第1話
《反逆の新月》が、表舞台から姿を消して約数年─。
帝都で彼らが再び名義を変えて活動を始めたとの情報が入り皆が躍起になっていたものの、しかし、その情報にはいくつか不審な点があり、実際は以前のように活動しているわけではないようで、たびたび酒場で噂にはなるものの誰が新規として入ったのか、どういった活動を行っているのかを誰も把握してはいなかったのである。それはある晴れた日の午後の出来事。
帝都のメインストリートでは多くの人々が行き交っており、大通りの端っこでは出店の店主達が声を張って道行く人々に呼びかけている。この帝都に住む人々は朝昼夕とどの時間帯でも人で溢れかえっており、それは昼間であろうと変わらない光景だった。そんな大通りの一角に佇む一軒の建物があった。看板には
「やはり戦場後は酒に限るな、盟友よ!」
「おい、飲み過ぎだ。もうその辺にしろ。」
男はジョッキを口元に運ぶ女性を止めようとするが、女性は聞く耳もたずといった様子でそのまま一気に酒を飲み干してしまう。その飲みっぷりに男は呆れたように溜息をつく。そして、ジョッキをテーブルの上に置くと女性が男の方を向いて口を開く。
「第一、あいつが居なくなってから私たちの仕事が倍!増えたんだぞ、お陰様で毎日毎日生傷が絶えないってのに!」
そう、この白装束の男こそかつて《反逆の新月》のギルドマスターを務めていた男であり、今は亡き旧魔導兵軍士長である。そのギルドマスターはというと、やれやれといった様子で肩をすぼめながら口を開く。
それはとある事件がきっかけだった。丁度、《反逆の新月》が忘れ去られそうになっていたくらいの頃合いに発生したもので、《反逆の新月》のギルドで管理していたある意味別荘ともいえる領地を知らなかった皇国軍の一隊が侵入し、そのまま勢いで陣地として取ろうとしたがしかし、結果は惨敗。皇国軍は撤退を余儀なくされてしまったのだ。その理由としては、皇国軍の兵士たちは魔導士に対する戦術や魔導に対する対策ををほとんど持っておらず、ただがむしゃらに攻撃してくるだけだったために、たまたま休暇に来ていた《反逆の新月》のギルドマスターである彼がつい昔の戦闘の癖で難なく返り討ちにしてしまったのだ。
その事件以来、《反逆の新月》のギルドマスターが生きていると知れ渡り、瞬く間に戦場に姿を現し、敵としてこちらへ猛威を振るいに来る噂が流れ始めてしまったのである。その噂を聞きつけた他の皇国軍所属の魔導兵軍士たちはこぞって何度も何度もギルドマスターである男の元へ訪れるため酷い疲労困憊に毎度毎度襲われていたのだった。
「黒魔導士のジェイドが、今もいてくれればな」
女性が少し寂しそうな表情を浮かべながら息を吐くと、男は何かを考えるように顎に手を当てる。そして、何か閃いたのか手を叩いて口を開く。
「そうだな、アイツさえ消えなければ今頃なぁ」
それはかつて男が率いていた魔導兵軍士たちの話だった。その魔導兵軍士たちは全員が全員、同じギルドに所属していた一員である黒魔導士のジェイドに心酔していた者たちで、ジェイドを慕って《反逆の新月》に入団する者も少なくなかったという。しかし、ある日を境にジェイドは忽然と姿を消してしまいそうしてからは、皆急に酔いが醒めたようにぞろぞろと姿を消していくその光景をずっと見送る立場にいたのであある。
「どいつもこいつも!馬鹿野郎ばっかだ!畜生」
ぐい、とまた酒を煽る女は心底苛立ったような声色をあげると、ドンっと勢いよくジョッキを置いて立ち上がる。
「私はこれでも幹部だ、アイツを殴る権利はあるだろう!」
「おいおい、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか!もう我慢ならん!あいつが帰ってきたら神槍でぶん殴ってやる!」
