第6話 疑惑
「……実はね、また、今朝、遺体が出ちゃったの」
三木は悲しそうに、絞り出すようにそう告げた。
瑞沢の脳裏に河田の体から流れてきた気配がまとわりついてくるような気分がして、恐怖と怒りが混じり合ったような黒い感情が湧き出る。
「また……ですか……」
「ほんとにね、ちょっと堪えちゃう……。どんどん可哀想な事になっていて……。
早朝だったから人目につかずにすぐに通報して、ご遺体も弔って……。
見つけたのがうちのスタッフなんだけど、もう、倒れちゃってね」
「酷いですね」
「ほんと、どうしてあんな事ができるのか……そりゃ市も警察も動いてくれたけど、あんな事があったからじゃ駄目なのよ、あんな、酷い……」
三木の瞳から涙が流れた。瑞沢はそっと背中に手を添えて擦って上げた。
「何かを犠牲にしないと誰も動いてくれない。それじゃ、駄目なのよ……」
「私もそう思います」
「ごめんなさいね。駄目ね、こういうときこそ私がしっかりしなきゃいけないのに」
三木は涙を拭きぱんと軽く頬を叩いて笑顔に戻る。
「瑞沢さんも気をつけてね、こういう事件の先には子供や女性が狙われることが多いって聞くわ。本当に、気をつけてね。……なんでこの街はこんな事が起こるのかしら……また騒ぎになるのね……」
「また……?」
「いえ、あ、もう次のお世話しにいかないと。
ありがとね瑞沢さん。花澤先生のところに居るなら、また合うこともあると思うわ。あなたなら絶対にいい獣医さんになるわね! 頑張って!」
「あ、はい。頑張ります!」
急いでいるように片付けを始めると別れの言葉を告げ足早に三木は公園を出ていってしまった。瑞沢は気になることもあったが、これ以上の話はすることは出来なった。
その日の午後、再び市役所で新たな犠牲が出たことと、今後の動きについての緊急の会見が開かれることになった。
瑞沢も再びその会見を見学したが、予想通り愛護団体集団による怒号が響く荒れた会見となった。事務的な発言に終止する河田の顔はおそろしいほど平坦で何の感情も感じさせず、それが瑞沢にとっては逆に強い恐怖を感じさせた。
会見後素早く会場から出た河田は市役所の奥へと行ってしまい話を聞くことが出来なかったので、気乗りはしなかったが一番熱心に追求しようとしていた河田のことを知っていそうな愛護団体の人たちへ話を聞くことにした。
「あの……さっきの河田って人知ってるんですか?」
「あなたも今の会見聞いてたわよね!? ほんと、いっつもあんな感じで我感せずって感じで冷酷なんだから! 表面はヘラヘラしてるのに、いざってときはホント機械みたいにお役所仕事を繰り返して! ここまで市の活動が遅れたのだって、きっとあいつが私達の活動を上にちゃんと言わなかったんだわ!!」
「そ、そうなんですね……動物関係の話はあの河田さんが担当なんですか?」
「違うのよ、片手間なのよ! 山の市の施設管理とかいって裏山のパトロールがあるからとか言って全然話し合いの場を作らないし、まぁ、あそこに変な人が入り浸ってた時期もあったから、それはそれできちんとした管理をお願いしたいんだけど、いーえ、そもそも動物福祉の専門の人だっているのになんであんな人を担当にしてくるのかしら!? 嫌になっちゃう!」
「山の施設ですか……」
「何年か前に封鎖されてそのままなんだけど、そんなことよりまた猫ちゃんが犠牲になって! 最初から私達の声にきちんと耳を傾けていればこんなこと防げたのに!」
「そうよそうよ!!」
それからはどんどんと市や警察、そして担当している河田への悪口で団体の人達はヒートアップしていったので、瑞沢はそーっと距離を取って市役所をあとにした。
門の外に出る車を運転しているのが河田だと気が付き目でおうと、今聞いた話の通り山の方へと走り去っていった。
「歩いては行けなそうね……」
瑞沢は動物病院へ戻り、花澤に相談することにした。
「……あの施設は危ないわ、昔ちょっと問題のある人たちが集まったりして立入禁止になったの」
「そうなんですか、だったら少し周りを見るだけでも……」
「はぁ……止めても行くのよね貴方は……何となくそれはわかる」
「すみません」
「だったら、ついていくわ。
ただし、昼休みの少しだけ、明るい間にちょっと見るだけ。
中にも絶対に入らない。いい?」
「わかってます」
「そうしたら、明日の昼は予定ないから、車出すわ」
「ありがとうございます!」
「三木さんからも貴方がとっても素敵な人だからよろしくって言われちゃったしね」
「やっぱりお知り合いなんですね」
「この動物病院の前の院長からのつながりでね、特別なの」
「そうなんですね。三木さんはいい人だと思います」
「そうね、頑張りすぎて心配になるけど、本当に優しくて素敵な人ね」
「私もそう思います……」
「だからね、そんな人を心配させちゃいけないわ。危ないことはしないで、私も香澄ちゃんが心配なの」
「……私も、危ないことは、怖いです。でも、もし救いを求めている動物がいたり、これから犠牲になる動物がそこにいるのに見ないふりは、きっと出来ないと思います」
まっすぐと花澤の目を見る瑞沢の目の光を見て、花澤は彼女の決意を変えることは出来ないと確信した。
「一人で突っ走っちゃ駄目、私だって三木さんだって、動物を大切に思う人達に協力してもらうこと、少なくとも、今は私に頼りなさい」
花澤も覚悟を持って瑞沢の瞳を見つめ返す。そこには強い決意を込めて。
「わかりました」
「よし、では、明日に備えて……今日は焼き肉よ!」
「安直ですね」
「そうよ、こういうのは単純なのが一番なのよ!」
「そうかもしれませんね」
瑞沢の心のもやもやが、いつの間にか少し軽くなっていた。
彼女にとって、花澤は優しい理解者なのであった。
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