジャックはただそれを黙って聞いていた。


「まあ確かにこの顔ならあいつも調子を取り戻すだろう」


「ええ、俺もそう思います。」


二人はそう言うと同時にこちらの方へ視線を向けたのだった。そして、グロウは口を開くとこう告げる。


「よし、ジェイド。お前は今日からまた《月夜の幻惑詩》の一員として働いてもらう。」


(は?)


「いや、あの……俺……」


「異論は認めんぞ。これは決定事項だ。」


グロウのその言葉に、ジャックは開いた口が塞がらなかった。


「え……と……?」


ジャックは今起きていることを上手く処理しきれずに混乱していた。それもそのはずで、今さっきギルドマスターであるグロウ・マルドギールから告げられた言葉に対して耳を疑ったからである。どうやら今日から《月夜の幻惑詩》の一員になったらしい。しかも、”ジャック・フェンダニル”ではなく”ジェイド・フェルニール”としてだ。ジャックは、頭を抱えて俯いた。

今まで夢物語の様に憧れていた伝説の魔導士たちがこんなにも、単純に騙されて仲間だと信じ込む姿に酷く絶望したからだった。


「そうと決まれば!ヤード、皆に伝達魔法で連絡!明日からまた、忙しくなるぞ!」


グロウのその言葉にヤードは頷くと、魔導書を開いて何やら唱え始める。そして、暫くするとジャックの方に視線を向けて口を開いた。

それはまるで死刑宣告のような言葉であった。


「記憶喪失の所悪いが、お前には明日からビシバシ!働いてもらうからな!」

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