第4話 散歩
瑞沢は街を歩いていた。
今日は花澤の動物病院は休診日、朝あの猫のケアを手伝ったあと、病院の整理整頓をやっていたら、せっかくの旅なんだから街を歩いてきなさいと放り出された。
病院から歩いて10分ほどで住宅街から店が並ぶ繁華街へと入る。繁華街に入らずになんとなくの気分で歩いていると大きな公園へとたどり着いた。
「なーんか、公園が有るような気がしたんだよねぇ……」
既視感にも至らないような予感的な物が、瑞沢の中に生まれていた。
「……なんだろう、なんだか、嫌な気持ちが」
公園に足を踏み入れると、漠然とした不安感にも似た予感を覚えた。
公園は広く木々の間から光が漏れ、抜ける風は初夏の日差しを受けて火照った体を優しく冷やしてくれる。
暫く進むと大きな池があり、その周囲をぐるりと歩いていく形になっており、地元の住人の人気のランニングコースにもなっていた。
「あれ……なんだろう?」
池に渡された橋を歩いていくと茂みで作業をする人々が居た。
その姿になぜか瞳を奪われ見つめてしまう。
その一角にある段ボールを見た時に、ドクりと心臓が鈍く音を立てた気がした。
「あの、どうかしましたか?」
「ひゃぁっ!」
突然声を駆けられておかしな声が出てしまう。
「す、すみません。大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
その男性の声で初めて瑞沢は自覚したが、手足が冷えて、軽いめまいを覚えた。
思わずふらついて膝から崩れてその場にしゃがみこんでしまうのだった。
「わわ、えーっと、えーっと、み、三木さん! こ、こちらの女性が……」
三木と呼ばれた優しそうな中年の女性はすぐに駆けつけて瑞沢の肩を抱えてくれた。
声をかけてきた男はそれを見ながらあわあわと右往左往していた。
「河田さん、こちらの方は?」
「そ、その、声を駆けたら顔色が悪くて、そうしたら、急に座り込んじゃって」
「あなた大丈夫?」
三木は優しい声で瑞沢に話しかける。
「す、すみません……急に気持ちが悪く……」
「そうよね……あんなこと、普通の子には刺激が強すぎるわよね……」
瑞沢は何故か心当たりがあった。
「また、虐待が起こったんですか?」
「とうとう命まで……あんなに酷い事を……本当に、誰が……」
「あの箱、遺体が……?」
「ちゃんと収まってなかった? だから箱が小さいって言ったのに……もう、河田さんはもっと丁寧に扱ってって言ってるのに……」
「み、三木さん、その人、ぶ、部外者で」
「えっ!? そうなの、あらやだ、変なこと言ったわ忘れてちょうだい!」
「最近続いてる虐待ですよね、私も昨日保護したんです!」
「え、そうなの? 私達のところには報告がなかったけど……」
「今は花澤先生の病院で……」
「ああ、千佳先生のところ、だったら安心」
こんな話をしながらも三木はずっと瑞沢の背を優しくなでてくれていた。
その温かい手のぬくもりで瑞沢の気分も落ち着きを取り戻していた。
「すみません、お世話になってしまって。私瑞沢 香澄と申します」
「ご丁寧にどうも、このあたりで地域ボランティアで地域猫の世話をしている三木です。よろしくね。さっきの男の人は市役所の河田さん。
悪い人じゃないんだけどねぇ……」
ちょうど河田の話題になったタイミングで、大きな声が公園に響いた。
「だから私達は言ったのよ!! やっぱりこうなったじゃない!!」
「行政が早く動かないからかわいそうな猫ちゃんが犠牲になって!!」
「いや、あの皆さん落ち着いてください……」
その様子をみた三木さんは眉をしかめた。
「ああ、あの人達かぁ……」
「私達が一生懸命働きかけているのに、行政は全く動かない!!」
大声でまくしたてる女性団体を何故か立派なカメラで撮影している。
その様子に異様なものを感じてしまう瑞沢。
「あの、お知り合いなんですか……?」
「一応、顔見知りなんだけど、ちょっと過激な団体さんで……私は苦手なの」
小声でこそっと教えてくれた。
「あんまり見てると無理やり賛同させられるわよ……何ていうか、見栄えを気にするというか、周囲へのアピールとか、自分たちに賛同しないと攻撃的というか……」
「なんとなく、わかります」
河田へのアピールも、妙に芝居がかって、自分たちは悲劇のヒロインで市役所側は悪というシナリオを演じているような印象をうけるし、何よりもその様子を複数のカメラで収めていることに違和感を感じた。
「あげた餌の後始末とか、排泄物の処理とかには無関心だから、昔は時々衝突したんだけど……今は距離を置いているの」
「なるほど」
河田を責める声は一層興奮していく。
「猫の次は子供、そして女性、怖いわ!!」
「早く動いていれば猫ちゃんも犠牲になたなかったんじゃないの!?」
「え、えーっと。今回死体が出たことで市としても深刻に受け止めて、これからの被害の拡大に動くと上長も申していますから……」
「ようやく! ほんといつも遅いんだから!」
「何かあってから動いても遅いのよ!!」
「私達は常に言っていたわ!!」
「わかってます。わかってますから落ち着いてください。
皆さんの言葉はきちんと上のものに伝えていますから、これ以上猫も死なないように対策をしますから」
そう言いいながら、河田は遺体の入った箱を抱えてヘラヘラと団体に笑いかけながら足早に退散していく。急いでいたのか、箱の中から血のついたタオルが見え、慌てて箱をしまって小走りに去っていく。
雑言をぶつける相手が逃げたあと、まとめの動画撮影をした団体は胸を張って堂々と公園から去っていった。
「なんか、凄かったですね……」
「いつもそうなのよ……」
三木の団体職員さんたちは周囲の清掃や地域猫のために置かれた食器などを交換して回っていた。
瑞沢の胸はざわついていた。
誰かによって猫が害されたことも、芝居じみた行動を取る団体にも、良い感情は持てるはずもなかった……
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