声なき者の聲
穴の空いた靴下
第1話 声
街灯が静かな夜の街を照らしている。
閑静な住宅街、すでに日も落ちて数刻が過ぎ、道に人の気配も少ない。
そんな場所を何かを探すように女性が駆けていた。
「はぁ、はぁ……どこ……?」
息も上がっていたが、必死に何かを探す様子で走る。
引いているカートがガラガラと悲鳴をあげている。
「こっち……!?」
静かな街、女性の呼吸音以外は無い町中で、何かを聞き取るように必死に探している。
「近い……あっ! だめっ!!」
住宅街の狭い道路に車の光が広がる。その眼の前には今まさに横道から何かが出てこようとしていた。
彼女は躊躇することなく道に飛び出しその何かを抱え込む。
キキーーーッ! パーーーーーン!!
ブレーキの音とクラクションが街の静寂を切り裂いた。
「あぶねーだろーが!! 死にてーのか!!」
中年の男性の声が夜道に響く。
「何なんだっ!? ……て、おい、それ、いや、その子……お、俺なんも轢いてないよな……?」
激昂していた男性はその女性が抱えているライトに照らされた存在に気が付き、みるみると声が小さくなっていく。
女性の腕に抱かれたのは傷だらけで血だらけの……猫だった。
「ね、猫だよな? なんで、どうしたんだ?」
「わかりません、ただフラフラと道に出ようとしてたので、必死に……」
「わ、わるいなねーちゃん……いや、それにしてもボロボロだな、なんとか、あ、ねーちゃんは怪我ないよな?」
「大丈夫です。ちょっと膝を打っただけです。ただこの子が……」
抱え込んだ猫はガリガリでボロボロ、ひと目見ても足が曲がっては行けない方向に曲がっていて、呼吸は弱々しく今にも呼吸が止まってしまいそうな状態だった。
「そうかい、いや、どうするか……そうだ! 今の時間なら、ちょ、ちょっとまっててくれ」
中年の男性はきょろきょろとあたりを見回し、道を駆けていく。
その先には街先に紫のネオンの光を淡く写している。
スナック「囲い」そうかかれている看板の店へと男性は駆け込んでいく。
女性は腕に抱いた猫を大切に抱え、放り投げたカートを回収し、道の端に背をもたれる。
「冷たい……頑張って……」
男性はすぐに戻ってきた。その後ろには女性がついてきていた。
「あ、お、俺は
一見すると派手目な格好をした女性をそう紹介する。
年齢はわかりにくい、顔立ちは整っており、スタイルもいいことがうかがえる。そのスタイルを自分でも理解しており、それを活かすような服装もよく似合っていた。
「どういう状況?
って、状態が悪そうね……田中さん、
「もちろん、さぁ、先生も嬢ちゃんも乗って乗って」
「す、すみません」
「そのままの感じで保持してね、よろしく」
「は、はい」
花澤は彼女の動物の扱いを見て問題がないと判断し、そのまま任せることにする。
「い、行くぞ」
田中は慎重に丁寧に車を発信させる。
「あなたの名前を聞いていいかしら?」
「あ、はい、瑞沢、
話ながらも花澤はそっと猫の状態を診ている。栄養失調、外傷多数、骨折部位もあり、治癒済みの傷も多く、とてもまともではない。はじめは交通事故かと考えていたが、彼女が出した結論は酷い虐待だった。心当たりもあった。
この地域では、最近動物虐待を疑う事件が起きており、花澤は獣医師としてその事件解決のために協力をしていた。
「先生、ついたぜ」
すでに明かりの落ちた建物の前に車を停める。
「ありがとう田中さん、今度一杯おごるわ」
「いいってことよ、その子、助けてあげてくれ」
「あ、ありがとうございました」
「こっちこそ怒鳴っちまって悪かった。家の子も先生にお世話になってるから、きっと良くしてくれる」
瑞沢は田中に深く頭を下げる。
「こっちから」
花澤は田中さんに軽く手を振り、裏口に瑞沢を呼ぶ。
夜の動物病院に明かりが灯る。
病院内はスッキリと整理され、花澤は迷うことなく処置室に向かい、猫の治療のための準備をする。瑞沢もそれに続く。
「すぐにでもラインを取らないと……」
花澤は慣れた手つきで留置針やその周囲の準備をする。
瑞沢は近くにあったペパータオルなどを使って傷周囲の汚れをきれいにしていく。
「さて……」
助手もない状態でどうにか血管確保をしようと思っていた花澤の前に、理想的な姿勢で保定され、血管確保する場所はキレイに毛刈りをされている猫。
「あなた……関係者?」
「まだ大学生ですけど」
「まじ助かる!」
状態も悪く血管も怒張しづらい、しかし、ここまできちんとお膳立てされていれば花澤にとって血管確保は難しくない、スムースに血管に針を挿入し、検査のための採血を行い点滴を流し始める。
「大学どこ?」
「赤城大の5年です。研究室は臨床第一」
「わっ、後輩なんだ、しかも臨一、優秀なのね、あそこきついでしょ」
話ながらもテキパキと処置をして指示を飛ばし、瑞沢もその指示にきちんと着いて行く。
花澤自身は成績優秀でエリート集団である臨床第一研究室にも入れるほどだったが、大学時代は遊びたいということでゆるい研究室に所属した口だった。
「流石ね、病院で鍛えられてるのね、きついよねーあそこ」
「いえ、おかげで今動けてますから」
瑞沢の見事な手つきに花澤は素直に感心していた。それに、適切な判断力にも。
ボロボロだった猫の汚れが落とされ、傷口の処置が進み、あまりの手際の良さに舌を巻いた。
「すごいわね、優秀なのね」
「私、昔から、動物が傷ついたり、亡くなったりするのが辛くて、だから、病院でも皆から気味悪がられるくらい、必死になっちゃって……」
「いいじゃない、それで今この子が助かるんだから」
「っ!」
花澤の言葉は瑞沢に刺さった。
同級生を始め、先輩や、時には獣医師の教授からも必死すぎるから肩の力を抜くように言われてしまうことが多かった瑞沢にとって、自分の行動の意味の一端を与えてもらったような気持ちがしたからだった。
「はい……、そうですね」
レントゲンや超音波による検査が進められていくが、猫の呼吸はずいぶんと安定していた。
(確かに、学生が生半可に手に入るレベルなんてとっくに超えている、獣医師でもここまで動ける人は少ないんじゃないかな……?)
「本当にあなたがいてくれて助かったわ。大丈夫、この子もきっと助かるわ、運が良いもの、あなたに見つけてもらえたんだから」
「……はいっ!!」
花澤の言葉に、瑞沢はようやく安堵の笑顔を浮かべるのであった。
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