第2話
これは詰んだかもしれない─。
と脳裏で早くも走馬灯を駆け巡らせながらジャックは顔を蒼白させながらギルドマスターに容赦なく引き摺られていた。彼の彫りの深い顔が容赦なく怒りにも似た表情になっているようにも思える。周りが何も言わないのもまたジャックの恐怖を煽るのだ。《反逆の新月》、グロウ・マルドギール。かつて皇国軍の魔導士連合に所属していた魔導士であり、その実力は折り紙付きだ。ジャックがそんなことを考えていると、彼の足が止まると同時に首根っこを掴んでいた手も離されるのでそのまま地面に尻もちをつく形で着地する。すると、グロウは口を開いた。
「今までどこにいた。」
一瞬、彼の口から何を言われているのか分からずジャックは固まる。今この目の前の人物は何と言っただろうか?今までどこにいたと尋ねてきたように聞こえたが……。
グロウの碧の瞳が真っ直ぐとジャックを射抜いている。その瞳に吸い込まれるような感覚に陥りながら、ジャックはやっとのことで口を開いた。しかし、その口から言葉が紡がれることはなくただ口をパクパクさせるだけで終わった。その様子を見たグロウは深い溜息をつきながら口を開く。
「お前、異空間でも飛ばされておったのか?全く、今までの黒魔導士としての覇気がないぞ。」
ん…?自分は、ジェイドではなくジャックだ。もしかして、この人…とジャックは、グロウを見上げながらふと考える。いや、もしこの推測が合っているとしたらこの人は酒に酔っている。だから急いで訂正して謝罪しなくてはならない。ジャックはそう思うが、なかなかそれが口から出てこない。この恐怖心を前にすると、本当に言葉が出てこなくなるものだなと実感するのだった。そうしてジャックがもたついていると、グロウが口を開いた。
「それに、容姿だって随分と若返った。まるで私がお前をギルドに誘った頃のような姿だ」
「え……、は……?」
グロウのその言葉にジャックは目を見開く。そして次の瞬間、彼の口からとんでもない言葉が飛び出してきたのだった。
「お前、もしかして……ジェイドなのか?」
◆◆◆
「あ、あの……俺……」
ジャックがまたも口籠っていると、グロウは何かを察したように口を開いた。
「ああ、そうか!お前はまだ記憶が戻っておらんのか!」
いや、だから俺はジャック・フェンダニルで…と言いたい所だったが、グロウがあまりにも嬉々とした表情で声を掛けてくるものだから、ジャックは居た堪れない気持ちになる。そして、グロウはとんでもない爆弾を落としてきた。
「我が友よ、生きておったのだな!なんと、今日は素晴らしい日!」
ジャックが記憶をなくしているという誤解をしたままであるのも気まずいが、それ以上にこの《反逆の新月》のギルドマスターであるグロウとそのメンバーである黒魔導士ジェイドは仲間だけではなく旧知の仲であったことの方が驚きだったのだ。それもそのはずで、《反逆の新月》創立当初ジェイド・フェルニールがいると話題になり彼にに心酔していた者たちが集まって最盛期には2000人もの規模を抱え帝国中にその名を轟かせていたギルドなのである。つまりジェイドがいることが大前提なのだ。だが、当の本人は行方知らず。自分は、その「ジェイド」によく似た見た目の「ジャック」なのだ。
だから、きっとギルドマスターであるグロウはジェイドと再会できたことに歓喜しているに違いない。ジャックがそう考えを巡らせていると、グロウが口を開いた。その口から発せられたのは思いもよらない言葉だった。
「さあ、帰ろうジェイド。皆が待っておるぞ」
「は?」
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