女はそう言うと、そのまま店を出て行ってしまった。一人残された男はやれやれといった様子で溜息をつくと、再びジョッキを手にして酒を煽ったのだった。
◆◆◆
酒場の遠方の席に座る青年はその話を聞きながら、目を輝かせていた。黒い短髪に深紅の月の様な深い色合いの瞳を持つ彼の名前はジャック・フェンダニル。
最近やっと皇国の魔導士試験を合格し、魔導士のライセンスを手に入れたばかりの若輩だ。魔導士のライセンスを取得するには、まず国家試験に合格する必要がある。その試験は幅広い教養と知識を問う筆記テストと実戦形式の戦闘を通して実技が試される筆記・実動型の2種類があり、前者が合格した者だけが後者の試験を受けられる仕組みになっている。
ジャックの年齢は16歳であり、年齢制限ギリギリでこの国家試験を合格したのだった。そして、彼は今酒場に一人でいるわけではなく同じ歳の青年と共にいたのである。
「なあ、あれって絶対…《反逆の新月》のグロウとマリィだよな…?」
「間違いねえな。神槍っていったあたりそうだろう」
ジャックの目の前に座る青年はそう答えるとジョッキに入った酒を一気に飲み干す。そして、空になったそれをドンっと勢いよくテーブルに置いて口を開く。
彼の名前はアロン・ローガン。同じ年齢で魔導士試験を合格した仲間であり、この酒場に共にいた青年である。彼は皇国軍の兵士として働いているため、その軍服姿だ。
二人は昔からの親友であり、互いに切磋琢磨し合うライバルでもあったのだ。そんな彼らは今年晴れて魔導士のライセンスを取得した仲でもある。
「俺は皇国軍入ったけど、まだジャックはどこに所属するか決めてないんだっけ?」
「ああ…でもギルドには入りたいなって思ってる」
「やめとけやめとけ、アレ多分運良く入れてもすぐ戦場で灰になって終わるぞ」
「え、なんでだ?」
アロンの言葉にジャックは首を傾げる。
「いくら、お前の見た目が伝説の黒魔導士に瓜二つだからって簡単に受け入れてもらえないと思うんだわ。」
「それを言われちゃうとなあ…」
アロンはジャックの深紅の瞳を見ながらそう告げると、彼は少し考えるように顎に手を当てる。そして、何かを思いついたかのように口を開いた。
「あ、そうだ。試しにアイツに話しかけてみたら?」
「はぁ!?」
「物は試しだぜ。度胸試しも、必要な心意気ってな!」
「ま、まあ……そうだけど……」
「なら、今行ってこいよ!ほら!」
アロンはそう言うと席を立って酒場の出入口の方を指差した。ジャックはそれに促されるように立ち上がり恐る恐る《反逆の新月》のギルドマスターの元へと足を摺り寄せていく。ジャックは覚悟を決めて彼の席まで歩み寄ると、意を決して声をかけた。酒場の中が妙に静まり返って、アロンは静かにその成り行きを見守る。しかし、なかなかジャックから声が出てこないため不思議に思ったアロンはチラリとジャックの方へ視線を向ける。するとそこにはなにやらモジモジとして言い淀んでいる姿があった。
(うわ、全力ヘタレてんなぁ)
そんなことを考えていると、何やらギルドマスターである彼の表情が変わりジャックの肩を強く手を掛けているのが目に映った。流石、名義は変わったとはいえ伝説のギルドのマスターなこともあってその恐ろしくも強い覇気は遠くから見ているこちらでさえも身震いさせる。ジャックがその覇気にビビって固まっていると、ギルドマスターは有無を言わさずにジャックの首根っこを掴んで店外に引き摺り出していく。それを見送るアロンも周りの人達もまた恐怖で震えているのだった。
(あ、ああ…ご愁傷さまです…)
引き摺られたジャックがあの《反逆の新月》のギルドマスターに何を言われたのかなんて予想したくもないが、きっとめちゃくちゃ怖かったに違いない。そう勝手に想像してアロンは心の中で合掌するのだった。
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