第2話 処置

 *動物への処置などの表現があります。

 医療行為ですが刺激が強い可能性があるので注意してください。







「さて、ある程度わかってきたし、今やらないといけないことをしましょう」


 花澤はハサミを取り出し、べらべらと剥けいた皮膚に迷うことなく刃をいれる。


「壊死した組織は除去します」


「はい」


 眼前でジョキジョキと皮膚が切られるのにも全く動じることなく瑞沢は処置がしやすい体位に動物を傾けていく。

 白く変色した死んだ組織をブラシで落とし、ピンクの生きた組織が現れる。

 滲むような出血も起こるが、気にする素振りもなく処置を続けていく二人。


「非固着性のガーゼと、これ、医療用のマヌカハニーを使うわ」


「創傷治癒と感染予防ですね」


「そう、傷が時間が経ちすぎて感染兆候もある、普通に塞いだら膿溜まりアブセスになっちゃうわ。開放創である程度肉芽を作って癒合させたほうがいいわ」


「この腕は……?」


「残念ながらすでに変な形でついちゃってるから、やるなら骨折部位をもう一度離して正しい位置に再固定だけど、緊急性はないから、とりあえず今はいじれない」


 それから全身の今処置するべき問題を二人で解決していく。

 緊急性のない問題は、体力の回復を待ってから再び考える。

 一通りの処置を終え、いくつものチューブがつながって包帯でぐるぐる巻きになっているが、全身状態は安定していた。


「大丈夫、猫は強い! さ、あなたの傷も見るわよ」


「傷?」


「膝、気がついてなかったの?」


 瑞沢は自分の膝を見ると、ジーンズに赤い染みができていた。

 それから膝の傷の消毒と絆創膏を貼られ、一旦落ち着きを取り戻した。


 夜の病院に猫の心拍を示す規則的な音が響いている。

 二人は花澤の入れた温かい紅茶を口にする。


「美味しい……」


「でしょ、結構いいやつなの」


「本当に、ありがとうございました。こんなにお世話になってしまって」


「そうねぇ、じゃあお礼代わりに一つ聞かせて?

 赤城大の生徒がなんでこんな街にいるの?」


 赤城大とこの地は飛行機の距離だった。


「今、夏休みなんですけど、私、母親のルーツを探してて」


「ルーツ?」


「わたし、施設で育ったんです。そして、子供の頃の記憶がないんです。

 持っているのは、この写真だけで」


 一枚の古い写真を花沢に見せる。

 美しい海を背景に一人の女性が振り返ったところを納めていた。

 この街にいる人間なら、この場所が街の有名な展望台から取られたものだと気がつく。

 

「光が丘展望台よね」


「そうなんです、やっと場所がわかって。

 来年は試験だから、今年、病院の当番も詰めてここに来たんです」


「そうなんだ」


「それで、あの、信じてもらえないかも知れないですけど、私、昔から動物の死に目とか怪我してる動物に呼ばれるっていうか、胸騒ぎがして……それで、街を探していて……」


「この子に出会った。ってことね」


「気持ち、悪いですよね……」


「え? 全然。あるわよねそういうの」


「そうなんですか?」


「嫌な予感って当たるし、職業柄動物を見て感じることは普通の人と違うし、それがもっと鋭いんでしょ? いいじゃない獣医師として大事な能力だと思うわよ」


 こともなげにそう言い放つ花澤は瑞沢にとって今まで触れてきたことがないタイプの人間だった。もちろんいい意味で、花澤は細かいことを気にしない性格であった。

 そして精神的な人間の内面などにも理解が深く、自身も良く座禅や瞑想などを生活に組み入れている人間だった。ただ、好きなのは酒。


「とりあえず、やれることはやって、これからの道筋も定めたし……って瑞沢さん今日の宿は?」


「実は後で適当に漫画喫茶でも泊まろうかと思ってて……」


「は? だめよ!! ちょっとまってなさい」


「は、はい」


 花澤はバタバタと処置室から出て行く。

 しばらくすると戻ってきた。


「ついてきて」


 そのまま病院の二階に連れて行かれる。

 通された一室はワンルームの部屋のようでソファーベッドも置かれていた。


「スタッフの休憩場所兼仮眠室、今日はここ使って。

 そこシャワーだから自由に使っていいわよ」


「え、いや、悪い」


「はい、反対意見は聞きません。今日はここに泊まることっ」


「は、はい!」


「瑞沢さんは花の女子大生だし漫画喫茶に泊まるなんて絶対に駄目!

 駅前にあるけど、ぜーったいに駄目よ。

 なんならこっちにいる間はここ使っていいわよ?

 この街のホテルあんまり良いところ無いし」


「そ、そこまでお世話になるわけには……」


「あ! だったらバイトしてよ! それがいいわ!

 助かったー、いつも来てくれる子が帰省しちゃってさぁ。

 そうだそうだ、それがいい!」


 嬉しそうにしている花澤を前に、恩を受けている瑞沢は断ることが出来なかった。


「一週間ほどの予定ですが、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる。


「ところでー、実は私、まだよるご飯食べてなくてー、そして飲もうと思ったところから駆けつけたのです。そして明日は休診日」


「はい……」


「瑞沢さん、飲める方?」


「た、嗜むくらいなら?」


「よし」


 花澤はどこかに電話をかける。


「知り合いの中華屋が結構イケてて、しかも配達もしてくれるの。

 一緒に食べましょう?」


「いいんですか?」


「いいのいいの、あの子も安定したし、我々も元気にならないとね」


「ごちそうになります」


「よし、ちょっとテーブルの上、片しますかねぇ」


 二人で書類の散在しているテーブルの上をキレイにしていく、花澤はとりあえずよその場所に動かすだけだが、それを瑞沢が指示を受けてキレイに棚にしまっていく。


「いいわぁ瑞沢さん……もう香澄ちゃんでいいわよね?」


「はい、そう呼んでください院長!」


「院長はやめてよぉーみんなからは千佳ちかさんで通ってるから」


「では千佳さんって呼びますね」


 しばらくすると料理が届く、備え付けの冷蔵庫の中からビールとレモンサワーを取り出しグラスに注ぐ。


「お疲れ様ってことと、今日の出会い」


「それにあの子の回復を祈って」


「「かんぱーい」」


 二人のグラスがきれいな音を立てた。







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